第三節:不可視の解決策

第32話 不可視のライブ計画!?

「まさにそれが、花染亜理紗の問題を解決するキーなんだ」


 奏斗が詩葉の言葉を拾ってそう言った。


 確かに亜理紗を直接認識することは出来ない。

 実際、今同じ部屋にいる詩葉と茜が亜理紗の姿を捉えられていないのが証拠だ。


 だが、詩葉の指摘通り、弾き語り動画を投稿するアリーシャとしては多くの人に認識されている。


「実は、花染亜理紗は完全に認識されないわけではない。例えば、さっきインターホン越しに会話出来ただろ?」


「なるほどね。直接見ることは出来なくても、何かの媒体を介してであれば認識することが出来る、と……」


「流石茜だな。理解が早くて助かる」


 一瞬亜理紗の正体がアリーシャだと知って取り乱していた茜だが、やはりこうして冷静になると事態の把握能力が非常に高い。


 そう思って奏斗は素直に褒めたが、茜は「べっ、別にこれくらい普通よ普通」と言ってそっぽを向いてしまった。


 横顔から覗く頬が微かに赤い気もするが、今は亜理紗の問題を解決する方法を説明する方が先だ。


「というわけで、まず確認だが花染亜理紗――」


「――あのさ、さっきからそのいちいちフルネームで呼ぶの止めてくんない?」


「お、おう。じゃあ……花染?」


「はぁ……もう、亜理紗でいい」


 了解、と頷いてから奏斗は話を再開する。


 隣で詩葉が少しばかりムスッとした表情を浮かべていたが、残念ながら奏斗は気付いていない。


「それで、亜理紗が学校に来ないのは皆に認識されないから。つまり、見えるようになったらまた学校に来る気はあるんだよな?」


「まぁね。でも、結局その方法がわかんないんじゃどうしようも――」


「――ある。方法はあるんだ」


 えっ、と亜理紗が少し驚いた用の声を漏らす。

 フードの奥で目が見開かれていた。


「いいか、取り敢えず今の亜理紗の状態について整理するぞ?」


 奏斗は三人の前で改めて簡単に状況の説明を始めた――――


 まず、亜理紗を直接認識することは出来ないということ。

 それは、亜理紗が万人の死角に立っているような状態だからだ。


 だが、インターホンを通して会話が出来たり、動画によってアリーシャ――亜理紗を見ることは出来る。


 今回の状況を打開するにはそこが重要。


「俺の考えはこうだ。まず亜理紗には皆の目の前に立ってもらう。当然それだけじゃ亜理紗は認識されない。そこで、同時に亜理紗の姿を映像で映し出すんだ」


 するとどうなると思う? と奏斗が問うと、腕を組んでいた茜が答えた。


「映像では見えるのに肉眼では捉えられないことに困惑するんじゃないかしら?」


「その通り。皆は自身の認識を疑い始める。認識の揺らぎとでも言うべきか、その隙を突いて何か目立つことをするんだ。例えばそう……アリーシャのゲリラライブとかな」


「アリーシャのライブ!?」


 どうやら茜はかなりのアリーシャファンらしく、あくまで例えとして出したライブという言葉に瞳を輝かせる。


 奏斗と詩葉が揃って温かい視線を向けていると、恥ずかしくなったのか、茜が誤魔化すように咳払いをした。


「こ、コホン……なるほどね。それなりに知名度のあるアリーシャがライブしてるとなれば、皆の注目が集まる。イヤでも認識させるってワケね」


「ああ。ただ一つデメリットを上げるなら問題を解決したあとだな」


 奏斗が亜理紗の方を見て言う。


「この方法でお前はちゃんと皆から見えるようになるはずだ。だが、同時にお前がアリーシャであることを知られることになる。今度は逆に色んな人が……お前のファンが寄ってくる生活になるだろうな」


「……まぁ、それは仕方ないわね。このまま誰からも認識されないよりはマシだし」


「そっか」


 学園でのアリーシャゲリラライブ。

 これはGGの亜理紗ルートと同じ方法だ。

 恐らくこれで亜理紗の問題は解決することが出来る。


「じゃあ決まりだな。場所はもちろん姫野ヶ丘学園高校。アリーシャのゲリラライブをもって、亜理紗を認識できるようにする!」


 ただその前に……と、奏斗はポケットから自身のスマホを取り出して、ニヤリ。


「ククク、まずは実験だな」


「カナ君?」

「実験って何よ?」


 首を傾げる詩葉と茜。


 二人には見えていないが、亜理紗もフードの向こう側で不思議そうに目を瞬かせていた――――



◇◆◇



「ぁ……あぁ……アリーシャだわ……っ!!」


「そ、そんなに感激する?」


 茜が感激のあまりその紫炎色の瞳を潤ませて、若干引き気味の亜理紗の手を握っている。


「するわよ! 私貴女の大ファンなの! 活動し始めの頃からずっと見てたんだから!」


「あ、ありがと……」


 茜が炎なら、亜理紗は氷か。

 温度差の違いが凄まじいが、奏斗と詩葉はそんな二人の様子を傍で見て表情を綻ばせていた。


「それにしても……流石カナ君だね! 本当に亜理紗ちゃんが見えるようになるなんて!」


「いやいや。ただ実際にゲリラライブする前に、この方法が本当に通用するのか確認しておきたかったんだ」


 奏斗はさっき亜理紗に何か適当に演奏してもらい、その様子をスマホで動画に撮りながら、画面越しに詩葉と茜に見させたのだ。


 即興のライブ配信的なものだ。


 すると、初めはスマホの画面の中でしか捉えられなかった亜理紗の姿を、少しずつ肉眼でも認識出来るようになった。


 今ではこの通り、何の問題もなく普通に接することが出来ている。


 元々テンションが低くダウナー系な亜理紗だが、こうしてみているとその横顔はどこか嬉しそうにも見て取れた。


 先程まで目深に被っていたフードも今は外している。


「その……奏斗、だっけ?」


「ん?」


 茜と一通りの話を終えたようで、亜理紗が奏斗の前に立つ。


「ありがとね……見ず知らずの私のためにここまでしてくれて……」


(見ず知らず、ね……)


 もちろん奏斗と亜理紗がこうして顔を見合わせるの初めてだ。


 だが、奏斗は以前から亜理紗を知っている。

 前世のときから知っている。


 亜理紗にとっては見ず知らずの相手でも、奏斗にとっては大好きなゲームの大好きなヒロインの一人だ。


 ……もちろん最推しは詩葉だが。


 同じ転生者で生徒会長の姫香からの依頼という理由ももちろんあるが、そうでなくても奏斗には亜理紗を助けたいと思える充分な理由があったのだ。


「でも、どうしてここまでしてくれるの……?」


「それは……」


 俺の大好きなヒロインの一人だからです!

 とは答えられるわけがない。


 かと言って「生徒会長に頼まれたので」というのもまるで事務作業のようで心無い。


 どう答えたものかと奏斗が考えていると、隣で詩葉が笑みを溢した。


「そんなの決まってるよ」


「……詩葉?」


「だってカナ君だもん。困ってたらいつでも助けてくれる……カナ君はそういう人だから」


 そんな詩葉の意見に同意するように、茜も腕を組みながら言った。


「ふふっ、そうね。奏斗は自分から問題に首突っ込んでいく馬鹿で、どうしようもないお人好しなのよ」


「そ、それは褒めてるのか……?」


「さぁ?」


 クスクスと可笑しそうに笑う詩葉。

 茜も笑みを湛えて肩を竦める。


 そんな二人の言葉を聞いてから、亜理紗は奏斗へ真っ直ぐ視線を向けた。


「じゃあ、私もその困ってたらいつでも助けてくれる馬鹿なお人好しにお願いしたい……」


 もう充分孤独に耐えた。

 皆の死角で、認識されない世界で生きた。


 亜理紗が静かに頭を下げる。


「私を助けて、奏斗……」


「ああ、もちろんだ」


 奏斗の返答に、迷いはなかった――――

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