第二節:月光に照らし出される秘密

第14話 不穏な予兆……

 五月中旬。

 高校生になって初めての中間テストを月末に控えた時期。


 生徒の大半は既に中間テストを視野に入れ、いつも以上に勉強への意気込みを募らせていた。


 姫野ヶ丘学園高校は偏差値六十後半のレベルということもあり、テストの難易度もそれなりのものであると予想される。


 不安と期待が入り混じったような雰囲気が校内に立ち込めている。

 その影響は、食堂で昼食を取っていたいつもの四人――奏斗、詩葉、茜、駿にも及んでいた。


「中間テストももうすぐよね。早く来ないかしら」


 どこか得意げな笑みを浮かべながらそんな話題を切り出した茜。

 隣に座っていた駿が、同意しかねるような笑みを浮かべる。


「えぇ。僕は永遠に来てもらわなくていいかなぁ~」


「同感」


 駿の意見に奏斗が頷く。


 ただ、奏斗は別に学力面で不安があるワケではない。

 前世で難関国立大学合格レベルの学力を身に付けていたお陰だ。


 ではなぜテストが嫌なのかと言うと…………


(点数の調整がめんどくさいんだよなぁ……)


 奏斗はハッピーエンド計画において、あくまで裏方サポート

 詩葉と駿がくっ付き、シナリオで保障された幸せを叶えるために影から動く。


 そのために、奏斗自身が目立ってはいけない。

 シナリオにどんな影響が出るかわからないからだ。

 シナリオを誘導するのは、あくまで奏斗の手の中で。

 コントロールできないシナリオ改変は、ハッピーエンド計画を邪魔するだけだ。


(取り敢えず、苦手教科は英語と国語ってことにしておいて七十……いや、六十点くらいに止めておくか。その他は適当に点数散らして――)


 奏斗がそうやって中間テストの立ち回りを考えていると、茜がニヤニヤとからかうような笑みを向けてきた。


「何よ奏斗~、そんなに考え込んで。さては、相当勉強が危ないのかしら?」


「え、ま、まぁな。そんなところだ」


 本当は違うけど――というのは心の声で付け加えておいた。

 ただ結局高得点を取るつもりはないので、傍から見たら勉強が苦手な生徒で間違いないだろう。


「逆に綾瀬さんは自信ありそうだね。もしかして勉強得意?」


 駿の問いに、茜がふふんと鼻を鳴らして腕を組んだ。


「まぁ、それなりよそれなり」


 そんな茜の反応を見て、奏斗と駿は顔を見合わせた。

 その表情に浮かべるのは、曖昧な笑み。


((これは、相当自信があるやつだ……))


 二人の心中は一致していた。


「詩葉ちゃんはどうなの――って、詩葉ちゃん大丈夫? なんか顔色が……」


 詩葉に話を振ろうとした茜が心配そうな表情を浮かべる。


 確かに元々色白だが、今はどう見ても血色が悪い。

 額にも微かだが冷や汗が浮かんでおり、表情も険しかった。


「あ、あはは……大丈夫、大丈夫……」


 それでも詩葉は心配を掛けないようにぎこちない笑顔を作って見せる。

 奏斗はそんな詩葉に呆れつつも心配を隠せない口調で言った。


「だから今日は休めって言ったのに……」


「んもぅ、カナ君まで……心配いらないって……」


「ばか。心配するに決まってんだろ」


 奏斗は席を立ち上がり、詩葉に手を差し出す。


「ほら、保健室行くぞ。本当は早退してもらいたいとこだが……」


 一人暮らしで迎えに来てくれる人はいない。

 こんな状態の詩葉を一人で帰らせるのは心配だった。

 かと言って、詩葉の付き添いとして奏斗まで帰宅……というのは無理な話だろう。


「カナ君は過保護だなぁ……」


「うっさい」


 詩葉はそんな奏斗の考えを見通して、可笑しそうに笑う。

 だが、そんな笑み一つにもいつもの元気がない。


 仕方ないな、と奏斗の手を取って詩葉が立ち上がる。


「ちょ、ちょっと、本当に大丈夫なの!?」

「姫川さん……」


 茜と駿が不安の声を上げる。

 奏斗はそんな二人に、どこか申し訳なさそうな笑みを浮かべて言った。


「すまん、二人とも。俺と詩葉の食器片付けといてくれるか?」


「え、ええ。わかったわ……」

「それはもちろんいいけど……」


「コイツ、時々こうやって体調崩すときがあるんだよ。あはは……取り敢えず保健室連れて言ってくるわ」


 奏斗は二人にそう言い残し、詩葉を連れて食堂をあとにした。


 保健室に向かって廊下を歩いている途中、詩葉が力なく呟く。


「ゴメンね、カナ君……いつも迷惑かけて……」


「ばーか。迷惑だなんて思ってねぇよ」


「で、でも……」


「はい、うるさいうるさい。ただでさえ元気ないんだから、静かにしてろ」


「えへへ……ありがと……」


「……最初からそれだけで良いんだよ」


「うん……」


 元気はない。

 だが、詩葉の口元は安心したように緩やかな弧を描いていた。


 奏斗は保健室のベッドに詩葉を寝かせたあと、教室に戻りながらスマホを開く。

 画面にはカレンダー。

 月の満ち欠けが記載されているものが映し出されていた。


(……今日はだからなぁ。毎度のことながら、詩葉は辛そうだ……)


 今回が初めてではない。

 中二の半ばごろから、詩葉は毎月一回体調を崩すようになった。

 それも、満月の日に。


(シナリオ通り、ではあるが……詩葉が辛そうにしてるのを見るのは、やっぱキツイな……)


 それに、と奏斗は僅かに目を細めた。


(今回ばかりは特にヤバい)


 奏斗の表情には、尋常ならざる警戒の色が濃く滲んでいる。


(この満月の日は、詩葉ルートにおける最重要の分帰路と言っても過言じゃない。少しでも間違えれば詩葉は……死ぬ。いや、殺されるんだ……)


 GGが恋愛趣味レーションゲームとして一線を画していたのは、その秀逸なシナリオだけが理由じゃない。


 一風変わった世界観。

 ただ平和にラブコメをしていれば良いわけじゃない。

 恋の行く先には大きな壁が待ち受け、それを乗り越えることを強要される。


(今頃アイツも驚いてることだろうな……)


 そう心の中で呟く奏斗は、一人の少女の姿を想像していた――――



◇◆◇



 同時刻。

 食堂付近の女子トイレ内。


「……そんな……なんでっ……!?」


 最低限のボリュームに抑えられながらも、そう声を漏らさずにはいられなかった。


 手に持っているのはスマホ。

 普段、日常生活で使用しているものとは別の機種。


 画面に映し出されているのは、冷酷な一文。


――――――――――――


【通達】


 今夜、一二〇〇ヒトニマルマル時より、私立姫野ヶ丘学園高校一年二組所属『姫川詩葉』の監視を命ずる。


 それにより、事態が異能対策規定に則る状況と確認された場合、速やかに対象を抹殺。


 以上。


――――――――――――


「こんなことってないよ……詩葉ちゃん……ッ!!」


 ギリッ、と固く歯を嚙合わせる音が、無人の女子トイレに虚しく響いた。

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