第31話 認識される方法

 ガチャ、と玄関の鍵が開く音がした。


 奏斗は「お邪魔しま~す」と挨拶し、扉を開けた。

 後ろから詩葉と茜も続く形。


 すると、玄関を上がったところに一人の少女の姿があった――花染亜理紗だ。


 背は茜と同じくらいで女子にしてはやや高い方。

 オーバーサイズのパーカーを着ているため具体的な身体つきは不明だが、パーカーの裾から伸びる脚のラインが細くしなやかであることから察することは出来る。


 また、目深に被ったフードの奥には、恐らく誰もが口を揃えて美人と称する顔があった。

 黒髪はボブカットで、赤いインナーカラーが施されている。


(俺の知ってる通りのヒロイン――花染亜理紗だ。ザ・ダウナー系女子って感じ)


 やはりこうしてヒロインと向かい合うのは、GGファンとしては嬉しいもの。


 奏斗は感慨深そうにコクコクと頷く。

 ただ、ふと視線が亜理紗の白い脚で止まった。


(……ってか、流石に下は履いてるよな……?)


 太腿上部はパーカーで隠れていてどうなっているかわからないが、ショートパンツを履いている、と信じたい。


 そう思って奏斗がジッと視線を向けていると、怪訝に目を細めた亜理紗がキュッとパーカーの裾を下に引っ張ってやや内股になった。


「……なるほど。私が見えるってのは本当らしいね……いやらしいけど……」


「あっ、いや、す、すまん……」


 確かに不躾だった、と奏斗は反省する。


 そんな様子を後ろで見ていた詩葉と茜。

 一度互いに顔を見合わせてから、揃って首を傾げた。


「ね、ねぇ、カナ君? 今どうなってるの?」

「私達にも説明しなさいよ」


 やはり詩葉と茜には、今目の前にいる亜理紗の姿は見えていない。


 奏斗は振り返ってから、亜理紗のいる場所を手で示しながら答えた。


「えぇっと、彼女が花染亜理紗……今回の目的の人物だ」


「そ、そう言われても……」


 詩葉がどうしたらいいものか困った風に、曖昧な表情を作る。

 その隣で、茜が腕を組み、どこか探るような視線で奏斗を見て言う。


「というか、何で奏斗には見えるのよ?」


「え、えぇっと、それは……」


 奏斗はどう説明したものかと考え歯切れ悪くする。


 現在亜理紗の存在を認識出来ているのは、奏斗と姫香だ。

 そのことから、真にこの世界の人間ではない――転生者である者には、亜理紗の観測されないという特殊な状態が影響しないと考えられる。


 つまりは、亜理紗は状態にあるのだ。


 だが、それを説明するためには奏斗や姫香が転生者であることを明かさなくてはならない。


(こ、ここは取り敢えず適当に……)


 コホン、と奏斗が咳払いし、くぐもり声で答える。


「んぁ~、恐れくそれは……こ、心が綺麗な人にしか見えないから? 的な?」


「はぁ? なら、私と詩葉ちゃんは心が汚いって言いたいワケ? ねぇ?」


「う、嘘ですすみません!」


 グッと顔を近付けて睨みを利かせてきた茜の圧に押し負けて、奏斗は頭と両手をブンブン振る。


「ま、まぁ、理由は俺もよくわからんが、中には見える人もいるってことだろ。知らんけど」


「あはは……カナ君はもぅ……」

「ホント適当ね……」


 詩葉は苦笑いを、茜はあからさまに呆れた表情を浮かべていた。


 と、そんなやり取りをする奏斗らへ、亜理紗が階段の方を立てた親指で背中越しに指差して言った。


「ま、取り敢えず上がって。お茶は出ないけどね」


 その言葉を唯一聞き取ることの出来る奏斗が、短く「わかった」と頷いた――――



 ◇◆◇



「あっ、これギターだよカナ君!」


 階段を上がって二階にある亜理紗の部屋にやってきた。


 部屋に入るなり、詩葉が壁に立て掛けてあったアコースティックギターへ関心を向ける。


 奏斗としては既に事前情報として亜理紗がギターを弾くことを知っているので驚きはないが、茜は違った。


「ん? このギターどこかで……」


「茜ちゃん?」


 顎に手を当てて何かを考え込む茜。

 しばらくジッとギターを見詰めていたが、何かに気付いたように目を見開き、どこか慌てた様子で部屋を見渡した。


「ど、どうしたの茜ちゃ――」


「――あぁあああ!!」


 突然大声を上げる茜。

 流石にこれは奏斗もビックリしたし、詩葉と亜理紗も目を瞬かせている。


 しかし、茜は皆の反応に構うことなくギターを指差して言う。


「も、もしかして『アリーシャ』……!?」


 聞き慣れぬ単語に首を傾げる詩葉。

 奏斗はどうして茜がその単語を知っているのだろうと目を丸くし、亜理紗は肩を竦めて反応していた。


「か、奏斗! もしかして花染亜理紗はアリーシャなの!?」


「あ、あぁ、そうだな」


 興奮気味の茜に若干気圧されながら奏斗が頷く。


 茜は普段冷静でクールなイメージがあるため、ここまでテンションが高いとギャップに戸惑わずにはいられない。


「ね、ねぇ、さっきからそのアリーシャって何なの?」


「詩葉ちゃん知らないの!?」


「うわぁっ!?」


 詩葉の疑問を拾って瞬時に詰め寄る茜。

 カバンからスマホを取り出して手早く操作。

 動画視聴アプリのチャンネル登録欄にあったチャンネルを表示して見せる。


「これよこれ! 少し前から弾き語り動画を投稿し始めた人で、ちょっと話題になってるんだから!」


「そ、そうなんだっ、あはは……!」


 詩葉の笑顔が引き攣っていることにも気付かず、茜は「はぁ~」と感嘆の息を漏らす。


(ま、まさか茜が花染亜理紗の――アリーシャのファンだったとはな……)


 奏斗も戸惑い混じりの笑みを浮かべながら茜を見つつ、亜理紗に興味を持つ人が多いに越したことはないと少し喜ばしくも感じていた。


「で、でもさ、不思議だよね~」


 詩葉がサササッと興奮気味の茜から逃れるように奏斗の傍まで移動してきて言った。


「今ここにいる花染さんは私達には見えないのに、動画では普通に見れるし声も聞けるんだね」


「あ、確かに……」


 そんな詩葉の言葉に、興奮気味だった茜もハッと我に返る。


 いつも通り冷静だったなら、そのことに真っ先に気付いていたのは茜だっただろう。


「詩葉、良いところに気付いたな」


「えっ、ホント!? えへへ……カナ君に褒められちゃったよぉ……」


 にへらと笑う詩葉といつもの調子を取り戻した茜、そして先程から黙ってギターの横の壁に背を預けて立っていた亜理紗へ言う。


「まさにそれが、花染亜理紗の問題を解決するキーなんだ」


 ピクリ…………


 目深に被ったフードの奥で、亜理紗の眉が微かに動いた――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る