奴隷の少年
ルクスがアルビオンと旗艦ヴァリアントの一室で話し込んでいる中、ルクスに仕える少年奴隷フルウィはとくにする事も無かったので、暇を持て余してヴァリアントの第四観測室で星々の大海を眺めていた。
「……」
「おや? フルウィ、一人とは珍しいな」
そう言いながら姿を現したのは、第十三艦隊第二戦隊司令官パリア・マルキアナ准将だった。
美しい銀色の髪をなびかせながら観測室に上がると、宝石のように輝く瞳でフルウィを見る。
「マルキアナ様。……ルクス様はアルビオン様と会談の場をもたれて随分と話をされていますので」
「それでやる事もなく、ここで黄昏れていると」
「た、黄昏れてなどいません!」
フルウィは頬を赤くし、手振り身振りで否定する。
しかし、その言動こそが真実を物語っているようなものだ。
「ははは。そんなに必死になる事も無いだろう。フルウィが提督の事を心から慕っているのは艦隊の誰もが知っている。主人に構ってもらえなくて拗ねているのではないか?」
優しく微笑みながら、パリアはフルウィの頭に手を乗せてそっと撫でる。
「……」
「ふふ。君のご主人様は頭は良いが、あまり気が利く方ではないからな。君も苦労する事も多いだろうが、」
「そ、そんな事はありません! ルクス様はとても素晴らしい方です! あのお方にお仕えできて、心の底から感謝しております! 苦労などと思った事はありません!」
「分かったから、そう声を荒げるな。せっかくの綺麗な顔が台無しだぞ」
まるで駄々を捏ねる弟をあやす姉のような態度を取るパリア。
それにフルウィは余計に機嫌を損ねて頬を膨らませてしまう。
「子ども扱いは止めて下さい!」
「まあまあ、声を荒げるなと言っているだろう」
「……失礼しました」
「ふふ。君はたしか奴隷養成所の出身だったか?」
「はい。物心付く頃には、もうレピティス奴隷養成所にいました」
銀河帝国においては奴隷は、奴隷基本法という法律によって公認されている制度だった。
帝国内では奴隷は“生きた道具”という認識が強いが、その一方で何らかの理由で帝国の国民の証となる
帝国の国民には、
しかし、国家反逆罪などの大罪を犯した者、多額の借金などが原因で自己破産した者、そんな彼等の子孫は、
謂わば軍事力による討伐対象にはならないだけで、社会的立場としては“国家の敵”に近い状態に追いやられるという事だ。
そんな非国民を、奴隷という地位に当てはめる事で、彼等を帝国の法の保護下に収める意味合いもある。
とはいえ、奴隷の扱いは所有者によって雲泥の差があり、生殺与奪の一切は所有者の思いのままとなっている。
所有者には、奴隷の衣食住を保障する責務があるが、その規定はかなり不明瞭であり、厳しい環境下で過酷な労働を強いられた末に衰弱死してしまう奴隷は昔から多い。
そしてフルウィが育ったという奴隷養成所は、帝国政府が銀河の各地に建てている、主に貴族に仕える奴隷を養成する機関である。
まだ幼い奴隷を集めては、貴族社会に必要な礼儀作法や知識、主人の仕事の補佐ができるように高い教養の教育が施される。
主人に従順になるように人格を徹底的に否定されて、主人の命令に従う人形になるように教育されるので、奴隷養成所出身の奴隷は忠実な下僕を求める貴族達の間では非常に高価で売買されていた。
「養成所で提督が君を購入したのがたしか五年くらい前だったか?」
「そうですね。ルクス様のお父上が僕を買って下さり、セウェルスターク家にお仕えするようになってすぐルクス様の専属奴隷となりました」
「初めて君に会った日の事は今もよく覚えているよ。すごく大人しくて無口。その上、いっつも提督の後ろに隠れていたなッ」
「か、隠れていたのではなく、ルクス様のお邪魔にならないように後ろに控えていたんです!」
ルクスのセウェルスターク家は、帝国貴族に一応名を連ねてはいるが、その地位は最下位の
しかし、先祖が代々帝国軍で重要な活躍をし、軍部の重鎮にまでのし上がった傑物ばかり。
そのため、社会的地位は帝国騎士と低いながらも、軍部において名門家系と呼ばれるほどだった。
ルクスが二十代半ばという若さで上級大将にまで出世できたのも、実家の後ろ盾があった事が大きい。
そしてパリアのマルキアナ家もセウェルスターク家と同じく帝国騎士の家系で、祖父の代からの親交がある。
「ふふふ。そうかそうか。主人思いの子が傍にいてくれて提督も幸せ者だな」
「……」
「そんなに心配しなくても、提督にとってフルウィは必要不可欠な存在だからな」
「ほ、本当ですか!?」
フルウィはニコッとした愛らしい笑顔を見せる。
その顔を見たパリアは、尻尾を振って喜ぶ子犬を思い浮かべた。
それを微笑ましく思う一方で、同時に複雑な心境も覚えた。
奴隷養成所では、奴隷が自立心や反抗心を芽生えさせないようにするために洗脳教育とも言えるようなやり方で、主人へ強い依存心を抱くように刷り込まれているのだ。
「勿論だとも!」
パリアがそう言った次の瞬間、フルウィが左手首に付けている腕輪状の端末がコール音を鳴らす。
それは軍人民間人も問わずに広く普及している“リスト・デバイス”である。
フルウィの物は、機能が大きく限定されている奴隷用のもので、ルクスやパリアが所持している者に比べると性能は劣るが、それでも通信や時計、身分証、地図など様々な機能を有している。
フルウィが通信チャンネルを開くと、デバイスのすぐ上に立体映像で作られたテレビ通信画面が表示された。その画面にはルクスの顔が映し出されている。
「フルウィ、アルビオン提督との話が纏まったので、一息つきたい。紅茶を二人分用意してくれ」
「はい! 直ちにお持ちします!」
そうフルウィが言うと、通信は切れて立体映像の通信画面は消える。
ほんの数秒のやり取りではあったが、それでもフルウィは嬉しそうだった。
「パリア様、急ぎますので、これで失礼致します!」
ぺこりと頭を下げたフルウィは駆け足で観測室を後にした。
「まったく。本当に可愛い奴だな」
パリアはそう言いながら、立ち去るフルウィの後ろ姿を見守るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます