第11話 主人公との邂逅
(何者なんだ、あの人……)
駿の隣に立つ黒髪の少女。
受け止めたサッカーボールを片足で押さえている。
「すみませ~ん! 大丈夫でしたか~!?」
一人のサッカー部員が慌てて駆け寄ってくる。
少女がそちらへ視線を向けた。
感情の機微が感じられない無機質な顔をして、口を開く。
「はい。問題ありません」
少女は答えながら、いとも簡単に足でサッカーボールを蹴って浮かせる。
それを右手の上に乗せてから、やって来たサッカー部員に手渡した。
「ですが、気を付けてください。危うく人に当たるところでしたから」
「す、すみません。皆にもそう言っておきます」
ペコリ、と一度頭を下げたサッカー部員。
受け取ったボールを片手に、グラウンドの方へ駆け戻っていった。
少女はその背中をしばらく見送ってから、隣に立つ駿に顔を向ける。
「大丈夫でしたか? 怪我は?」
「……あっ、大丈夫です。助けてもらってありがとうございます」
駿が小さく頭を下げる。
少女はそれに目蓋を上下させる程度で答えた。
(……誰だかわからんが、取り敢えず今は駿だ)
奏斗は本来の目的を思い出す。
駿がこの場でサッカーボールを受けて香織ルートに入るのを防ぐ。
そして何より、今後駿の近くでシナリオを誘導できるように関係を作っておく必要があるのだ。
奏斗は思わず止めていた足を再び進め始める。
「お、おい。大丈夫だったか……?」
奏斗が駿を心配するような形で近付いた。
駿は振り向いて何度か目を瞬かせ、奏斗を見る。
一考ののちクラスメイトだと思い至ったのか、「あっ」と声を漏らした。
「君は確か……桐谷?」
「ああ。丁度お前がサッカーボール食らいそうになってるところを見てな」
「あはは……でも、この人に助けられて……」
駿がそう説明しながら黒髪の少女を見る。
少女は相変わらず表情をピクリとも変えずに言った。
「いえ、たいしたことではありません」
少女は視線を駿から奏斗へ移す。
つま先から頭の先まで、観察するように無言で見詰める。
そして、ここに来てようやく微かな感情を見せた。
「……どなたですか?」
「いや、それはこっちの台詞なんですけど……」
不思議そうに首を傾げてくる少女に、奏斗は半目を向ける。
数秒間、妙な沈黙を経たのち――――
「……まぁいいです。では、私はこれで」
「あ、ちょ……」
奏斗がイマイチ状況を掴めない間に、少女はその横を通り過ぎて去っていく。
取り残された奏斗と駿は、校舎の方へ戻っていく少女の背中を見詰めていた。
「ま、まぁ……取り敢えず無事で良かった」
奏斗はこの取り残されたあとの妙に気まずい空気を払拭すべく、駿に話し掛けた。
「う、うん。そうだね」
「えっと、確か神代駿だったよな? 駿って呼んで良いか?」
俺のことも奏斗で良い、と付け加えてそう提案する奏斗。
駿は「もちろん」と気さくに笑って頷いた。
「そうだ、駿このあと用事あるか? 良かったらどっかで昼食でもどうだ?」
「あ、良いね! 実は僕も帰りどこかに寄っていこうと思ってたんだ」
互いの意見が合致した。
奏斗と駿がどこで食べようかと相談しながら歩き始めたそのとき――――
「あれ? 奏斗、まだ帰ってなかったのね?」
「ん?」
声を掛けられ振り返る奏斗。
そこには少し意外そうな表情を浮かべた茜の姿があった。
「あ、茜……!?」
「何よ、そんなに驚いて」
失礼ね、とやや不満気に腕を組む茜。
そんな彼女を前にして、奏斗は内心焦っていた。
(や、ヤバいヤバいヤバい……! 何のために俺が駿に代わって茜の手伝いをしたと思ってるんだ……!?)
駿を詩葉ルートへ誘導するために、他ヒロインの好感度を稼がせるわけにはいかない。
だから奏斗は、駿が名乗り出る前に茜の手伝いに動いたのだ。
しかし、結局こうして駿の前に出てきて来られたのでは本末転倒。
(まぁ、こうなったら仕方ない。上手く好感度だけ稼がせないように立ち回るか。一応茜ルートは俺が踏んであるし、問題ないだろ)
奏斗の方針が定まった。
そんなとき、駿が茜を見て目をパチクリさせた。
「あ、確か君も同じクラスの……」
「ええ、綾瀬茜よ。よろしく」
「僕は神代駿。こちらこそよろしくね」
互いに軽く自己紹介を済ませたところで、駿が「あっ」と何かを思い付いたように声を出した。
「そうだ。これから僕達昼ご飯を食べに行こうって話してたんだけど、綾瀬さんもどうかな?」
(ちょ、おまっ……なに誘ってくれちゃってんの!?)
奏斗は驚き顔で駿を見る。
しかし、言葉にすることが出来るワケもなく、ただ口をパクパクさせていた。
奏斗の気も知らず、目の前で会話が進んでいく。
「え、私も? ん~、確かにこのあと用事とかはないけど……」
茜がどうしようかと考え込みながら、奏斗の方をチラリと見てきた。
駿はこう言っているが奏斗はどうなのか、と尋ねてくるかのような視線。
奏斗は一瞬困ったような表情を浮かべた。
(こ、ここで断れるわけないだろ……)
奏斗はどこか曖昧な笑みを作り、肩を竦めた。
「なら良いんじゃないか? ほら、親睦会的な意味でさ」
「そ、そう? 貴方がそう言うなら……」
やや気恥しそうに頬を赤らめた茜が、奏斗の傍まで歩いてきた。
平静をアピールするようにサッと赤い長髪を手で払うと、ふんと鼻を鳴らして言う。
「ま、まぁ、野郎だけってのもむさ苦しいでしょうしね。この私が花になってあげるんだから感謝しなさい?」
「わぁ……この人自分で花とか言っちゃってるよ……」
「何よ。奏斗は私じゃ花に相応しくないとでも言いたいワケ?」
茜が片方の拳をギュッと握って目を細めてくる。
奏斗は顔を引き攣らせながら一歩後退り、ブンブンと首を横に振った。
「いえいえ滅相もありません、茜様!」
「ふん、わかればいいのよ」
「あはは……今日知り合ったばかりなのに、二人とも仲良いね」
奏斗と駿に茜を加えた三人で、他愛のない話をしながら並んで歩く。
正門を出て、さて改めてどこで食べようかという話になったそのとき――――
「……カナ君」
「――ッ!?」
聞き慣れた少女の声。
見ずともその声の主が詩葉であることを一瞬で理解した奏斗。
同時に、声色からただならぬ不満を抱えていることも察した。
奏斗はギギギ……という効果音が似合いそうなぎこちない動きで顔を振り返らせる。
すると、正門を出たところの傍らで詩葉が一人佇んでいた。
「う、詩葉……!? な、なんで? 帰ったんじゃ……?」
そんな奏斗の問いに、詩葉がスゥと目を細めて答える。
「カナ君の用事が終わるまで待ってたの。でも――」
詩葉が奏斗の両隣りに立つ駿と茜を見やる。
特に茜を見たときは、一層視線が鋭くなった。
「カナ君は私なんかより、新しく出来たお友達と一緒が良いみたいだね」
詩葉が静かに顔を俯かせる。
奏斗は焦りながらも恐る恐る詩葉に声を掛けた。
「う、詩葉? はは、そんなワケないだろ? 俺はてっきり詩葉はもう帰ってるだろうと思ってさ? ほら、先に帰っててってメッセージを――」
「ふふっ、あはは……」
詩葉がゆっくり顔を持ち上げると、その瞳にはハイライトが見付からなかった。
「そうだよね、うん。ゴメンねカナ君。カナ君は悪くないの。私が勝手に待ってただけなのに、カナ君のせいにするなんておかしいもんね。あははっ、私何やってるんだろうね……全部私に魅力がないのが悪いのにね。カナ君だって私なんかよりも他の女の子といた方が楽しいに決まってるよね。馬鹿だね私。何思い上がっちゃってたんだろうね――」
「――んぁあああ! ごめんって詩葉ぁ~! 俺が悪かったから戻ってきてくれぇえええ!!」
妙なスイッチが入ってしまった詩葉に、奏斗は慌てて駆け寄った。
そんな様子を駿と茜は、目を点にして見守っていたのだった――――
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