第12話 拗ねた推しヒロイン

 奏斗、詩葉、茜、駿は、姫野ヶ丘学園高校からほど近い位置にあるファミレスにやって来た。

 店内の端の方にあるソファー席に腰掛ける。

 席順としては、奏斗と詩葉が隣同士。

 奏斗とテーブルを挟んだ対面に茜、その隣に駿だ。


 四人それぞれ注文を済ませたところで、詩葉が恥ずかしさと申し訳なさが混在したような表情で小さく頭を下げた。


「改めて、さっきは取り乱してごめんなさい……」


「ううん、気にしないで詩葉ちゃん」

「僕も全然平気だよ」


 既に自己紹介を済ませたため、茜は早速詩葉を名前で呼んでいた。

 正門でのことはここまでの道中で詩葉がもう謝っていたが、再度謝罪してくるので茜と駿は首を横に振る。

 奏斗はそんな詩葉の隣で苦笑いを浮かべ、呟く。


「詩葉、ときたま変なスイッチ入るからなぁ……」


「むぅ、そうなんだよね……って、でも今回はカナ君もちょっとは悪いんだからねっ!?」


 詩葉はムッとさせた顔で奏斗に言う。


「折角の高校生活初日なんだから一緒に帰ってくれても良いじゃんっ! それなのにカナ君ってば、先に帰っててって……」


「だ、だって俺用事あったし……」


「なら、用事が終わるまで待っててって言ってくれたら良いでしょ~?」


「いや、どれくらい掛かるかわからないからさ……待たせるのも悪いし……」


「待つよ! 私、カナ君と一緒に帰るためだったら、いくらでも待つよっ!?」


「ま、マジですか……」


「マジです」


 茜と駿は対面でそんな二人の様子を眺めて、目をパチクリさせる。

 一度互いに顔を見合わせてから、考えていることが同じであることを確認。

 茜が駿の代弁も兼ねて、慎重に尋ねる。


「ね、ねぇ。もしかして、奏斗と詩葉ちゃんって……付き合ってるの?」


「はい?」

「えっ……!?」


 何言ってんだコイツ、とでも言いたげな表情を作る奏斗。

 対して詩葉は、嬉しそうに綻ばせた顔を両手で包み込んでいた。


「えっへへ……私達、そう見えちゃうのかなぁ~? えへへ……」


「俺達はただの幼馴染だ。別に付き合ってるとかそんなんじゃない」


 奏斗はキッパリと言い張る。

 特に、詩葉とくっ付いてもらうことになる駿を誤解させるわけにはいかない。


「そ、そうなんだ……でも何だか、姫川さんの方は元気がないような……?」


 奏斗が答えを聞いて項垂れる詩葉に、駿が曖昧な笑みを向ける。

 奏斗はそんな詩葉を見て頭上に疑問符を浮かべた。


「ん、詩葉? どうかしたのか?」


「うぅ……何でもないもん……」


 何でもないにしてはやけに元気がない。

 もちろんその理由は茜や駿の目には明らかなのだが、当の奏斗は首を傾げているだけ。


((鈍感がすぎる……!))


 このとき、茜と駿の心中は完全一致していた。

 両者ともに、自然と呆れたような笑みが浮かぶ。

 だが、茜の頬にはすぐに朱が差す。

 チラリと奏斗を盗み見た茜が、誰にも聞こえない声量で呟いた。


「でも、そっか……付き合ってないんだ。ふぅん……」


 皆がそれぞれの反応を示している中、奏斗は顎に手を当てて思考を巡らせた。


(入学初日にこうやってファミレスに寄るなんていう展開は、本来のシナリオにはない……)


 それはそうだ。

 奏斗は今後のハッピーエンド計画を見据えて、駿の友人枠を確保するために昼食を共にするよう誘っただけ。

 こうして詩葉や茜が合流してしまったのは、偶然に過ぎない。


(この状況、確かに駿が間違って茜の好感度を稼いだししたら危険だが……逆にも考えられないか?)


 奏斗は隣に座る詩葉と、その反対側に座る駿を交互に見やる。


(ここで俺が上手く会話を誘導して、詩葉と駿を仲良くさせれば……駿を早々に詩葉ルートへ入れられるんじゃ……?)


 あくまでも推測の域を出ない考え。

 しかし、ただでさえ難易度の高い詩葉ルートだ。

 少しでも目の前にチャンスがあるなら、試してみる価値はあった。


(よしっ、詩葉の幸せのため……俺はここで少しでも詩葉と駿の仲を取り持つぞ!!)



◇◆◇



(フッ……我ながらナイスアシストだった……)


 そう心の中で自画自賛してニヒルな笑みを浮かべる奏斗。

 四人で昼食を済ませたあとは解散となり、詩葉と共に家まで帰ってきていた。


 奏斗と詩葉は姫野ヶ丘学園高校に通うため、十五年過ごした地元を離れて一人暮らし。

 場所は高校から徒歩十五分ほどのところにある住宅街の三階建てアパート。

 比較的新しいアパートということもあって、各階に防犯カメラ付きで、玄関扉も二重ロック。

 セキュリティは悪くない。


 奏斗はそれで問題なかった。

 しかし、詩葉は女の子だ。

 流石に女の子一人と言うのは、いくらセキュリティが整っていると言っても不安なもの。

 そこで詩葉の母は、奏斗が借りる部屋の隣に詩葉を置くことにしたのだ。


 とまぁ、そこまでは奏斗も良かったのだが…………


「って、あの~、詩葉さん? 貴女の家は隣ですよ?」


 三〇二号室。

 一緒に帰ってくるのは良いとして、詩葉は自然な流れで奏斗の家に入って来た。


「だって、一人でいても特にすることないんだもん……」


「俺といても別にすることはないだろ……」


 奏斗はため息を吐きながらも、詩葉を無理矢理追い出すことはしなかった。

 自室に向かい、学校指定のカバンを置く。

 ブレザーを脱いでクローゼットの中にハンガーで吊るす。

 本当はさっさと私服に着替えたいところだが、詩葉が家にいるので諦めた。


(詩葉……完全に自分の部屋のようにくつろいでるな……)


 奏斗が自分のベッドに視線を向けると、座って足をブラブラさせている詩葉の姿があった。

 地元でも奏斗のベッドは詩葉の定位置だった。

 どうやら今でもそれは変わらないらしい。


「ねぇ、カナ君……」


「ん?」


「放課後の用事って、もしかして茜ちゃん関係だった……?」


「そうだけど……何でわかった?」


「……女の勘」


 詩葉がどこか不満げに唇を尖らせる。


「何してたの?」


「何って……荷物運びだよ。何か国語の教材を、職員室から空き教室まで――」


「――空き教室?」


「え? あ、あぁ……」


 スッとヘーゼルの瞳を細める詩葉。

 ベッドから腰を上げて奏斗の前に立った。

 妙な凄みを帯びており、気圧された奏斗は一歩後退る。

 しかし、それを逃すまいと詩葉がグイッと顔を近付けてきた。


「むぅ……」


 詩葉は神妙な顔付きで更に奏斗との距離を縮める。

 そして、奏斗の胸にコツンと額を当てた。


「う、詩葉さん……?」


「さっきカナ君がブレザー脱いだときに、もしかしてと思ったんだけど……」


「な、何が?」


「……シトラス系の匂い」


「シトラス……? って、あっ――」


 奏斗の脳裏に、空き教室で茜が転びそうになったときの記憶が過る。

 同時に、背筋を冷や汗が伝った。

 その動揺を自白と捉えたのか、詩葉がジト目で見上げてきた。


「その空き教室とやらで茜ちゃんと凄くなったんだね、カナ君?」


 ふふっ、と詩葉が小さな笑みを溢すが、目が笑っていない。

 スゥ、と瞳からハイライトが消えていくのがわかる。


「ち、ちがくて……!」


「何が違うの? こんなにしっかり茜ちゃんの匂いが付いちゃうくらい仲良くなったんでしょ?」


「聞いてくれ詩葉! 俺はただ、茜が転びそうになったから――」


「――カナ君言い訳するの?」


「ほ、ホントなんだけど……」


「茜ちゃん可愛いもんね」


「い、いや……」


「可愛くないんだ?」


「……可愛いです」


「背が高くて、スタイル良くて……胸も大きいし……」


 奏斗から離れ、クルリと背を向けた詩葉が自分の胸を見下ろす。

 両手を持ち上げて包んでみれば、確かな膨らみがそこにはあった。

 しかし、茜には及ばない。


「肌もツヤツヤで、触り心地良さそう。ね、カナ君?」


「いや知らんわ!」


 既に茜の肌を触っているかのように詩葉が言ってくるので、奏斗は思わずツッコミを入れた。


「んなぁ、そろそろ機嫌直してくれよ……俺が悪かったからさぁ……」


「……やだ」


「やだって、お前……」


 どうすれば良いんだ、と奏斗は頭をポリポリ掻く。

 すると、しばらく黙り込んでいた詩葉がチラッと視線だけ振り返らせてきた。

 拗ねたように尖らせた唇と、微かに色付いた頬。


「まぁ……カナ君が沢山構ってくれたら、許してあげても良いよ……?」


 ドクッと奏斗の心臓が大きく脈打つ。


(……まったく、こういうところが本当に可愛いんだよなぁ)


 奏斗は仕方なさそうにふっと口許を緩め、肩を竦めた。


「わかった。俺は何をすればいいんだ?」


「えへへっ! えっとねぇ――」


 このあと夕食時まで、奏斗はお姫様気分と化した詩葉のお願いを叶え続けることとなった――――

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