第22話 推しヒロインからの罰

「えへへ……じゃ~あ、罰&仕返しとして、カナ君には私の首に噛み付いてもらいます」


「ま、マジか……」


「マジです」


 一体何がそんなに楽しいのか。

 ニコニコ顔の詩葉に、奏斗はため息を禁じ得ない。


「お、お前さ……前から思ってたけど、恥じらいってものがないのか……?」


「恥じらってるよっ! というか、恥ずかしかったのに茜ちゃんの前で吸血させたのはカナ君じゃん……!」


「いや、それはさ……」


 あれは詩葉を茜から守るために仕方なかったことだ。


 詩葉は完全な吸血鬼ではない。

 月に一度の満月の夜に血を捧げれば落ち着きを取り戻す。

 人を襲う危険はない。


 そう証明するためだった。


「も、もちろんカナ君が私を守るためにそうするしかなかったってわかってるよ? で、でも……本当に恥ずかしかったんだから……」


 当時のことを思い出しているのか、詩葉がじんわりと頬を朱に染め上げていく。


(ま、まぁ……理由はどうあれ、俺が詩葉に恥ずかしい思いをさせたのは事実だしな……)


 加えて、今日も詩葉をほったらかして茜のところに行ってしまった。


 それが罰と言うなら受け入れるしかないか……と、奏斗は躊躇いがちに眉を顰めながらも自分に言い聞かせ、納得させる。


「わ、わかった……詩葉がそう言うなら……」


「ふふっ、精々カナ君も普段の私の恥ずかしさを体感すると良いよっ!」


「ノリノリだな……」


 詩葉は嬉しそうに表情を綻ばせると、互いの脚が触れ合う距離まで身体を寄せた。


「ほら、カナ君……」


 詩葉が横に垂れる亜麻色の髪の毛を手で集めて、右肩の方へ持っていく。

 いつもは髪で隠れている細くて白い首筋の左側が、しっかりと奏斗の目に映った。


「……っ!?」


 ドキッ、と奏斗の胸の奥で心臓が一際大きく跳ねた。


 まるで見てはいけないものを見てしまっているかのような、妙な居心地の悪さ。


 詩葉本人が意図しているのかいないのか……その判断は奏斗には出来なかったっが、どこか煽情的で、見ているだけで顔が熱くなってくる。


「どうしたの、カナ君?」


「な、何でもない……」


 奏斗はグッと恥ずかしさを押し堪える。


 取り敢えず、軽く一回詩葉の首筋に歯を立てたらそれで終わり。

 さっさと終わらせてしまおう、と奏斗は覚悟を決めるように頷いた。


「じゃ、じゃあ、噛むぞ……?」


「うん、どうぞ」


「……」


 奏斗はゆっくりと詩葉の首筋へ顔を近付けていく。

 それに伴って、ふわりと香り立つ詩葉の仄かに甘くて良い匂いが鼻腔をくすぐってくる。


(やばっ……めっちゃ良い匂い……)


 ドッ、ドッ、ドッ……と、奏斗の心臓が強く鼓動を刻んでいく。


「ん……カナ君、息くすぐったいっ……!」


「す、すまん……」


 チラリと詩葉の顔を覗けば、微かに顔が赤らんでいるのがわかる。


(って、自分も恥ずかしいんだったらこんなことさせるなよ……!)


 奏斗は心の中で詩葉に文句を言いながらも、目の前の白い首筋目掛けて口を開けた。


 そして――――


 はむっ……!


「んっ……!?」


 詩葉の柔肌の感触が唇を通してありありと伝わってくる。

 繊細なガラス細工を扱うように、乱暴に歯は立てない。

 少しその肌に触れさせる程度に止める。


 そんな奏斗の噛み方がくすぐったいのか、詩葉は喉から何かを堪えているかのような声を漏らした。


(や、柔らかいしあったかい……正直いつまでもこうしてられる気がするけど……!)


 長く噛めば噛んでいるほど、理性がゴリゴリ削られていくのがわかった。

 歯止めが利かなくなって、勢いのまま詩葉に何かしてしまっては大変だ。


「はい、終わり!」


 奏斗はほんの数秒詩葉の首筋に歯を触れさせてから、すぐに離した。


「あっ……もう、終わり?」


「も、もう充分だろ……!」


 奏斗は詩葉の視線から逃れるように、熱くなった顔を背ける。


「えへへ……カナ君、恥ずかしがってる~」


「そ、そりゃ恥ずかしいだろこれは……」


「でも、カナ君はこんな恥ずかしいことを毎月私にさせてるんだよ?」


「い、言い方!」


 まるで自分が詩葉に無理矢理いやらしいことをさせているみたいな口振りの詩葉に、奏斗はたまらずツッコミを入れた。


「どう? ちょっとは私の気持ちがわかったでしょ?」


「ま、まぁ……」


「でも、私も一つわかったことがあるよ」


 詩葉が恥じらい混じりの笑みを浮かべ、先程奏斗に噛まれた首筋を手で押さえながら言う。


「噛まれる側も、結構ドキドキするんだね……?」


「……っ!?」


 いちいち言い方が可愛い。

 小首を傾げて、上目で、吐息混じりの声。


 奏斗は流石にもう居たたまれなくなって、勢いよく腰を上げる。


「し、知るか! っていうか、もうこんな時間なんだからお前はさっさと家に帰れ!」


「えぇ~、今日はちょっと泊めてもらう気分だったのにぃ~」


「何でだよっ!」


 まだこのまま居座ろうとする詩葉を、奏斗は半ば無理矢理に追い出す羽目になったのだった――――

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