第二節:生徒会長の遣い

第28話 二人のヒロインの想い

 私立姫野ヶ丘学園高校の現生徒会長にして、奏斗と同じくGGのシナリオを知る転生者である伊集院姫香。


 彼女の目的は――――


“すべてのヒロインのバッドエンド回避”


 GGのヒロインはそれぞれ問題を抱えている。


 詩葉であれば、新月の夜にヴァンパイアになってしまうという異能。

 茜であれば、心を殺して異能を狩り続けなければならない使命。


 そんな風に、ヒロインには乗り越えるべき問題が設定されている。


 本来であればそれはGGの主人公である駿がヒロインと関係を持つことによってともに乗り越えていくことになる。


 だが、主人公が自身のパートナーに選べるヒロインは一人。

 裏を返せば、主人公と結ばれなかったヒロインは問題を解決することが出来ない。


 もちろん主人公が各ヒロインと満遍なく関係を構築していくグッドエンドルートならその心配もない。


 しかし、それはプレーヤーが主人公を動かすから成り立つ行動。


 実際問題、一人間として生きている駿を全てのヒロインと関わらせてその問題を共に解決させていくのは不可能に近い。


 そこで、姫香は自分が手を回すことによって主人公に救われないヒロインの問題を解決しようとしているのだ。


 奏斗もその考えには賛同出来た。


 確かに奏斗の一番の目的は詩葉のハッピーエンド。

 どうにかして駿とくっ付けてやりたいと思っている。


 しかし、GGのシナリオを知っていて各ヒロインの問題を理解している上で、それを見て見ぬ振りはしたくない。


 奏斗は姫香に協力することにした。



 そして、生徒会室で握手を交わしてから早くも一週間が経過していた――――



「――はぁ、疲れたぁ。マジで疲れた……」


「ふふっ、お疲れ様です桐谷君。ご活躍は報告に上がってきていますよ」


「さいですか……」


 放課後、奏斗は生徒会室のソファーに座って――というかもうほぼ寝転んで身体と精神的な疲労に唸っていた。


 この一週間、姫香からの最初の依頼ということで、GGヒロインの一人である三年生の先輩の問題を解決するべく動いていた。


 というのも、そのヒロインはモデルをやっておりここ最近ストーカー被害に悩まされていたのだ。


 ゆえに奏斗は姫香から二、三人の協力者――姫香お抱えの親衛隊のような女子生徒らの力を借りながら、ヒロインの動向を見守り、つい昨日ストーカーの正体を突き止めた。


「はい、紅茶です」


「あぁ、会長自ら……ありがとうございます」


「ふふっ、そう畏まらないでください。転生者同士、お互い気楽に接しましょう」


「そ、そうは言われても……」


 奏斗はティーカップを口許で傾けながら、テーブルを挟んだ対面に座る姫香をチラリと盗み見る。


 相変わらず一つ一つの所作が上品。

 お嬢様オーラ全開だ。


(な、何か色々と格が違う気がするからなぁ……)


 奏斗が姫香相手に畏まってしまうのも無理はなかった。


(前世でも良いとこのお嬢様だったのかな……って、いやいや。前世を詮索するのは無粋か)


 奏斗自身前世にあまり良い思い出はない。

 当然人にペラペラと語りたいことでもない。


 姫香の前世にだって何があるのかわからないのだ。

 幸せだったことだけでなく、当然嫌な思いでも少なかずあるかもしれない。


(会長の方から話してくるならともかく、俺から聞くことはしないでおこう)


 と、奏斗がそんなことを考えていると、正面で姫香が「ふふっ」と笑みを溢した。


「ん、どうしたんですか?」


「いえ、何でも。ただ、桐谷君はお優しいなと思っただけです」


「う、うぅん……」


 一体姫香の洞察力はどうなっているのか。


 本気でポーカーフェイスを貫いて真意を隠さなければ、基本考えていることは見通されているなと奏斗は感じていた。


「あ、そうです。次に問題を解決していただきたいヒロインについてなのですが――」



 と、そんな風に生徒会室で話が進められている頃…………



「んむぅ……最近カナ君が全然構ってくれないの……」


「あぁ~、最近生徒会の仕事を手伝ってるとか言ってたわよね?」


 姫野ヶ丘学園高校から少し歩いた先にあるファミレスに、詩葉と茜の姿があった。


 最近忙しそうにしている奏斗について話そうと、詩葉が茜を誘ったのだ。


 それぞれ適当にスイーツを注文し、詩葉の前にはガトーショコラ、茜の前にはチーズケーキが置かれていた。


「わかってはいるんだよ? カナ君は何でも出来ちゃうから、必要としてる人は沢山いると思う」


 でも……と、詩葉はムッとした表情を浮かべる。

 トスッ! とガトーショコラにフォークを突き立てた。


「私だってカナ君を必要としてるんだもん……!」


「あはは……」


「んもぅ、笑い事じゃないよぉ! 茜ちゃんはどうなの!?」


「えっ、私……?」


 身を乗り出してくる詩葉に、茜はパチクリと目を瞬かせる。


「もう隠さなくても良いよ……茜ちゃんも、カナ君のこと好きなんでしょ……?」


「ふへっ!? わ、私はべっ、別に! そ、そんなんじゃないし……!」


 紫炎色の瞳を右へ左へ。

 そんなあからさまな動揺を見て、詩葉はじぃ~と半目を作る。


「ふぅん……じゃ、カナ君は遠慮なく私が貰うね?」


「だ、ダメっ!!」


「……」


「……あ」


 容易く詩葉の言葉に釣られた茜は、カァと顔を真っ赤に染め上げていく。

 慌てて手元にあったドリンクバーの炭酸飲料を飲む。


 多少は熱くなった身体が冷めるかと思ったが、残念ながら効き目ナシ。


 茜はコホンとわざとらしく咳払いをしてから、落ち着いて言った。


「わ、私の奏斗への気持ちは……正直まだよくわかってないのよ……」


「というと?」


「ほ、ほら……私が学校休んでたら奏斗、私の家まで乗り込んできたじゃない? 色々考え込んじゃってた私を元気付けてくれて……」


「……ナニソレ馴れ初め?」


「ちっ、違うわよ!」


 スッと瞳から生気の灯が消えかけていた詩葉の言葉を否定した上で、茜は話を続ける。


「それ以降奏斗のことを考えてたり見てたりすると、胸の奥がざわつくのは本当よ。でも、この気持ちがただあのときの雰囲気に流されただけのものなのか、それともちゃんとした恋心なのかわからないの……」


「……その答えなんて顔に書いてあるじゃん……」


「え、今なんて?」


「ううん、何でもない」


 詩葉は茜の質問に答えずパクッとガトーショコラを口に入れた。


「ともかく、カナ君が一体何をしてるのか知る必要があるよねっ!」


 咀嚼したガトーショコラを飲み込んだ詩葉が、グッと拳を握って言う。


「だって、だってだって、放っておいたら変な虫が付くかもしれないでしょ? そんなの駄目だよ……うん、絶対ダメ」


「え、えっと、詩葉ちゃん……?」


「カナ君ってば誰にでも優しくしちゃうから、勘違いする人が出ちゃうかもしれないよ? 良いの茜ちゃん? ねぇ?」


「え、えぇっと……」


 ハイライトの消えた瞳を真っ直ぐ茜に向け、ずいっと顔を近付けてくる詩葉。


 茜は困惑しながらも、確かに奏斗の周りに他の女の人が寄ってくるのは面白くないと思ってしまった。


 ゴクリと喉を鳴らし、首を縦に振る。


「わ、わかったわ、詩葉ちゃん。奏斗が一体何をしてるのか、私も調べるの手伝ってあげる」


「えへへ、ありがと茜ちゃん」


 ここに、二人のヒロインによる密かな協力関係が結成されたことを、まだ奏斗は知らなかった――――

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