第15話 悲痛の対峙

 放課後、奏斗は保健室に預けていた詩葉を連れて帰宅した。

 今は詩葉の部屋のベッドに寝かせ、傍で見守っている。


(アイツも……茜も辛そうだったな……)


 シナリオ通り、昼休み終わりに茜のもとへ詩葉暗殺の指令が届いたのだろう。


 昼休み以降も一見普段通りに振舞ってはいたが、やはり隠し切れないやるせなさが滲んでいるのが見て取れた。


(だが、茜は絶対に来る。それが綾瀬茜というキャラクターに与えられた使命だからな……)


 そして、ここからが踏ん張りどころ。


 これまで奏斗は詩葉と駿の関係性を進展させようと画策してきたが、結局上手くいかなかった。


 原因はわからない。

 だが、今重要なのはその原因を追究することではない。


 詩葉ルートに入った主人公が本来この段階で獲得しておくべき好感度を、今の駿は保持していない。


 つまり、シナリオ上詩葉を助けることになっている駿が、今回の危機には来ないということなのだ。


(本当なら、このピンチを詩葉と駿で乗り越えてもらって一気に関係を進めてもらうつもりだったんだが……)


 そんな奏斗の狙いはもう儚い夢。

 今詩葉を守ることが出来るのは、奏斗のみ。


(さて、どうしたもんか……)


 ベッドで横になる詩葉を傍で見守りながら、思考を巡らせる。


 奏斗の体感的にはほんの一時間程度のつもりだったが、時計を見やればとっくに時刻は二十三時を過ぎていた。


(やべっ、もうこんな時間か。仕方ない……)


 詩葉の看病をしながらではあるが、帰宅してからこのときまでかれこれ五時間は対策を考えた。


 シナリオではどうだった?

 主人公はどうやって詩葉を守った?

 解決の切っ掛けは?


 前世の記憶を掘り返せば、シナリオ通りの攻略法は出てくる。

 しかし、それらはすべて主人公だから出来たことだ。

 主人公のやり方なのだ。


 奏斗が同じやり方を真似したところで上手くいく保証はどこにもない。


 第一、この世界での出来事すべてがGGのシナリオ通りになっているわけではない。


 もちろん似通っている箇所は多いし、何なら奏斗の知っている通りの展開になることも多々ある。


 だが、奏斗の周囲――特に詩葉関連のことに関しては最早シナリオがほとんど機能していなかった。


 それは、恐らく今回のイベントでもそうだ。

 奏斗の知っている通りの展開にはならない。


(シナリオには頼れない。俺が俺自身のやり方で動かないと、詩葉は助けられない……)


 奏斗は覚悟を決めるようにギュッと拳を握り込んだ。


(やってやる……何としてでも、俺が詩葉を守る……!)


 詩葉の状態は、横になって休んだためか少し落ち着きを取り戻していた。

 奏斗は起こしてしまうことに申し訳なさを感じながらも、静かに声を掛けた。


「詩葉、起きられるか……?」


「……ん、カナ君……?」


 薄っすらと詩葉が目蓋を持ち上げる。

 どこか胡乱としたヘーゼルの瞳が、不思議そうに奏斗を見詰めている。


「すまん、詩葉。その……わけあって今からお前を外に連れ出したいんだが……」


「外に……?」


「あぁ……」


 こうなった詩葉を元気にさせるためには、二十四時を過ぎてからをしなくてはならない。


 それは別に家の中でも出来ることだ。

 しかし、今回は状況が異なる。

 いつ茜が襲撃してくるかわからない。

 もしそうなったときに、この狭い家の中では逃げ場がなく詩葉を守り切れない恐れがあった。


 だが、そんな説明を詩葉に出来るワケもない。


 理由もわからず連れ出されるのは詩葉だって不安なはずだ。

 奏斗はそう思って複雑な表情を浮かべていた。


 すると――――


「うん、良いよ……」


「えっ?」


 詩葉は奏斗に「なぜ?」と尋ねることもなく頷いた。

 自分で頼んでおいて驚き顔を作る奏斗を見て、詩葉が可笑しそうに微笑む。


「えへへ……カナ君がそうすべきだと思ったんだよね? なら、それで良いよ。私、カナ君のこと信じてるから……」


「詩葉……」


 詩葉に理由など必要なかったのだ。

 ただ、奏斗が自分のために何かしてくれようとしているということさえわかれば。


「じゃあ、ちょっと待っててね。今起きるから……」


「あ、待ってくれ」


「え……?」


 今まさにベッドから起き上がろうとした詩葉を、奏斗は手で制した。


 いくら外へ連れ出す必要があるとしても、こんな状態の詩葉を自分で立たせ、歩かせるわけにはいかない。


「あとで変態と罵ってくれても良いから、今は我慢してくれな?」


「我慢って――きゃっ!?」


 奏斗は詩葉の背中と脚に手を回して横抱きに抱え上げた。


 詩葉が軽いというのもあるが、トレーニングを欠かしてこなかったお陰で楽々と持ち上げられる。


「ちょ、か、カナ君……!?」


「す、すまん……こんなことされるのは気持ち悪いと思うけど……」


「う、ううん。気持ち悪くなんか……むしろ――」


「ん?」


「なっ、なんでもないよっ!?」


 奏斗の腕の中で、詩葉が顔を真っ赤に染めていた。


「それじゃ、行くぞ」


「う、うん……」


 奏斗は詩葉を連れてアパートを出た。


 すでに外は夜闇に包まれていた。

 住宅街にあるほとんどの家も、その生活の明かりを消している。


 詩葉を抱えて走る奏斗の行く手を照らすのは、等間隔に設置された街頭のみ。


(確かっ、GGでは主人公が詩葉を連れて茜から逃げて……公園に行くんだったな……!)


 GGでは主人公と詩葉が後手に回り、茜から逃げる羽目になっていた。

 だが、今奏斗は茜が襲撃してくる前に先手を打って動いている。


(詩葉の処置が出来るのは二十四時から。それまでは、公園に隠れて茜をやり過ごす!)


「はっ、はっ、はっ……!」


 奏斗は住宅街の入り組んだ道を右へ左へと走っていく。

 途中、詩葉が腕の中から不安げな視線を向けてきた。


「か、カナ君大丈夫……? 私、重くない……?」


「馬鹿言え。むしろいつもより身体が軽いくらいだ」


「も、もぅ、茶化さないでよぉ……」


「ははは」


 奏斗は詩葉に心配を掛けないようにおどけて言ってみせた。

 しかし…………


(ったく、詩葉は……俺のことなんか心配してる余裕ないだろうに……)


 徐々に二十四時が近付いてくるにつれて、詩葉の体調は見るからに悪化してきていた。


 額には脂汗。

 呼吸も荒く、身体に熱を帯びている。


(大丈夫だからな、詩葉。絶対に俺が助ける……!!)


 奏斗は走る速度を上げた――――




 と、そんな二人の様子を…………


「……奏斗。貴方は……何者なの……?」


 少し離れた位置にある二階建ての一軒家の屋根の上。


 携帯式の望遠鏡で関する茜の姿があった。

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