アルビオンの野心

 クテシフォン同盟討伐のために帝都インペリウムを出立した銀河帝国軍参謀本部総長クロード・アルビオン上級大将は、自身の旗艦であるブリタニクスにて皇帝の宮殿インペリアル・パレス爆弾テロ事件と皇帝崩御の報を耳にした。


「陛下が崩御されたですと!?」


「そ、そんな馬鹿な!」


 急遽集められた提督達は、アルビオンからインペリウムでの出来事を知らされて戦慄が走った。


「皆の動揺は尤もだが、どうか落ち着いてほしい。今は急を要する事態だ」


 帝都インペリウムが混乱の渦中にある事は想像に難くない。

 遠征の途上にある彼等は今や前にクテシフォン同盟、後ろに混乱中のインペリウムという二つの問題を抱えた事になる。


「こうなっては遠征どころではありません。直ちに艦隊を反転させてインペリウムに戻りましょう」


皇帝の宮殿インペリアル・パレスを爆破したという事は、単なるテロ事件とは思えません。必ず裏で手引きをした輩がいるはず。その者達を見つけ出して排除しなければ、我等の身も危うくなりますぞ」


「おそらくは元老院が黒幕に違いありません!」


「帝都の有力者との繋がりが深い元老院なら皇帝の宮殿インペリアル・パレスにも内通者がいても不思議は無い」


 提督達の間で元老院黒幕説が囁かれるが、それも無理も無い事だった。

 元老院は政治的な権限の全てを皇帝に奪い取られたとはいえ、帝都の有力者達と築いてきたネットワークは今も健在であり、それは帝国の支配体制の深いところにまで根を張っているのだから。


「いやもしかしたら、既にクテシフォン同盟は元老院と繋がっているのでは?」


「なるほど。それなら今回の無謀な武装蜂起にも得心がいく」


 疑惑は勝手に拡大していき、クテシフォン同盟と元老院の共謀説まで唱えられ始めた。

 そんな中、アルビオンはおもむろに席を立ち上がり、提督一同は視線をアルビオンへと集中させる。


「クテシフォン同盟はひとまず後回しだ。直ちに全艦隊を反転させてインペリウムへ戻る。もはや一刻の猶予も無い! 帝都全ての官庁は我が参謀本部の管轄下に置き、元老院の亡霊どもを全て吹き払ってやるのだ! 亡き皇帝陛下の無念を晴らし、陛下の目指されていた真の秩序を築き上げる! 帝国万歳!」


「「帝国万歳!」」


 この後、アルビオンは参謀本部総長の権限を以て帝都駐留部隊の全てに政府関係施設全ての制圧を命じた。

 さらに帝都近辺に展開している艦隊は、現行任務を中止して帝都に集結。参謀本部の指示に従って帝都内外の人と物の動きを封鎖するように指示を出す。



 ◆◇◆◇◆



 諸提督に今後の方針を告げたアルビオンは自室に戻る。

 そして左手首に付けているリスト・デバイスを起動する。


 リスト・デバイスから表示された立体映像の画面には《SOUND ONLY》の文字が映し出された。


『首尾よくいったようですね、アルビオン提督。いや、アルビオン皇帝と呼ぶべきですかな?』


「まだ気が早いというものでしょう、ヴォロガセス公」


 アルビオンが通信している相手は、クテシフォン同盟の盟主ヴォロガセス公爵であった。


「このまま帝都を掌握して皇帝となった暁には、お約束通りあなたにはアルサバース星域の統治権及び副帝の地位を差し上げましょう」


『楽しみですな。しかし分かっているとは思いますが、もしも約束を違えるような事があれば、我がクテシフォン同盟の全軍を以てあなたの命を戴きに参りますので、どうかお忘れなきように』


「勿論分かっておりますとも。ご心配無くとも今の私にはヴォロガセス公の協力が無ければ帝国を安定させる事はできません。そして私がいなければ、あなたもアルサバース星域の安定は見込めません。我等は利害の一致という何よりの絆で結ばれているのです」


 ヴォロガセスの挙兵からクテシフォン同盟の結成。

 そしてその討伐と称して大艦隊を直接指揮下に収めた状況で、皇帝ルクスが暗殺された。

 これこそがアルビオンとヴォロガセスの立てた計画だったのだ。


 あとはアルビオンが帝都を支配下に置いて新たな皇帝となり、クテシフォン同盟との諍いは先帝ルクスの不手際によるものとして、銀河帝国とクテシフォン同盟野間で和解を成立させる。

 その総仕上げとして、ヴォロガセス公爵に副帝の地位を与えれば銀河系の大きな勢力はアルビオンの手中となる。


「懸念だったブリトル星域の諸侯も我等が手を結んだ事を知れば、挙って恭順の意を示す事でしょう。これで銀河系の戦乱は大方片付きます」


 皇帝ルクスによる新体制に反発していた諸侯に対して、武力をチラつかせつつも融和的な姿勢を見せることで、これまでの軋轢もまた全て先帝ルクスの不手際として処理する。

 これで銀河系の争乱の全てを終結へと導こうとアルビオンは考えていた。

 しかし、それにはもう一つ条件がある事を老練なヴォロガセスは見逃してはいなかった。


『元老院の協力は得られているのでしょうな?』


 事態の迅速な収拾には、元老院が協力して口裏を合わせる必要がある。

 でなければ、インペリウムの秩序回復に多くの時間を要してしまうからだ。


「抜かりはありません。密かに議員の多くには協力の内諾を取り付けております。尤も軍部を掌握するためにも元老院議員の一部には爆弾テロの黒幕として生贄となってもらわねばなりませんから、元老院議員全ての協力を得たというわけではありませんが」


『ならば結構。クテシフォン同盟に加盟している諸侯の方は私が対処します。時が熟した時、我等同盟はあなたを皇帝として認める事をお約束しましょう』


「心強いお言葉です、公爵閣下」


 アルビオンは皇帝ルクスの腹心として働く傍らで、各所に手を回して帝位を簒奪する陰謀を巡らせていた。

 元より彼は、ユリアヌス軍閥に属していた頃から自身が玉座に座るという野心を抱いており、セウェルスターク軍閥に鞍替えしたのもその野望達成のために他ならなかったのだ。

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