第13話 ハッピーエンド計画の進捗は?

 姫野ヶ丘学園高校での生活が幕を開けてから、早くも一ヶ月が経過していた。


 もちろんその間、奏斗は詩葉と駿をどうにかしてくっ付けるべく試行錯誤した。

 すべては詩葉の幸せ――ハッピーエンドのために。

 そして、その成果はと言うと…………


(ぜんっぜん駄目だ! ど、どうして上手くいかない……!?)


 授業間の短い休み時間。

 奏斗は男子トイレで手を洗い、正面の大きな鏡に映る自分に向けて問う。

 だが、当然ながら返答はない。

 鏡は光こそ反射するが、問いに対する答えは返ってこないものだ。


 この一ヶ月、やれることはやってきたつもりだ。

 しかし、どうやってもシナリオ通りに事が運ばない。


 詩葉と駿を一緒に下校させようとしても、詩葉はさも当然とばかりに「カナ君帰ろ~」と奏斗の方へ寄ってくる。


 一組と二組が合同で行われる体育の授業中、駿が軽く捻挫したことがあった。

 そのとき詩葉に保健室に連れて行かせたりしたが、特に何のイベントも起こらず戻ってくる始末。


(ここは確かにGGの世界……だが、必ずしもシナリオ通りに物事が進んで行くワケじゃないってことなのか……)


「はぁ……どうしたもんやら……」


 ため息を吐き、ハンカチで手を拭きながらトイレから出る。

 すると――――


「あっ、カナ君」


 奏斗がトイレから出たタイミングで、丁度詩葉も女子トイレから姿を現した。

 一瞬驚いた奏斗だったが、まぁそんな偶然もあるだろうと納得する。


「よっ、詩葉。お前もトイレか?」


「ちょ、女の子にそんな話題振るのはどうかと思うよっ!?」


 詩葉が顔を赤く染め上げて苦言を呈してくる。

 奏斗は「すまんすまん」と笑いながら謝る。

 奏斗が自教室に向かって歩き始めるのに合わせて、詩葉も自然に並んで歩き出した。


 互いにこれといって話すこともなく無言状態が続く。

 しかし、気まずさなどはない。

 この程度のことで変にソワソワするほど奏斗と詩葉の付き合いは短くないし、浅くない。


 少し歩くと、詩葉が所属している二組の教室を通り過ぎる。

 奏斗は一組なので軽く別れを言おうとするが、詩葉は二組に向かわずそのままついてきた。


「お、おい。お前のクラスはここだろ」


「う、うん……それはそうなんだけど……」


 詩葉はスカートの上で両手の指を絡め合わせる。

 微かに頬を紅潮させ、奏斗を上目遣いで見て言った。


「まだ少し休み時間あるし、カナ君と一緒にいようかなぁ~って……」


 ダメ? と聞いてくる詩葉。

 奏斗は細く長く息を吸い込みながら、廊下の窓から窺える外の景色へと視線を投じた。


「カナ君……?」


「……」


 それは、詩葉の可愛さに抗うための時間。

 奏斗は悟りを開いたような顔で、数秒景色を見詰める。


(んぁ~、くっそ可愛いぃ~~~~!!)


 口には出せないので、代わりに心の中で発散。

 澄ました表情と荒ぶった心中のギャップの凄まじさたるや。

 前世の記憶を取り戻してから、一体何度こうして心の中で詩葉の尊さを叫んだものか。

 奏斗はそのカウントが三桁に入ったところで数えるのを止めていた。


(何で詩葉はこんなに可愛いんだろう……詩葉だから可愛いのか、可愛いから詩葉なのか……)


 もはや哲学であった。


 独自の呼吸法(?)で冷静さを取り戻した奏斗。

 ふと視線を一組教室の方へ向けると、開いていた前側の扉から教室内の様子が窺えた。

 すると、今まさに駿が教室から出て行こうとしているのが確認できた。


 バチィ!


 奏斗のシナプスが結合した。

 ほぼ本能的とも反射的とも取れる速度で弾き出した“解”を叫ぶ。


「詩葉、走れっ!」


「え? ど、どうしたの急に?」


 ビシッと前方を指差しながら叫ぶ奏斗に、困惑を隠せない詩葉。

 しかし、奏斗は無理矢理を承知で「いいから走れ!」と、詩葉の背中を押し出した。


「えぇ!? もぅ、しょうがないなぁ……!」


 頭上にクエスチョンマークをふわふわさせながら、詩葉は小走り。

 廊下を進み、やがて一組教室の前側の扉に差し掛かり…………


 そのタイミングは、まるで運命で決定されているかのようにピッタリと重なった。


 ドンッ……!


「きゃっ……!?」

「おっと……?」


 走っていた詩葉と、教室から出てきた駿がぶつかった。

 そこまで強くは当たっていないが、確実な衝突。

 その衝撃で二、三歩後退る詩葉。

 駿も突然のことで驚いている。

 その間に、奏斗はすかさず壁際にある柱の陰に身を潜めた。


「だ、大丈夫……? って、姫川さん?」


「ご、ごめんなさい……あっ、神代君だったんだ」


 ぶつかった二人の視線が合い、互いの姿を確認した。

 駿は取り敢えず詩葉に怪我がないことに安堵した。

 そして、詩葉が走っていたことが気になり、その理由を尋ねる。


「どうしたの? 何か急ぎの用事とか?」


「ううん、違うの。何か急にカナ君が『走れっ!』って言うから……って、あれ? カナ君は……?」


「奏斗? いないけど……」


 詩葉と駿が周囲をキョロキョロするが、奏斗の姿はない。

 だが、奏斗の方は柱の陰からそんな二人の様子をしっかりと観察していた。


「さっきまで一緒にいたの?」


「う、うん……どこ行っちゃったんだろ……」


 もう休み時間ちょっとしかないのに、と詩葉が残りの僅かな時間を奏斗といられなくて寂しがるように呟く。


「まったく、姫川さんを放っておくなんて……奏斗にはあとで僕から注意しておくよ」


「あはは、ありがと神代君。でもいいの……」


「え、でも――あ…………」


 駿は詩葉の表情を見て何かを察したように声を漏らした。

 もう詩葉と出会ってから一か月だ。

 流石にもわかるようになった。


 気付けば詩葉の瞳から活力の光が消えていた。

 乾いた笑みを浮かべ、暗く湿った空気が詩葉の周りに立ち込める。


「カナ君だって、いっつも私なんかと一緒じゃ疲れちゃうもんね。休み時間くらい私じゃなくて他の人と――他の女の子と話したいよね。そっちのが楽しいもんね。ほら私、全然可愛くないし面白くないしめんどくさいし……愛想尽かされてもしょうがないよ。うん、私が悪いの。私に魅力がないからカナ君は…………」


「あ、あはは……そ、そんなことないよ、姫川さん……」


 スイッチの入ってしまった詩葉は、駿にはとてもじゃないが止められない。


 物陰から様子を窺っていた奏斗は、たはぁ~と手で額を押さえる。


(ラブコメの王道……衝突からの関係性進展も無理だったか……)


 奏斗は首を横に振ってから、二人のもとへ駆け付ける。


「詩葉ストップストップ! 俺別にどこにも行ってないからっ!!」


 今日の昼休み。

 奏斗は謝罪の気持ちを込めて、詩葉と駿にジュースを奢ったのだった――――



◇◆◇



 同日、深夜。

 とある山奥の某所にて――――


「……こちらアルファ。ターゲットクリア。オーバー」


 ズズゥ――――


『よくやったアルファ、ミッションコンプリートだ。ブラボーと共に即時帰還せよ。オーバー』


「了解」


 無線通信が終了する。


 光源など設置されているわけもなく、辺りは真っ暗闇。

 唯一、生い茂る木々の隙間を抜けて届く月明かりだけが、気持ちばかりに景色を照らし出す。


 そんな中に、人影があった。


 片手にはハンドガン。

 もう片手には通信を終えた無線機。

 ぼんやりと月明かりに映し出されたその髪は、赤い。

 炎のような、血のような赤。


 そこへ新たな人影がやって来る。

 相変わらず暗闇でその詳しい容姿まではわからない。


「あははっ、今日の作戦は長かったね」


 合流した一人がそう声を掛けてきた。

 女性――それも、まだ若い声だ。


「こら、気を抜かないの。作戦は帰還が完了するまで終わらない。そうでしょ?」


 答えた声も少女の声だった。


「あはっ、相変わらずマジメだね」


「当たり前でしょ」


 二人が立っている場所――そのすぐ傍の地面には、何かが力なく横たわっていた。


 人の形をしている。

 だが、異様に爪が長く、耳の形も不自然。

 何より特徴的なのが、鋭利な牙。


 ソレは、今回の作戦のターゲットものだ。


「相手は異能の中でも特に厄介な。油断したらこっちが殺られるわ」


「まぁ、そうだね~」


「さ、とっとと引き上げるわよ」


 赤い髪の少女がその場を立ち去るべく、足を踏み出した。

 もう一人の少女も、少し遅れて付いていく。


「あっ、待ってよぇ~」


「ちょっと! 作戦中はアルファだって何回言ったらわかるのよ!?」


「あ~ん、怒んないでよぉ~」


「まったく……」


 二人の人影は、闇の中へと溶けていった…………









【あとがき】


 多分この話を読んだ方々のほとんどが「ん!?」となると思うのですが、安心してください!

 作者は乱心しておりません!

 こういう、仕様ですっ……!

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