第25話 情報収集

“明日の放課後、教室で待っていてください”


 ――と、凛からの手紙にはそう書かれていた。


「どういうことかはわからんが、取り敢えずラブレター的なやつではなさそうだ」


 奏斗は気になっている様子の詩葉にも手紙の内容を見せる。

 詩葉は唸りながらその手紙をジッと見詰めた。


「うぅん……まだわからないよ? 明日、教室で待たせておいて人がいなくなってから告白しに来るのかも」


「ま、まさか」


 奏斗と凛にはほとんど接点がない。

 直接顔を合わせたのも二回だけ。


 一度目は、入学初日。

 GGのシナリオ上、サッカーボールを喰らって保健室に運ばれるはずだった駿を凛が助けたとき。


 二度目は、数日茜が登校してこなくなったとき。

 どうにかして茜と会おうとしていたところに、凛が茜の住所を教えに来てくれたのだ。


(マジで謎なんだよな、あの人……)


 GGのシナリオにない動きをする未知の存在。

 駿を庇ったのも、奏斗に茜の住所を教えたのもシナリオを改変する動きだ。


 信用して良い人物なのか、それとも注意すべき人物なのか。

 まずは凛という人間についてもっと知らなければならない。


(誰かにあの人のこと教えてもらうかって、誰に……あっ!)


 凛のクラスは二年一組だ。

 そして、奏斗にはもう一人二年一組に知り合いがいる。


に聞いてみるか……!!) 



◇◆◇



 翌日、奏斗は授業間の休みを利用して本校舎三階――二年生の教室が並ぶ階に来ていた。


 廊下を進み、二年一組教室の前まで来る。

 開いている扉から中の様子を確認すると、どうやら凛本人の姿はないようだ。


(本人がいれば直接用事を聞き出せたんだが……まぁ、いいか)


 今の目的は凛本人ではない。

 客観的に凛がどういう人物なのかを判断するため、凛を知る人に話を聞くのだ。


 そして、その相手とは――――


「あ、桜田先輩。今ちょっと良いですか?」


「えっ!? 君は確か入学式の日に保健室に来た新入生の……!」


「あはは、その節はどうも」


 二年一組、桜田香織。

 入学初日、駿を探していた奏斗が保健室に行ったとき出会ったGGヒロインの一人だ。


 薄桃色のボブヘアと言いクリッとした瞳と言い、小柄な体躯も相まって非常に可愛らしい。


(ただまぁ、背は小さいのに胸はなかなか立派というのが非常にけしからん先輩ではあるが……)


 奏斗は一瞬脳裏に邪念を過らせたが、コホンと咳払いして気持ちを切り替える。


「すみません、急にお呼びして」


「ううん。それは別に良いんですけど……まさか本当に私に会いに来てくれるとは思っていませんでしたから……」


 教室から呼び出したあと、奏斗と香織は廊下の隅で向かい合って立っていた。


 香織が頬をじんわり赤らめていくので、奏斗もつられて恥ずかしくなってしまう。


「あぁ、えっと! そういえばあのとき俺名前も言ってませんでしたよね。一年一組、桐谷奏斗です」


 自己紹介遅れてすみません、と奏斗は曖昧に笑いながら後ろ頭を掻く。


 香織は腕を組んで、呆れながらもどこか楽しげに言う。


「ホントですよ~。名前もわからないから、私の中でずっと『謎の少年』みたいになってたんですからね~?」


「え、俺のこと考えててくれたんですか?」


「はぇ!? え、えと……その、ちょ、ちょっとだけですからね……?」


 香織が顔を真っ赤にして視線を右往左往させたあと、上目遣いで答えてくる。


「あぁ、やっぱり桜田先輩は天使だったか……」


「もう、相変わらずですね君は! そうやってからかうために私を呼んだんですか~?」


 無意識の内に心の声が漏れていた奏斗に、香織が恥ずかしさと不満が入り混じったような表情で文句を言ってくる。


 そんな姿も可愛いので、奏斗は思わずニヤけそうになってしまそうになるが我慢。


 本題を切り出すことにした。


「えっと、実は桜田先輩に聞きたいことがありまして……」


「かっ、彼氏はいません!!」


「……そ、そんなこと聞いてませんよ?」


「あぅぅ……すみません……」


 一体何を質問されると思ったのか、先走った答えを口にした香織がシュンと肩を落とす。


「その、先輩と同じクラスに東雲凛っていう人がいると思うんですけど……その人が一体どんな人なのか知りたくて……」


「東雲さんですかぁ……そうですね……」


 香織は顎に手を当てて考えながら言葉を並べていく。


「一言で言えば不思議な人、ですかね? 掴みどころがないと言いますか……」


 それには奏斗も同意だ。


 表情の変化がほとんどなく、イマイチ何を考えているのかもわからない。

 口調も淡々としておりクールなのかと思ったら、結構抜けてるところがある印象。


「あっ、それからやっぱり生徒会役員だからか忙しそうにしていますね」


「生徒会?」


 はい、と香織が頷く。


「何でも現生徒会長――伊集院いじゅういん姫香ひめかさんとは幼馴染らしいんです。だから、伊集院さんにとっても一番信用が置けるんでしょうね。よく一緒にいるところを見掛けますよ」


「なるほど……」


 凛が生徒会に所属しているとは初耳だった。

 加えて、生徒会長とは幼馴染。


(シナリオに介入してくるのは、生徒会に入ってることと関係があるのか……?)


 奏斗がそんな考えを巡らせていると、香織が一歩身を寄せてきた。


 一瞬ドキッとしてしまったが、香織が口許に手を当てるのであまり大きな声では言えない話をするのだと察する。


 身長差を考えて奏斗は少し屈んで、香織に耳を近付けた。

 すると、香織が潜めた声で耳打ちしてくる。


「(ですが、気を付けてくださいね。桐谷君がどうして東雲さんのことを知りたがっているのかはわかりませんが、あまり生徒会には関わらない方が良いと思います)」


「(え、何でですか……?)」


「(現生徒会長の伊集院さんは何かと裏で動くのが好きらしく、親衛隊とでもいうのでしょうか……数名の生徒を部隊のように抱えていて、東雲さんはその中心人物なんです)」


 目を付けられれば面倒なことになるかもしれません、と香織が忠告してくる。


 香織の性格的にも、人のことを悪く言うのは好きじゃないだろう。

 それでも、奏斗のことを心配して忠告してくれた。


「わかりました、桜田先輩。心に留めておきます」


「はい、是非そうしてください。桐谷君に何かあっては私も嫌ですからね」


「……やっぱ天使ですね」


「もう! すぐそうやってからかう!」


 授業間の休み時間は短い。


 奏斗としてももう少し香織と話していたかったが、流石に次の授業をボイコットするわけにもいかない。


「じゃあ、先輩。ありがとうございました」


「いえいえ。何かあったらまた来てくださいね」


「何かなくてもまた来ますね」


「ほらまたそうやって~!」


 奏斗は香織の可愛らしい文句を背中で受けながら、自教室へ戻っていった――――

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