第23話 和解と新たな季節

 ――後日、登校中の奏斗と詩葉の前に茜が現れた。


 あの夜以降三日ぶりに顔を合わせた詩葉は、茜を見詰めてキョトンとしている。


「あ、茜ちゃん……?」


 目を瞬かせる詩葉の視線の先で、茜は気まずそうに顔を曇らせた。

 しかし、黙っていても何も始まらない。


 茜は勇気を出すようにギュッと拳を固く握り、真っ直ぐ詩葉と視線を交わした。


「あの日の夜のこと……謝って済むことじゃないとわかってるわ。任務とはいえ、私は詩葉ちゃんを殺そうとした。友達なのに……」


「……」


 茜が悲しげに、辛そうに表情を曇らせる。


 いつもの凛とした雰囲気は見る影もなく、そんな姿に詩葉も眉尻を下げる。


「それでもっ! 許されないとわかっていてもこれだけは言わせてほしいの!」


 詩葉に向かって茜が深く頭を下げた。

 紅蓮のような長髪が垂れ下がる。


「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい……!」


「茜ちゃん……」


 詩葉は何かを考えるように一時の沈黙を要した。

 だが、すぐにその顔には穏やかな微笑みが浮かぶ。


 茜の近くまで歩み寄り、爪痕が刻まれるほど固く握り締められた茜の拳をそっと両手で包み込むようにして掴む。


「顔を上げてよ、茜ちゃん……」


「でも、でもっ……!」


 茜が罪悪感に満ちた悲痛な視線を詩葉に向ける。

 しかし、詩葉はその必要はないという風に柔らかく口許を綻ばせて言う。


「私ね、初めて吸血鬼になったっとき凄く怖かったんだ。でも、カナ君が傍で『大丈夫だ』って言ってくれた。凄く嬉しかったなぁ……それからも、私がああなるたびにカナ君が血をくれて、落ち着かせてくれるの」


 でも――と詩葉は話を続けた。

 目付きもどこか真剣なものに変わる。


「私が危険な存在であることに変わりはない。何かの拍子に理性を失って怪物になっちゃうのかもしれない。凄く怖いの、不安なの……私が怪物になることがじゃない。それでカナ君を万が一傷付けちゃったりするのがどうしようもなく怖いの……」


「詩葉ちゃん……」


「だからね、むしろ良かったって思ったんだっ!」


 詩葉は茜にパァと明るい笑顔を向けた。


「もし私が本当に怪物になっちゃっても、それを止めてくれる人がいる。私がカナ君を傷付けないようにしてくれる人がいるってわかったから。だから茜ちゃん、約束してくれる?」


「約束……?」


 ギュッと茜の手を包む詩葉の手に力が籠る。


「私が理性を失ってカナ君を傷付けてしまいそうになったときは、茜ちゃんが止めて欲しいの」


「――ッ!?」


 止める。

 それはつまり、殺すということだ。

 非常に残酷な頼み事だ。

 しかし、だからこそ友達である茜にしか頼めない。


「カナ君は過保護だから……もし私がそんな状態になっちゃっても、きっと自分を犠牲にしてでもどうにかしようとしちゃう。でも、それでカナ君が死んじゃったりしたら私は私を許せなくなる……だから、そうならないように。茜ちゃんにしか頼めないの」


 詩葉の真剣な思いと向き合って、茜もその面持ちを真剣なものに変えた。


「……それは、異能対策秘匿部隊への依頼かしら?」


「ううん、違うよ。私のかけがえのない友達……茜ちゃんへのお願い」


「……まだ、友達って、言ってくれるのね……」


「えへへ、当たり前だよ」


「……っ」


 茜の紫炎色の両目が涙に揺れる。

 嗚咽を堪えるように唇を結び、震わせる。


「わかったわ……!」


 茜が空いている方の手を詩葉の両手の上に乗せた。


「詩葉ちゃんの……友達の頼みだもの。私以外に出来ない約束だもの……!」


「うんっ、ありがと……!」


 もらい泣きしたのか、詩葉の瞳にもうっすらと涙が滲んでいた。


「えへへ……」

「ふふっ……」


 笑顔を向け合う二人の姿を、奏斗は少し離れたところから穏やかな表情で見守っていたのだった。



◇◆◇



 およそ二週間が経過した――――


 もうカレンダーは六月のものに変わっている。

 季節は初夏。


 本格的な暑さはまだであるものの、その予兆とも言える湿り気を帯びた熱が確かに感じられる。


 だが、悪いことばかりではない。


(いや、暑さと引き換えにこの光景を見られるならむしろお釣りがくるぞ……!)


 昼休み。

 奏斗、詩葉、茜、駿はいつもの如く食堂で昼食を取っていた。


 そんな中で、奏斗はチラリと横目で隣に座る詩葉を見て口角を吊り上げる。


 この姫野ヶ丘学園高校では、六月から衣替えが行われる。

 つまり、制服が夏服に変わるのだ。


 男子生徒はズボンの生地が薄くなり、ブレザー未着用可になるだけ。

 しかし、女子生徒は違う。


 ブラウンの上質なセーラーから、白を基調とした薄手の半袖セーラー服に変わる。

 プリーツスカートも涼しげな水色で、チェック柄になっている。


(いやぁ~、眼福眼福……)


 そう心の中で感想を呟きながら、無自覚の内にニマニマしていた奏斗。


 すると、それに気付いた詩葉が微かな恥じらいの色を浮かべながら半目を向けてきた。


「ね、ねぇ、カナ君……さっきから視線がいやらしいよぉ……」


「んなっ……!?」


 まさか気付かれているとは思わず、奏斗に動揺が走る。

 テーブルの反対側から、茜の冷めた視線も飛んできた。


「まったく、ちょっと制服の生地が薄くなって肌色が増えたくらいで発情しないで欲しいわね」


「ちょ、お前は慎みを持った発言をしろ!?」


 あと別に発情してない! と、奏斗はしっかりと付け加えておく。


 しかし、茜は「ふぅん?」と疑るように目を細めた。


「本当かしらねぇ?」


「あ、当たり前だ」


「あら、そう?」


 茜がわざとらしいすまし顔を浮かべて、腕を組む。

 それによって元々確かな存在感を持つその胸の膨らみが押し上げられて強調される。


 ドキッ、と奏斗の心臓が跳ねた。


「はぁ~、中間テストで学年一位だったから安心して、今ドッと疲れが来たわ~」


 そんなことを言いながら、今度は「うぅ~ん」と両腕を頭上に真っ直ぐ持ち上げて身体を伸ばす。


 丈の短いセーラー服の裾が持ち上がり、インナーが姿を見せる。

 上体が反られたために、先程より更にその双丘の存在感が増した。


 明らかにわざとだ。

 茜も奏斗の反応を探るように、チラッと視線を向けてくる。


 だが、そうとわかっていても意識せざるを得ない奏斗。

 見るな見るなと自分に言い聞かせるが、目が勝手に茜へ引き寄せられてしまう。


「あら、どうしたの奏斗? そこだけ冷房が利いてないのかしら。顔が赤いわよ?」


「お、お前なぁ……!」


 茜の指摘通りだった。

 奏斗の体温が確かに上がっている。


 しかし、それもすぐに冷却されることになる。


 左腕の袖がキュッと引っ張られた。

 奏斗がそちらへ視線を向けると――――


「ねぇ、カナ君」


「――ッ!?」


 一切の感情が抜け落ちたかのような虚無の瞳でジッと見詰めてくる詩葉。


 奏斗の身体の熱が一気に消し飛んだ。

 むしろ寒い。


「どうして茜ちゃんばっかり見るの? ねぇ? どうして?」


「こ、怖い怖い怖い――!!」


 このあと、奏斗は詩葉の魅力的なところを百個言わされる羽目になったのだった――――













【あとがき】


 読み進めていただきありがとうございます!

 この話で、第一章は完結となります!


 次話から遂に第二章。

 詩葉や茜の可愛さを更に皆様にお伝えしていくと共に、新たなヒロインも登場します!


 加えて、奏斗のハッピーエンド計画にも新たな風が……?


 是非、皆様の目でこの先も見届けてやってください!


 また、「この作品面白い!」と思ってくださった方は、作品のフォローと☆☆☆評価をよろしくお願いします!


 皆様の応援が作者の力となりますっ!!


 ではっ!

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