第29話 詰め寄るヒロインズ!
「次に問題を解決していただきたいヒロインについてなのですが――」
「――姫、こちらです」
サッと的確なタイミングで凛が姫香に資料を手渡す。
姫香は短く「ありがとうございます」と礼を言ってから、手渡された資料を奏斗にも見えるようテーブルに置く。
「一年二組、
「あぁ……」
奏斗もこうして姫香に協力すると決めてから、そう遠くないうちに亜理紗の話が出てくるとは思っていた。
GGヒロインの一人、花染亜理紗。
テーブルに並べられた資料の通り、入学式から一週間ほどで学校に来なくなった。
ありていに言えば、登校拒否。
不登校である。
「桐谷君もGGのシナリオを知っている身。わかっているとは思いますが、彼女の問題を解決するのは少し骨が折れますよ」
「でしょうね……」
奏斗の一番の目的は詩葉のハッピーエンドだ。
そのために、駿を他のヒロインと接触させないように自分が代わりに他ヒロインのルートを踏むようにしていた。
だが、今の今まで亜理紗に接触しようとしなかったのは、登校してきていないがゆえに駿との接触の心配が極端に少なかったからだ。
ハッピーエンド計画において対処すべき課題は沢山ある。
そのため、亜理紗への接触は後回しにしていた。
ただ、もちろん最推しの詩葉だけでなく他ヒロインのことも大好きである奏斗としては、いつまでも問題を抱えた亜理紗を放置しておこうとは思っていなかった。
シナリオを知っていて、各々が抱える問題を把握しておきながら見て見ぬ振りはしたくない。
GGファンとしての矜持だ。
「まぁ、取り敢えずやってみますよ」
やることは決まった、と奏斗はソファーから腰を上げる。
すると――――
「あ、桐谷君」
「はい?」
今まさに歩き出そうとしていたところを、立ち上がった姫香に呼び止められた。
まだ何かあるのだろうかと思って奏斗が振り返ると、姫香が近くまで歩いてきた。
「一つ、先輩からのお節介をしてもよろしいでしょうか」
「え、えぇ、どうぞ……?」
姫香の表情に浮かぶのは、相変わらず淑やかで柔和な微笑み。
しかし、ジッと奏斗に向けるルビーのような瞳はその心の奥を――奏斗自身ですら気付かない心の内を見透かしているかのよう。
「ここは確かにGGの世界です。ですが、GGではありません」
よく言っている意味がわからないが、奏斗は黙って耳を傾ける。
「明確な違いは、主要人物や脇役に関わらずGGに登場する人達はキャラクターであること。ですが、この世界で暮らす人々は皆等しく生きている人間だということです」
「そ、それはまぁ……」
「確かに私達は転生者でGGのシナリオを知っています。それは主人公やヒロイン達の運命を知っていると言っても過言ではないでしょう。ですが――」
姫香の表情がいつの間にか真剣なものに変わっていた。
「決して傲慢になってはいけません。私達が出来ることは精々シナリオの知識を活かして少しばかりの手助けをすることくらい。GGの主人公、ヒロイン、その他脇役もここでは皆等しく一人間。
しばらく沈黙の中で奏斗と姫香の視線が交錯する。
奏斗は正直、姫香の言いたいことがほとんど理解出来ていなかった。
だが、不思議とそれが非常に重要な意味を持っていることだけは感じていた。
「……とまぁ、私の言いたいことはそれだけです。ふふっ」
緊張を解くように、姫香の表情に穏やかさが戻った。
奏斗も少し戸惑ってはいたが、姫香の言葉の意味を理解していく努力はしていこうと思えていた。
「え、えっと、肝に銘じておきます……?」
「ええ、是非そうしてください」
姫香も今この瞬間奏斗が言葉の意味を理解出来ていないことは察している。
だが、重要なのは今じゃない。
この世界で、この学園で日々を過ごしていく中で徐々に意味がわかれば良い。
奏斗であればそれが出来るだろう。
姫香はそう信じて、急かすことはしなかった――――
◇◆◇
翌日。
終礼が済んで生徒らが好き好きに席から立ち上がる中で――――
(まぁ、ともかく。今は花染亜理紗の問題解決だな)
入学から一週間で不登校。
問題解決とはすなわち、学校に登校させることだ。
正直、不登校の生徒をまた学校に来させることが唯一の解決方法だとは奏斗も思っていない。
学校に行くのが当たり前。
奏斗はそんな固定概念を無理に押し付けてプレッシャーを与えてしまうくらいなら、学校なんて行かなくていいとさえ思っていた。
今は通信教育も充実しているし、勉強という点で見れば何も学校に来ることが唯一解ではない。
(だが、花染亜理紗はそうじゃない。本当は学校に行きたいと思ってるし、友達が欲しいとも思っている……)
少なくともGGのシナリオではそうだった――と、そこまで考えて奏斗はふと昨日の放課後に姫香から言われたことを思い出した。
傲慢になってはいけない。
自分達に出来ることは少しばかりの手助け。
(……まだよくわからんが、今は花染亜理紗との接触が最優先だな)
よし、と奏斗はカバンを持って立ち上がる。
そんなとき、
ドタドタドタバタドタバタ――ッ!!
「ななな何だ何だっ!?」
教室の前の方の席から一人。
廊下から一人。
二人の少女が急に奏斗に詰め寄ってきた。
「カナ君っ!」
「奏斗っ!」
「な、なにっ!?」
詰め寄ってきた二人――詩葉と茜の勢いに押されて壁まで後退りする奏斗。
何が何だかわからずたじろいでいると、先に詩葉が口を開いた。
「カナ君今日もどうせ生徒会のお手伝いなんでしょ!?」
「えっ、あ、そ、そうですね……?」
そんな奏斗の返答に、次は茜が言った。
「だったら私達も手伝うわ!」
「は、はぁ!?」
「カナ君最近凄く忙しそうだから……私達も手伝いたいの!」
「ま、まぁ、私は色々借りもあるしね!? ちょっとは返しておかないとって思っただけだけど!」
「い、いや待て待て待て」
奏斗は一旦二人を落ち着かせる。
「気持ちは嬉しいが、これは生徒会の用事だ。お前らには――」
「――私達には教えられない用事なの、カナ君?」
「い、いやそういうワケでは……」
流石に生徒会長が転生者で、同類同士協力してヒロインの問題を解決することになったんだとは言えない。
だが、GGのシナリオについて隠したうえで、困っている人を助けているんだということにすれば別に口外しても問題はないだろう。
(とはいえコイツらが介入することでシナリオに変化が起きるのはちょっとなぁ……)
そう奏斗が悩んでいると、徐々に詩葉の顔に影が落ちる。
ズゥ~ンとその周囲の重力が大きくなったように感じられ、ヘーゼルの瞳からハイライトが消えかかっていた。
「そういうワケじゃないならどうして言ってくれないの……? やっぱり言えない用事なんでしょ? 何の用事? ナニの用事? やましいことがあるの? ねぇ、カナ君?」
(や、やべっ、詩葉のスイッチが入った……!)
「ねぇ? 黙ってちゃわからないよカナ君……それとも私じゃ力になれない? あはは、それならそうと言ってくれればいいのに。お前なんかじゃ足手纏いになるだけだって。俺には必要ないって。私なんかいらないって――」
「――あぁあああもう! わかったよわかりました! 事情を説明するから元に戻ってくださいお願いします詩葉さんっ!!」
と、そんな奏斗らの様子を少し離れたところで見ていた駿は――――
「アハハ……僕はちょっと先に帰らせてもらおうかな……」
自ら修羅場に足を突っ込むことはしないようにしていた。
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