クテシフォン同盟

 クテシフォンの宇宙港の上空で始まった艦隊戦は、圧倒的劣勢の中でもディアベーヌの見せた巧みな指揮もってかなりの長期戦となった。

 しかし、だからと言って戦況を覆すような事は無く、戦いは第二十一艦隊の勝利で終わった。


 そしてクテシフォン都心部の上空には、警戒のために第二十一艦隊が展開し、その中で満を持してオーウェル上級大将はヴォロガセス公爵の官邸へと降り立つのだった。


「ご協力に感謝致します、ヴォロガセス公」


「いやいや。感謝しなければいけないのは私の方です。おかげでディアベーヌの反乱を無事に阻止できました」


 ヴォロガセスはディアベーヌが反乱計画を立てていた事を事前に把握していた。

 彼は元々ディアベーヌ等が艦隊の運営資金の一部を着服している事を内密に知り、その証拠を確保するための調査の手を内々に伸ばしていたのだ。

 その過程で得た協力者やスパイの情報から反乱計画を知って、それをオーウェルにも共有。身を守る術を持たないヴォロガセスはオーウェルに協力を仰いだというわけである。


「ディアベーヌの艦隊は、我等第二十一艦隊としても扱いに困っていた存在。反乱などと愚かな企てをしていた事はむしろ好都合でした。そしてあなたは、自らの部下と艦隊を差し出した事で帝国への忠誠を示した。あなたの功績は皇帝陛下にもしかと報告させて頂きます」


「いいえ。それには及びません」


「え? それは一体どういう意味ですかな?」


 オーウェルがそう問うと、その答えはヴォロガセスの口からではなく、別の形で帰ってくる事となった。

 突如、会談の場が設けられているこの応接室の扉が開き、武装した兵士が大勢駆け込んできた。


 オーウェルはあっさりとその兵士達に取り囲まれて身柄を抑えられてしまう。


「な、ヴォ、ヴォロガセス公、これは一体何の真似ですか!?」


 流石のオーウェルも事態が呑み込めずに混乱していた。

 自らの手足だったディアベーヌを切り捨ててまでオーウェルに味方したヴォロガセスが、なぜ今になってこのような暴挙に出たのかをオーウェルは理解できなかったのだ。


「この機をずっと窺っていたのです。あなたが隙を見せるこの瞬間を」


「ま、まさかお前は、ディアベーヌを生贄にして私を油断を誘ったというのか!? だがなぜだ? 一体なぜ帝国に歯向かう? 皇帝陛下はお前の身の安全と地位を保障したではないか」


「皇帝は元老院と手を結んだと見せかけて排除したではありませんか。そのような輩を信用するほど私は愚かではありません」


「……このような蛮行、いずれ必ず後悔する事になりますぞ」


「かもしれません。ですが、このような時代に産まれたのです。後悔せずに生涯を終えられる者などそう多くはいますまい」



 ◆◇◆◇◆



 オーウェル提督の身柄を抑えたヴォロガセス公爵は、砲火を交えることなく第二十一艦隊を屈服させる事に成功した。

 そしてクテシフォンには、彼が密かに建造を進めていた新造艦の艦隊、アルサバース星域各地に点在する小勢力、ノワール軍閥などかつてセウェルスターク軍閥によって討伐された軍閥の残党などが集結していた。


 ヴォロガセス公の官邸には、彼の召集に応じた諸侯が集まっており、彼等の注目を一身に集めているヴォロガセスはまるで皇帝のようであった。


「よくぞ私の呼びかけに応じてくれた。心より感謝する」


「前置きは良い。さっさと本題に入ろうではありませんか」


「左様。我等は僭帝ルクスを討つためにここに集ったのだからな」


 ここに集まっている者の多くは、辺境星系で暴れ回るならず者や元老院に近しい者、これまで不正で私腹を肥やしてきた者など皇帝ルクスの治世では徹底的に排除されかねない者達である。

 彼等は主義も主張もバラバラではあるが、皇帝ルクスという共通の敵の存在から、こうして同じ場所に集っていた。


「そうだな。諸君等も知っての通り、先日私は第二十一艦隊の大部分を無傷で掌握する事に成功した。この事はすぐにもインペリウムに知れるだろう。そうなれば、あの男の事だ。必ず大艦隊を率いて皇帝親征に出るはず。網を張ってそこを討つ!」


 この場にいる者は既に計画を知っており、ヴォロガセスの話を黙って聞いている者がほとんどだった。

 一方でこの場に足を運んだものの、計画内容に不信感を抱く者も皆無ではなかった。


「だがかつてノワール軍閥は同じ方法で、僭帝ルクスに戦いを挑んで惨敗したではないか。しかもあの時は、背後を近衛艦隊が襲って前後から挟み撃ちにしたにも関わらずだぞ」


「尤もな指摘だな。だが心配するな」


「と言うと?」


「ノワール軍閥は、周囲に多くの敵を抱えていた。故に僭帝ルクスを袋の鼠にしたと言っても、その包囲網は極めて脆弱と言わざるを得なかった。だが今回は違う。周辺星系は全て我等の傘下にあり、文字通り僭帝ルクスを包囲網のただ中に孤立させる事ができる」


「だがもし僭帝ルクスが出てこなかったらどうする?」


「その時は出てきた雑魚を蹴散らして、ここに我等の王国でも築くだけ。そうなれば流石にあやつも出てこないわけにはいかんだろう」


 ルクスは帝国全土の平定を掲げており、自身の指揮下となっている帝国軍以外の武装勢力は全て賊軍とする事を銀河中に宣言している。

 アルサバース星域に王国などができたとあっては、ルクスは自身の威信を保つためにも、これを討伐しようとするだろう。


 ヴォロガセスの主張に、周囲は納得の意を示す。

 しかし、不安の声が尽きる事は無かった。


「だがやはり、仮に僭帝ルクスを引きずり出せたとしても、奴を討ち果たせるのだろうか? ここに集った我等全員の戦力を合計したとしてもあやつの戦力の方が有利なはずだぞ」


「何も正面からの艦隊決戦だけが戦争ではない。僭帝ルクスを討つための策は別に用意してある」


 ヴォロガセスは諸侯からの問いに、真面目に対応し続けた。

 彼等の信頼を勝ち取る事が、これからの戦いを生き延びる上で最重要であるのを承知していたからだ。


 この会議にて彼等は、ヴォロガセスを盟主とする『クテシフォン同盟』という軍事同盟を発足。

 ルクスの率いる銀河帝国との全面戦争に向けて一致団結するのだった。

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