フルウィの意思

 皇帝ルクス率いる銀河帝国軍は、帝国艦隊最高司令官ローランド元帥が拠点を置くピレーヌ星系に到着。

 ルクスの命令を受けて各地から出撃した艦隊も続々とピレーヌ星系に集結していき、最終的には九個艦隊及び十七個小艦隊という大兵力が一つの星系に集まった。

 歴代の銀河帝国皇帝でもこれほどの兵力を一度に指揮して戦場に赴いた人物はそう多くは無いだろう。


 皇帝御座艦ヴァリアントの玉座の間には、皇帝ルクスと提督達が参集して今後の方針についての軍議が行なわれている。

 これまでの戦乱を駆け抜けた歴戦の指揮官が大勢集う中、ローランド元帥が立ち上がって報告を行なう。


「クテシフォン同盟軍は、ユフラテス星系を中心としたこの宙域に防衛ラインを敷いて、我が軍を迎え撃つ準備を進めているものと思われます」


 ローランドは玉座の間に設置されているモニターや周囲に浮かぶ立体映像のテレビ画面の映像を使いながら説明をする。


「敵は様々な勢力が寄り集まっての混成集団であり、内部分裂のリスクを回避するためにもこの防衛ラインを何が何でも維持しようとするでしょう」


 クテシフォン同盟軍は、盟主であるヴォロガセス公爵を中心に纏まってはいるが、幾つもの勢力が集まってできた寄せ集めの域を脱してはいない。

 現在の帝国軍のように軍制改革も進んでいない現状では、劣勢と見るやすぐに味方を裏切る輩が出る可能性は拭いきれないだろう。

 ヴォロガセス公爵としては、友軍の裏切りの可能性を摘み取るためにも帝国軍に対して一定の優位を保つ必要があるはずだ、とローランドは睨んだのだ。


「ローランド元帥の意見に私も同感だ。敵が待ち構えているところにわざわざ出向く義理は無いが、敵が一ヶ所に集まってくれているというのであれば、それを正面から叩き潰してこそクテシフォン同盟の戦意を挫けるというもの」


 ルクスはローランドの意見を肯定しつつ、クテシフォン同盟軍との正面決戦を宣言した。

 その言葉に提督達も大規模な艦隊戦を予感して戦意を高める。

 クテシフォン同盟を打ち倒せば、もうこのような大会戦は訪れず、彼等が華々しい武勲を立てる機会も失われるだろう。

 そう考えて、提督達は必ずこの戦いで戦果を挙げてみせると士気を高めていた。


「ローランド元帥、陣容は貴官に任せる。私に勝利を献上してみせよ」


「御意。必ずや陛下のご期待に応えてみせます」


 ルクスは大まかな戦略方針を示すと、詳細についてはローランドに一任した。

 それは帝国軍の最高司令官である皇帝としての職務を果たすと同時に、新たに創設されて日も浅い帝国艦隊最高司令官であるローランドが実戦部隊のトップである事を提督達に示すためでもあった。

 


 ◆◇◆◇◆



 軍議を終えたルクスは私室に向かうために廊下を歩いている。

 その道中、フルウィが恐る恐るルクスに伺いを立てる。


「あの、ルクス様、一つ宜しいでしょうか?」


「どうした?」


「先ほどの軍議で、敵が一ヶ所に集まっているのなら、これを無視して惑星クテシフォンを攻撃した方が良いのでは、と思うのですが?」


 ルクスはフルウィの問いに「なぜそう思うのだ?」とどこか楽し気に聞き返す。


「アルサバース星域はクテシフォン同盟が支配下に置いていると言っても充分な防衛体制が出来上がっているとは思えません。敵の主力を避けられる迂回路はいくらでもあるでしょうし、敵の根拠地を抑えてクテシフォン同盟の幹部クラスを全員拘束すれば戦争は終わります」


「なるほどな。たしかに迂回路はあるだろう。だが、我々が無視した敵の主力がユフラテス星系付近に呑気に留まっていると思うか?」


「あ!」


「我等の後を追ってくるはずだ。そうなれば、我が軍は背後を敵の主力に晒した状態になり、前線と本国を繋ぐ補給線も遮断されてしまう。ここはアウグスタを遠く離れた敵地である以上、補給線の維持は必須となるのは分かるな?」


「は、はい」


 フルウィは自分の浅はかさが急に恥ずかしくなって視線を下に落とす。


「それに、ローランドも言っていたが、しょせんクテシフォン同盟は寄せ集めだ。頭を叩いても手足が残ったままでは争乱の種は消えずにアルサバース星域に燻り続けるだろう。今後の憂いを断つためにもクテシフォン同盟軍の軍事力と呼べるものは徹底的に潰しておく必要がある」


「……ルクス様の仰る通りですね」


 ルクスから期待を掛けられていながら、ルクスと同じところまで考えが至らない自分が情けなく思えてしまうフルウィの表情は一気に暗くなる。


 フルウィの前を歩くルクスは、そんな彼の様子を背中で感じ取ると、おもむろに歩みを止めた。


「フルウィ、お前は賢い。私が保障する。だから落ち込む必要は無いさ。ただ、あえて一つ言うなら、お前の思考は奴隷という枠に収まってしまって視野が狭くなっているきらいがある」


「そ、そうでしょうか?」


「組織の頭となる同盟幹部達の着目して、手足となる敵の主力艦隊を無視するという考えにしてもだ。フルウィにとっては頭こそ最重要であり、手足などはいくらでも替えが利く存在、と考えたのではないか?」


「そ、そんな事は……」


 否定しようとしたフルウィだが、途中で言葉を詰まらせてしまう。

 改めて考えると思い当たる節があると思ったからだ。

 フルウィが育った奴隷養成所では、奴隷はいくらでも替えが利く消耗品。廃棄処分されたくなければ、死に物狂いで主人に尽くして自身の有用性を示し続けなければならないと奴隷達に洗脳とも言えるようなやり方での教育が行われていた。

 そんな中で育ったフルウィにとっては主人である頭こそが重要であり、奴隷に当たる手足はどうでも良いという論理に行きついたとしても不思議は無いだろう。


「組織にとって頭が重要なのは勿論だが、そもそも手足が無ければ組織は成り立たんのだ。帝国の社会が奴隷という人的資源を必要としているようにな」


 銀河帝国では、奴隷は貴人の従者だけでなく、過酷な重労働を担う労働者として酷使されて、帝国の社会と産業を回すための貴重な労働力となっている。

 近年では長く続いた混乱の時代の影響で、戦争孤児などの多くは奴隷となり、奴隷の数が急激に増えた事から奴隷は使い捨てという認識を持つ者も多い。


「フルウィ、この際だから言うが、私はお前が奴隷ではなく一人の人間として学び、成長する事を望んでいる。自らの意思でな」


「は、はい」


「もしも私の奴隷だから、私の望みに従っているだけだ、というのであれば、」


「そんな事はありません!」


 ルクスの言葉を遮って、フルウィが声を荒げる。


「僕はルクス様を心から尊敬しています! ご主人様だからではなく、ルクス様が本当にすごいお方だと思うからです! そんなルクス様のお役に立ちたいと思ったのは僕の意思です! ご主人様のご命令だからではありません!」


 フルウィの必死な叫びを聞き、ルクスは嬉しそうに笑って右手でフルウィの頭を撫でる。


「ではその意思を大事にしろ。それはフルウィが消耗品ではなく、一人の人間である事の証だからな」


「はい!」

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銀河興亡戦記~銀河帝国の再興~ ケントゥリオン @zork1945

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