第30話 存在未確定なヒロイン
「――ってなワケで、今からその花染亜理紗に会いに行く」
「なるほど、不登校ねぇ……」
奏斗、詩葉、茜は学校を出て、電車で茜のマンションがある方とは反対側に二駅進んだところまでやって来ていた。
昨日姫香から教えられた亜理紗の自宅へ向かう道中で、二人に事情を説明した奏斗。
悩まし気に腕を組む茜。
だが、その隣で詩葉は不思議そうに首を傾げていた。
「ふ、不登校……? カナ君、その花染さんは一年二組……私と同じクラスなんだよね?」
「ああ」
詩葉の質問に首を縦に振る奏斗。
だが、その答えを聞いて詩葉は更に疑問符を浮かべた。
「うぅん……」
しばらく記憶を掘り起こすように考え込むが、納得がいかないといった風に詩葉が言う。
「やっぱりおかしいよ、カナ君。だって、二組に不登校の生徒はいないんだもん」
「えっ、どういうこと詩葉ちゃん?」
詩葉の言葉に茜が足を止める。
「二組は皆登校してるよ? もちろん、体調不良とかで休む人はいるけど、長期間学校に来てない人はいないの」
「え、えぇっと、つまり……二組は全員揃ってる。でも今私達は二組の不登校の生徒に会いに行こうとしてるのよね?」
どゆこと? と優秀な茜の頭脳でも理解が追い付かない。
詩葉と茜。
二人の疑問に満ちた視線が奏斗に向かう。
奏斗は振り返って答えた。
「二人の疑問はもっともだ。現在一年二組に不登校の生徒はおらず、皆元気に登校してきている……と、大半の人は思っている」
だがそれは事実じゃない、と奏斗が続ける。
「そこにいるのに見えない。見えないからこそ認識されない。それが花染亜理紗だ」
「む、難しいよカナ君……」
むむむぅ~、と詩葉が眉間にシワを寄せている。
その隣では茜が奏斗の言葉の意味を咀嚼しようと、顎に手を当てて考えていた。
(茜は何となくもう気付いてそうだな……)
流石学年首席の成績! と奏斗は心の中で手を叩いておく。
あとは、まだ理解が出来ていない詩葉への説明だ。
「んじゃあ、詩葉。今お前の後ろには何がある?」
「え――」
「――あ~、振り向くのはナシな?」
後ろに何があるかと聞かれれば普通人は振り返る。
当然詩葉もそうしようとしたが、奏斗が制止した。
詩葉が不満げに頬を膨らませて文句を言ってくる。
「んもぅ、カナ君のいじわる! そんなのわかるワケないじゃん!」
「そう、それが答え。今、花染亜理紗はそんな状態にある」
「え?」
ちなみに今詩葉のすぐ後ろでは、スズメがエサを探してちょこちょこしている。
だが、詩葉はそれを認識していない。
確実にスズメはそこにいるが、存在しないものとされてしまっている。
「当然死角にあるモノは認識できない。なら、すべての人の共通な死角があるとして、そこにモノが置いてあっても誰も気付かないよな?」
「そ、それはまぁ……」
「花染亜理紗は今その死角にいるってことだ」
「――なるほどね」
情報の整理が済んだのか、茜が口を開く。
「花染亜理紗は確かに存在している。奏斗の言う通り入学から一週間は学校に来ていたのね。でも、誰もそれを知らなかった――いや、気付いていなかった。なぜなら、皆の死角に立っていたから」
その通りだという意味を込めて、奏斗がニヤリと口角を持ち上げた。
「そりゃそうよね。真実そこにいるんだとしても、万人から認識されないんじゃ実際存在していないのと大差ないわ。当然、人は認識できないものを理解出来ないもの」
「ま、待って待って! 私まだよくわかんないよぉ……」
奏斗の説明で完璧に事態を把握した茜。
今三人の中で唯一理解が追い付いていない詩葉が焦る。
「大丈夫よ、詩葉ちゃん」
「あ、茜ちゃん……?」
戸惑う詩葉の方に、ポンと手を置く茜。
心強い笑みを湛えて言った。
「花染亜理紗は透明人間。オッケー?」
「あっ、なるほど!」
最初からそう言ってくれればいいのに~、と気楽に笑う詩葉。
グッ、と奏斗へ親指を立ててくる茜。
(そ、それで良いのかよ……)
まぁ、あながち間違ってはないし良いか……と、奏斗は曖昧な笑みを浮かべて詩葉を見詰めていた――――
◇◆◇
「さて、ここが花染亜理紗の家だ」
奏斗はスマホの写真フォルダに保存してあった亜理紗の家の住所と、今立っている場所とを照らし合わせる。
間違いない。
目の前にある、二階建ての一軒家が亜理紗の家。
その証拠に、表札には“花染”の文字。
「んじゃ、呼ぶぞ」
奏斗が迷わずインターホンを押す。
その一歩後ろで、詩葉と茜が並んで立っていた。
ピーンポーン……ピーンポーン…………
数秒待つと、インターホンから声が聞こえた。
ちょっとハスキーな感じの、少女の声だ。
まず間違いなく、花染亜理紗だろう。
『……誰?』
「えぇっと……姫野ヶ丘学園高校一年一組、桐谷奏斗。生徒会の用事で会いに来たんだけど……」
『どうせ学校に来いとかでしょ? 悪いけど無理。帰って』
「……それは、誰にもお前の姿が見えないからか?」
『――ッ!?』
インターホンのスピーカー越しにも、亜理紗の動揺が伝わってきた。
奏斗の後ろでも、詩葉と茜が「か、カナ君……!」「ちょ、いきなり過ぎでしょ!?」とやや慌てていた。
言い方は悪いが、つけ入るためにはこうした心の揺らぎを利用するのが一番。
どんなに塞ぎ込んでいて心のバリアが堅牢だろうと、隙間が出来れば破壊可能。
奏斗はここぞとばかりに追撃を試みた。
「んまぁ、拒まれるなら帰るが……一つ言っておくと、多分俺はお前が見えるぞ?」
それでも帰して良いのか? と奏斗は試すように言う。
誰にも見えない、認識されない。
それは想像を絶するような孤独の中に身を置くということだ。
どんなに独りが好きな人でも、人と関わるのが億劫な人でも、真の意味での孤独は望んでいないだろう。
それは花染亜理紗もしかり。
一切の人との交流が持てず、その温もりを感じることが出来ない状態にある亜理紗が、今自分の姿が見えるかもしれない人物を前にして口にする答えは一つしかないだろう。
少し長い沈黙のあと、インターホンから声が聞こえた。
『……わかった。入って』
「助かる」
奏斗の背中側で、詩葉と茜が表情を明るくしハイタッチを交わしていた――――
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