ギャルゲー世界に推しヒロインの幼馴染として転生したので、全青春を懸けて主人公との恋を応援しようと思いますっ!

水瓶シロン

序章~ギャルゲー転生編~

第01話 ギャルゲー転生を果たしました

「フッ、遂にこのときが来たな……」


 桜花爛漫の季節。

 とある住宅街の北側に位置する丘の上。


 そこに聳えるのは、歴史深く由緒正しき高校――私立姫野ヶ丘学園高等学校。


 そんな高校の校門の前で、不敵な笑みを浮かべた少年が佇んでいた。


 中背痩躯で黒髪黒目。男子にしてはやや白い肌。

 その少年の名は、桐谷きりたに奏斗かなと

 新品のブレザーに袖を通していることから、今日入学する新入生であることがわかる。


 奏斗と同じように、校門で一度立ち止まる新入生も少なくはない。


 この美しく映える校舎を立ち止まって見てみたい気持ちが起こるのは自然なことだ。


 まして、これからの高校生活への期待に胸を躍らせている新入生なら余計に。


 しかし、奏斗はそうではなかった。


 美しい校舎?

 高校生になった感動?

 もちろんそれらも多少は感じているが、根本はそこにない。


「――くん?」


 では、なぜ周りから怪訝な視線を向けられてまでこうして長い間立ち止まっているのかと言うと――――


(ガールズ・ガーデンの舞台、姫野ヶ丘学園高校……! やっと青春シナリオが始まるんだっ!!)


「――ってば~」


 そう。ここは超人気恋愛アドベンチャーゲーム『ガールズ・ガーデン』――通称GGの舞台と瓜二つの世界なのだ。


 奏斗はこの世界への転生者。


(前世の記憶が戻ってから、ここまで来るのは長かったな……でも、ようやくだ。ようやく……)


 奏斗は決意を固くしていた。


(俺の最推しヒロインの幸せのために……絶対ハッピーエンドを叶えてみせるッ!!)


 奏斗は決めていた。

 最推しヒロインの最高の幸せ――ハッピーエンドのために青春の全てを捧げる、と。


「んもぅ、カナ君ってばっ!」


「うわぁっ!?」


 奏斗はようやく自分が呼ばれていることに気付いた。


 驚きながら隣へ視線を向けると、一人の少女が不満げな視線を向けてきていた。


「はぁ、やっと戻ってきた。昔から考えごとに夢中になると現実忘れるんだから……」


「あ、あはは。ごめんごめん、詩葉うたは


 少女の名は、姫川ひめがわ詩葉。

 転生した奏斗の幼馴染であり、何を隠そう奏斗の最推しヒロインである。


 背は平均的で、身体は華奢。

 編み込みを入れたセミロングの髪は桜の花弁を運ぶ風になびき、亜麻色に煌めいている。

 肌は雪の白さにも引けを取らないうえ、きめ細かく瑞々しい。

 顔はどこか幼い印象を残しているが、楚々と整っており見惚れるほどに可愛らしい。

 そして、ヘーゼルカラーの瞳が二つ。


 そんな詩葉が小首を傾げて言う。


「ほら、入学早々遅刻はイヤでしょ? 早く行こ?」


「ああ、そうだな」


 奏斗は詩葉と共に校門を潜った。

 固く誓った決意を胸に。


 そんな奏斗のの始まりを語るには、およそ六年の歳月を遡る――――



◇◆◇



 桐谷奏斗、九歳。小学四年生。

 年相応に無邪気な子供だ。


 奏斗は幼馴染の詩葉と共に、近所の小さな公園に遊びに来ていた。


 しばらく遊んでいたが、途中で公園に植えられている広葉樹の枝に怯えている子猫がいることに気が付いた。


 そして、今まさに奏斗が木の幹を登って助けようとしている最中。


「か、カナ君危ないよ……!」


 木の下に佇む詩葉が不安げな眼差しを向けている先で、奏斗はもう少しで子猫に手が届きそうな位置まで登っていた。


「大丈夫、大丈夫」


 奏斗は子供特有の、恐れを知らない無垢な笑みを浮かべる。


「ほら、あとちょっとで届くし……っと」


「で、でも……」


 伸ばした手が届きそうで届かない。


 奏斗は体勢を低くしながら、ゆっくりと子猫が震えている枝を伝っていく。

 当然だが枝は先端に行くほど細く弱くなる。


 奏斗はまだ自分の体重に耐えられるであろう枝の位置を見極めながら、慎重に進む。


 そして、バランスを崩さないように恐る恐る手を伸ばし、やっと子猫に触れた。


「今助けてやるからな~」


 奏斗は子猫の後ろ首を掴み上げることに成功した。


「よしっ!」


 小刻みに震えている子猫を安心させたくて、奏斗は両腕で胸に優しく抱いた。


 自身の体温を子猫に伝える。


 しかし、それは地面に降りてからすべきことであった。


 両手で子猫を抱えている今、奏斗は枝から手を離している。


 奏斗がバランスを崩して木から落ちるのに、そう時間は掛からなかった。


「うわぁあああっ!?」


「カナ君っ!!」


 詩葉は肩を竦めるように身体を強張らせて叫んだ。


 奏斗は地面に落ちる寸前で、何とか子猫を庇うように抱き直す。


 そして、自身を緩衝材とすべく、身体を捻って背中から落ちた。


「い――ッ!?」


 背中に重たい衝撃と激しい鈍痛が走る。

 肺の中の空気が一気に押し出され、一時呼吸を忘れる。

 視界が明滅。


 詩葉が駆け寄ってくる足音を聞きながら目蓋を閉じて――――


 ………………。

 …………。

 ……。


 バァァアアアアアアアアアアアッ!!


 頭の中に大量の情報が大洪水の如き勢いで流れ込んでくる。

 それは知らぬ記憶。

 されど確かに自分自身の記憶。

 前世の記憶だ。

 およそ十八年分の情報量。


 シナプスが焼き切れそうになりながらも、ようやくその記憶の終わりが見えてくる――――


 教育熱心で厳しい家庭に生まれ育った奏斗。

 勉強も運動も完璧にこなすことを義務付けられた人生。

 友達と遊ぶこともなく、ただ親に言われるがままの人生。

 親の敷いたレールの上を進むだけの人生。

 あるのは、生きている意味を見出せない虚無感。


 そんなレールはやがて難関国立大学受験へと辿り着き……そこが終着駅となった。


 死んだのだ、奏斗は。


 試験会場で狂った青年が包丁を取り出し、暴れた。

 たまたま近くにいた奏斗はそのターゲットにされた。


 正気を失った青年が迫ってくる。

 正直、逃げることは可能だった。


 そうでなくとも、皮肉にも親の言われた通り身に付けた高い運動能力と武術の心得がある。


 どうとでも対処出来た。

 しかし、そのとき脳裏に過ったのだ。


 ――この言いなりの人生を続けて意味などあるのだろうか、と。


 その一瞬の躊躇いは確かな隙を生んだ。

 青年の突き出してきた包丁の切っ先が、構えた腕の間隙を抜けた。


 そのまま腹に押し込まれて刺された。


 まだ突き刺さったままであれば何とかなったかもしれない。

 しかし、青年は包丁を引き抜き、叫びながら走り去っていった。


 腹から溢れ出る血、血、血。

 深紅の鮮血は止まることを知らない。


 激しい立ち眩みのような感覚と共に、視界がブラックアウト。

 周囲の混乱の声も、徐々に遠ざかるように聞こえなくなる。


 そのまま奏斗の意識は深いところへと沈んでいき――――


「――君! カナ君ってばッ!!」


(ん……? 誰かが呼んでる……?)


「お願い起きてよぉ~!! やだっ、やだよぉ。カナ君死んじゃやだぁあああ!!」


(泣いてる、のか……?)


 地面に仰向けに倒れていた奏斗は、薄っすらと目蓋を持ち上げる。


 すると、自分の顔を覗き込むようにして泣きじゃくる詩葉の顔が見えた。


 詩葉の瞳からポタポタ落ちてくる大粒の涙が、奏斗の顔を濡らす。


「う、うぅん……?」


「っ!? カナ君……カナ君起きた……っ!?」


 一杯に涙を蓄えた瞳を見開く詩葉。


 奏斗が目覚めたことに対する嬉しさと、まだ無事かどうかわからないことへの不安が混在した表情を浮かべている。


 奏斗は目の前の詩葉が誰だかわからなそうに、二、三度瞬きする。


 そして――――


「――はっ!?」


 バッ、と勢いよく起き上がった奏斗。

 慌ててを押さえて見下ろす。


「クソ、俺としたことが! 油断して刺され……え? 刺されてない? 血が出てない?」


 焦っていた奏斗の表情が、徐々に平静を取り戻していく。


(あれ? 今、包丁で刺されて血が……って、は? え!? 何だこの身体!? 子供!?)


 奏斗は視界に映る手を握ったり開いたりして見る。

 自分の意思で動いていることが確認できる。


 間違いなく自分の手だ。

 そして、間違いなく子供の手だ。


 奏斗はであるはずの自分が、何故か子供になってしまっているという不思議現象を目の当たりにした。


 同時に、これまで無意識下に置かれていた背中と後頭部の痛みを自覚する。


「いっててぇ……」


「か、カナ君っ!?」


「えっ、あ、はい……?」


 カナ君――と、そんな呼ばれ方は一度だってされたことがない。


 それでも、不思議と自分のことだと認識した奏斗。


 視線を向けると、自分のすぐ傍に詩葉がいた。

 見慣れているはずの幼馴染の姿。


 しかし…………


「カナ君、大丈夫なのっ!? 怪我は――」


「誰?」


「……え?」


「え?」


「……」


「……」


「じゅ……」


「じゅ?」


「重症だぁあああああ! うわぁぁあああああああんっ!!」


 詩葉ダム決壊。

 際限のない涙の大洪水が、次から次へと溢れ出す。


 急に泣き叫ばれてビックリした奏斗は、反射的に耳を塞ぐ。


 詩葉が落ち着きを取り戻すのを待ちながら、奏斗は状況把握を始めたのだった――――











【あとがき】


 本作品を手に取っていただきありがとうございます!


 もし読んでいて、

「面白い!」

「続きが気になる!」

 と思ってくださった方は、気軽にハートやコメント、☆☆☆評価、作品のフォローをしてくださいねっ!


 皆様の応援が、作者の力となりますッ!!


 また、

『美少女狐の嫁入り先は失恋したての俺でした~一途な狐が俺に何度追い返されても結婚を迫ってくるので困ってます!?~』

 も同時連載していますので、是非そちらの方もご一読ください!


 ではっ!

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