第27話 第二の転生者
「桐谷奏斗君。生徒会に所属し、私の力になっていただけませんか?」
「え? 俺が、生徒会に……?」
姫香の口から思いもよらないことを告げられた。
奏斗も目を丸くし、頭上に疑問符を浮かべる。
「ええ、どうでしょうか?」
「い、いやぁ、どうでしょうかと言われても……まず理由を聞かないことには何とも……」
「……ふふっ、安易に首を縦に振らないところ、気に入りました。貴方に対する私の好感度は上昇です」
「好感度上昇って……」
――そんなゲームみたいな、とツッコミを入れそうになった奏斗。
ただ、見るからに育ちの良いお嬢様である姫香が好感度を稼ぐようなゲームなどしないだろうと思って、その先の言葉は心の呟きに止めておく。
戸惑う奏斗の姿を見て、姫香は密かに、そして意味深に微笑んでいた。
「私が桐谷君を引き入れたい理由はいくつかあります。ただ、それを語る前に……」
姫香は生徒会室の隅に控えている女生徒らへ目配せした。
その意図を理解したようで、女生徒らは小さく会釈してから静かに部屋を出て行く。
人払いをしたのだ。
この部屋に残っているのは奏斗、姫香、そして彼女の座るソファーの傍らに唯一残ることを許された凛。
「あまり人には聞かれたくない理由ですか?」
「そうですね。桐谷君にとってもその方が良いと思いますので」
「お、俺別にそんな人に聞かちゃマズいことはしてないと思いますけど……」
「ふふっ、さてどうでしょう」
姫香は一度口許を手で隠して上品に笑ってから、澄んだ赤い瞳をジッと奏斗に向けた。
まるで奏斗の心の奥を覗き込もうとするかのような、手を伸ばそうとするかのような視線。
「少なくとも、この前の中間テストでわざと手を抜いていたのは事実ですよね?」
「……」
奏斗は驚いた。
が、動揺は殺した。
ポーカーフェイスを貫いた。
まだ伊集院姫香という人物がどういう人間かわからない。
表情や仕草で無駄に情報を与えてやる必要はない。
「……素晴らしいですね。こうして貴方を見ていてを視覚的情報が何一つ入って来ません。ここまでのポーカーフェイスは凛にだって難しいでしょう」
「……え、えっと、東雲先輩の無表情はポーカーフェイスではなく素では……?」
「ポーカーフェイスです」
奏斗の言葉に不満だったのか、凛がそう口を挟んでくる。
「いや、それは素――」
「――ポーカーフェイスです。あ・え・て、ポーカーフェイスなのです」
「……そ、そっすか……」
凛が食い気味で否定してくるので、奏斗は内心「まぁ、素だろうな」と考えを変えることなく、表面上納得を示しておく。
「ふふ、話を戻しましょうか。私は何も適当に言ったのではありません。凛、アレをここに」
「はい」
姫香に指示された凛が、一度執務机の方に行って何かの紙を取ってから戻ってくる。
紙は全部で五枚。
この間の中間テストの回答用紙。そのコピーだ。
氏名の欄には“桐谷奏斗”の文字。
「……生徒会長には、生徒の回答を閲覧する権限があるんですね」
「ええ。ですが安心してください。このコピーはあとでシュレッターに掛けて処分しておきますので」
生徒会長とはいえ一生徒。
そんな権限を持っているなんて普通なら考えられないが、ここはGGの世界。
アニメや漫画でやたら権力を持っている生徒会が存在するくらいだから、これもおかしいことではないのかもしれない。
(となると、凛が茜の住所を俺に教えることが出来たのもこういう権限があるからか……)
頭の片隅で疑問に思っていたことが、今になってようやく解消された。
「では、桐谷君が手を抜いていた根拠についてすべて説明しても良いですが、それは非効率です。この数Ⅰのテストを例にして語りましょう」
姫香が回答用紙に指を伸ばした。
「全部で大問は五つ。大問一から三までは全問正解。ですが、大問四と五からは急に空欄が増えています。点数は七十五点」
「……それが何か?」
「結果だけ見ればおかしいところはありません。七十五点という良くも悪くもない点数。ありふれていて目立たない結果です。間違え方もたまたまと言われればそれまでです」
ですが、と姫香は意味深な笑みを浮かべて続ける。
「答え方が面白いんです。正解箇所をよく見てください。記入されている文字に一切の迷いがないんです。消し痕すらない」
「そんなの、問題用紙で計算式を書いて解を求めてから回答用紙に記入している人は皆そうなりますよ」
「ええ、おっしゃる通り。では、逆に空白箇所を。驚くほどに綺麗ですね。途中式を記入するタイプの回答欄ですら一度も手をつけていないのがよくわかります。まるで最初から解く気がなかったかのようです」
「あ~、その問題はもう手が付けられないくらい難しくて、解くのを諦めたんですよ」
「ふふ、貴方と同じくらいの成績の他の生徒がどのような回答用紙になっているか知っていますか?」
「い、いや、知りませんけど……」
「七十点台。問題が難しいから簡単に諦めるような人は取れない点数です。この手の問題に躓いたとき、どうにか解こうと何度も途中式を書き直すものです。少なくとも一度も手をつけないということはありません」
計算過程の途中まで正解すれば部分点が期待できますしね、と姫香が付け加えて微笑む。
「ですが貴方の空白は真っ白。消し痕すらなく、迷いのない未回答です」
「いや、そんなこともあるでしょ……」
「他の教科すべてにも同じことが言えますか?」
「……」
姫香が数学の回答用紙を少しズラして、下に隠れていた国語の回答を見せる。
これまた空白部分は真っ白だ。
国語の記述問題など模範解答通りでなくても特に部分点が狙いやすい箇所であるにもかかわらず、未回答。
その他の教科についても同じような回答方法だ。
確かに不可解。
奏斗としてもまさか解き方に目を付けられるとは思っていなかった。
実際、テスト返却時に先生達からは何も言われていない。
(……次からは点数操作だけじゃなく、解き方も工夫しないとなぁ……)
奏斗は言い逃れを諦めたようにため息を吐いた。
「……で、仮に俺がテストで手を抜いていたとしてそれが生徒会に誘う理由になりますか?」
「少なくとも本来高い学力を有しているにもかかわらずそれを隠している、という点で興味は沸きますね」
「学力が高い人を生徒会に引き入れたいんですか?」
「まさか。今のは理由の一つにすぎません」
姫香はそう言って肩を竦めると、口角は上げつつも油断を許さない真剣な眼差しを奏斗に真っ直ぐ向けた。
「私が桐谷君を生徒会に入れたい――いえ、私に協力させたい一番の理由。それは貴方が転生者だと確信しているからです」
「……」
「私と同じ、ここがガールズ・ガーデンの世界だと知っている存在。違いますか?」
「いやぁ~、さっきから何を言っておられるのかまったく――」
「――先月の新月の夜。桐谷君は姫川詩葉ルートのバッドエンドを回避するために、シナリオに介入しましたね? 刺客である綾瀬茜と戦い、事態を納めた。その後の茜さんへのフォローも見事にやってのけた」
「……俺が茜の家に行けるよう、住所を伝えに東雲先輩を差し向けたのは貴女だったんですね。会長」
「ふふっ、そういうことです」
奏斗はテーブルに置かれた紅茶を一口飲んでから、「はぁ……」と大きくため息を吐いてソファーの背もたれに大きく体重を預けた。
(俺がこの世界に転生してきた時点で、当然他の転生者がいてもおかしくないとは思っていた)
それだけじゃない。
入学初日に起こった一番不可解な出来事。
駿は頭にサッカーボールを喰らい、保健室に運ばれる――とシナリオで決まっていた。
だが、そうはならなかった。
凛がサッカーボールから駿を庇った。
シナリオにない流れ。
確実なシナリオ改変だ。
(俺はてっきり東雲先輩自体がイレギュラーな存在だと思ってた……いや、それもあながち間違いじゃないが、黒幕はこの生徒会長だったワケだ……)
「さて、桐谷君の中でも今こうして私と会ったことで様々な疑問が解消されたことでしょう」
「……まぁ」
奏斗が情報を整理するに充分な時間を待ってから、姫香が改めて言った。
「私にはこの世界で――この学園でやるべきことがあります。そのために桐谷奏斗君、力を貸していただけないでしょうか?」
転生者、奏斗。
転生者、姫香。
ここに二人の転生者が邂逅した。
「……協力の返答をする前に、会長の目的を教えてください」
「目的はシンプルですよ。全てのヒロインのバッドエンド回避――各ヒロインの抱える問題を解決し、危険から遠ざけ、穏やかな日常を過ごさせることです」
「なるほど、どのヒロインにも幸せになってほしい……確かに貴女は生徒会長だ」
「ふふっ、そうでしょう?」
「わかりました。生徒会に入るのは面倒なのでお断りですが、それで良ければ協力しますよ」
「あら、出来れば生徒会に所属していただいて雑務などもお願いしたかったのですが――」
「――面倒です」
「……ふふっ、まぁ仕方ありませんね」
姫香は言葉とは裏腹に満足そうな笑みを湛えて立ち上がった。
奏斗もそれに応えるように腰を上げる。
「では、桐谷君。これからよろしくお願いしますね」
「はい」
テーブルの上で、二人の転生者による握手が交わされた――――
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