第26話 生徒会からの招待状

 奏斗は放課後、教室の自分の席に座っていた。

 既に他の生徒は帰宅しているか部活や委員会に向かっているかで、教室には誰もいない。


 詩葉も最初待つつもりでいたが、奏斗自身用事にどれくらい掛かるのかわからないため、説得して先に帰ってもらったのだ。


(ってか、アイツは流石にそろそろ幼馴染離れすべきだしな……)


 と、奏斗は親離れ的ニュアンスで詩葉の状況を心配する。


 こうして用事が出来て一緒に帰ってやれないことを申し訳なく思っていたが、一旦冷静になって考えてみると、高校生にもなって毎日一緒に帰っている方が少数派だ。


 詩葉だって二組に友達がいるだろうし、何なら一組には茜や駿もいる。

 ときには奏斗とではなく、他の友達と一緒に過ごしても良いはずだ。


(んまぁ、俺的には特に駿と一緒にいる仲になっていただきたいんだが……)


 なかなか上手くいかないハッピーエンド計画。


 駿を他ヒロインのルートに入らないように出来ているのは良いが、肝心の詩葉との仲が進展しない。


「……もういっそのこと、体育館倉庫にでも閉じ込めてみるか? 二人きりで」


「無人の教室でどう過ごしているかと思えば……好きな女の子を襲う妄想ですか?」


「違うわッ! って、あ、東雲先輩」


 どうも、といつの間にか教室に入ってきていた凛が目蓋を上下させて挨拶する。


 相変わらず感情の読み取りにくい無機質な表情だ。


 奏斗は椅子から腰を上げながら、そんな凛へ心の中で「水色先輩……」と呟いておく。


 流石に口に出すと、また回し蹴りを喰らう羽目になりそうなのでやめておく。


「それで、一体何の用なんです? 靴箱に手紙、呼び出しなんて……ただ男子の純情を弄びたかっただけとかなら責任取ってもらいますからね」


「安心してください。ラブレターでも告白でもありません」


「んまぁ、でしょうねぇ……」


 最初から期待なんかしていなかった。

 していなかったが……こうして面と向かってそう言われると、ほんの少しだけ残念に思ってしまった奏斗。


 やはり心のどこかで僅かばかりの期待をしてしまっていたのだろうか、と奏斗は自分に少し呆れてしまった。


「では、行きましょうか。桐谷奏斗」


「え? いや、どこに?」


 何の説明もなく身を翻し、歩き出そうとする凛。

 奏斗が戸惑いながら尋ねると、足を止めて顔だけ振り返らせて答えた。


「生徒会室です。がお待ちですから」


「ひ、姫……?」


 GGのシナリオでも聞いたことのないその単語に、奏斗は大きく首を傾げた――――



◇◆◇



 各学年の教室が置かれた本校舎から渡り廊下で隣接する校舎にやって来ていた。


 この校舎には一階から三階までに、理科室や音楽室、家庭科室だけでなく各部活動の部室が入っている。


 そして、その最上階――四階にあるのが、生徒会室。


 コン、コン、コン…………


 今時珍しい重厚感のある木製の両開き扉を、凛が三度ノックする。


 すると、中から返事が聞こえてきた。

 淑やかな雰囲気を匂わす少女の声。


「どうぞ」


「失礼します」


 凛が扉を開ける。

 すると、真っ先に聞こえてきたのはクラッシック音楽。

 音量は控えめにされ、会話に支障をきたさない程度に流されている。


 妙な緊張感を覚えながら生徒会室に足を踏み入れる奏斗。


 広い部屋の真ん中には立派な長テーブルと、それを囲うように配置されたソファー。

 その他の家具も充実しており、とても高校にあるとは思えないようなお洒落な空間だ。


(さ、流石ゲームの世界の生徒会室……普通じゃありえない空間に仕上がってるな……)


 しかし、今は生徒会室の光景に感動している場合ではない。


 注目すべきは、部屋の最奥に置かれた上等な執務机に構える少女だ。


 息を呑むほどに整った目鼻立ち。

 金色の髪には癖一つなく、編み込みを入れて上品に彩られている。

 真っ直ぐ向けられる赤い瞳はまるで純度の高いルビーのよう。


 まるで配下のように数名の女生徒を周りに立たせている姿からも、ただ者ならぬ雰囲気を感じる。


「姫。桐谷奏斗を連れて来ました」


「ご苦労様、凛。いつもありがとうございます」


 ねぎらいの言葉を受けて静かに頭を下げてから、凛が奏斗の一歩後ろに下がる。


 それを確認してから、凛に『姫』と呼ばれるその少女が上品に微笑んだ。


「一年一組、桐谷奏斗さん。この度は突然お呼びして申し訳ありませんでした」


「あぁ、いえ全然」


「ふふっ、少しお話したいなと思いまして。そちらにお掛けいただけますか?」


「わかりました」


 生徒会室真ん中のソファーを手で示されたので、奏斗は促されるままに腰掛けた。


 少女も立ち上がると、執務机から離れて奏斗とテーブルを挟んだ対面のソファーに座り直す。


 そのタイミングで、生徒会室に控えていた女生徒が奏斗と少女の前にティーカップを用意し、紅茶を注ぐ。


 どうも、と奏斗が小さく頭を下げてお礼を言うと、女生徒は再び下がっていった。


(まるで御給仕さんだな……)


 そんな感想を心の中で呟くが、同時に控えている女生徒らから僅かに警戒されているのも感じていた。


 護衛の役割もあるのか、もしここで奏斗が妙な動きをすればすぐに対処する――そんな雰囲気だ。


「まずは、簡単に自己紹介をさせてください。私は二年三組、伊集院姫香と申します。当校の現生徒会長をさせていただいております」


「この時期に二年生で生徒会長……凄いですね……」


「いえいえ。皆様のご支援あっての結果ですので」


 姫香は謙虚に微笑む。

 ティーカップを静かに持ち上げ、口許で傾ける。


 その所作一つ一つに育ちの良さが見え隠れしていた。


「本来でしたらしばらくお茶を楽しみ、場が和んでからお話を進めたいところなのですが、桐谷君の時間の都合もあるでしょうし、早速本題に入りましょう」


 コト……と、姫香は静かにティーカップを置いた。

 淑やかな微笑みを湛え、穏やかながらも鮮明な口調で言う。


「桐谷奏斗君。生徒会に所属し、私の力になっていただけませんか?」


「え? 俺が、生徒会に……?」


 突然の話に、奏斗は目を丸くするしかなかった――――

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