第三節:それぞれの心中
第18話 騒動の終結とその後
「はぁ、ともかく賭けは貴方の勝ちってことね。奏斗」
「ああ」
茜のため息混じりの確認に、奏斗が小さく頷いた。
詩葉は完全なヴァンパイアではない。
月に一度の満月の夜、一時的にヴァンパイア化するだけ。
そのときに血を飲ませればすぐに落ち着きを取り戻す。
そのことが、今こうして奏斗が詩葉に血を飲ませたことで証明されたのだ。
「……わかったわ。取り敢えず私はこのことを隊に報告して、判断を仰ぐ」
「また詩葉が狙われる可能性はあるのか?」
「わからないわ。でも、こうして完全なヴァンパイアでなく対処法も確かめられた今、即時抹殺ということにはならないはずよ」
「……そうか」
取り敢えず一安心だ、と奏斗はホッと胸を撫で下ろした。
その安堵が詩葉にも伝わったようで、奏斗の腕の中で柔らかい笑みを浮かべていた。
「じゃ、私はこれで」
そう言って背中を向ける茜。
そのまま去っていくかに思われたが、しばらく動かずに止まったままだった。
奏斗と詩葉が不思議そうに見詰めていると、茜が背中越しに呟いた。
「その……ごめんなさい……」
物凄く悲しそうで、寂しそうな声だった。
今にも泣き出しそうに震えてもいた。
呼び止めようとした奏斗だったが、そんな暇もなく茜はダッと走り去ってしまった。
――と、そんな三人の一部始終を遠巻きで監視している人影があった。
全部で五名。
皆、女性だ。
そのうち一人は、入学初日に奏斗も出会ったことのある人物だった。
駿に向かって飛んで来たサッカーボールを見事に止めて見せた、二年生の先輩。
GGの登場キャラクターをすべて把握している奏斗が知らない、謎の少女だ。
「――取り敢えず事態は収まったようです。姫川詩葉、綾瀬茜両名共に無事です」
その謎の少女が、何者かとスマホで連絡を取っている。
今回の騒動の顛末を報告しているようだった。
「――はい。――はい。そうです。私達が介入する必要はありませんでした。やはりあの桐谷奏斗なる男子生徒が関わっていました」
しばらく通話相手の話を聞く少女。
そして――――
「了解です。詳細は後日直接報告いたします――《姫》」
通話が終わる。
スマホの画面をブラックアウトさせ、少女は後ろに控えている四人に言う。
「解散です。お疲れさまでした」
その言葉を最後に、五人がそれぞれ夜闇の中へと消えていった――――
◇◆◇
「もう来週末からテストなのに……綾瀬さん、今日も来てないね……」
騒動から三日が経過していた。
姫野ヶ丘学園高校での昼休み、いつもの如く食堂で昼食を取っていた奏斗達。
だが、そこに茜の姿はない。
心配する駿に、奏斗も頷いて答えた。
「だな……体調不良って担任は言ってたが……」
「心配だよね。お見舞いとか行きたいけど……」
事情を知らない駿は、素直に茜の体調不良を心配している。
だが、奏斗とその隣に座る詩葉だけは茜が学校に来ない本当の理由を薄々察していた。
(やっぱ気にしてるよなぁ……)
異能の力によって暴走する者の被害を防ぐために存在する異能対策秘匿部隊。
所属している以上、任務は遂行しなくてはならない。
とはいえ、友人へその銃口を向けるというのは想像を絶するほどの罪悪感に立ち向かう行為だろう。
その精神的負荷は計り知れない。
(出来ることなら俺だって茜と話したいが……家がわかんないんじゃなぁ……)
GGでも直接茜の家に行くという展開はなかった。
茜の家がどこにあるのか、その目星すら付けられない。
「カナ君、茜ちゃん大丈夫かな……?」
「詩葉……」
詩葉が奏斗の制服の袖をキュッと掴んで聞いてくる。
詩葉も詩葉で怖い思いをしたはずだ。
命を狙われる――それも友達だと思っていた人物からとなるとなおさら。
だというのに、詩葉は自分のことより茜の心配を優先する。
また茜と仲良くしたい。
昼食も一緒に取って、沢山話したい。
そんな思いがジッと向けられる視線からありありと伝わって来た。
(まったく、コイツは……)
奏斗はふっと表情を柔らかくして、詩葉の頭にポンと優しく手を置いて言った。
「ああ、大丈夫だ。俺に任せろ」
「……っ! うんっ!」
奏斗の言葉に、詩葉がパァッと笑顔を咲かせた。
ただ、駿はその言葉が気になったようで…………
「奏斗? 『俺に任せろ』って言っても、綾瀬さんは体調不良なんだよね? 薬でも届ける気かい?」
「えっ、あぁ――ま、まぁ、そんなとこだ! あはは……!」
「……?」
駿が本当の事情を知らないことを失念しかけていた奏斗だが、何とか誤魔化すことには成功した。
◇◆◇
「――とまぁ、自信満々に任せろとか言っちゃったけど……」
結局、茜の家がどこにあるかわからないという最重要問題は解決されていない。
詩葉と駿はまだ食堂にいる。
奏斗はトイレのために一旦席を離れていた。
手を洗い、ハンカチで拭きながらトイレを出る。
「こういうのって、担任に聞いたら教えてもらえるものなのか? 個人情報だから無理か?」
前世ではまったくと言っていいほど交友関係がなかったので、友人の家の把握の仕方がわからない。
「んぁ~、あらかじめ尾行して家を突き留めておくんだったかなぁ」
「それはただのストーカーですよ」
「え? って――うわっ!?」
ダンッ!!
突如独り言に返事が返ってきたと思った矢先、鋭い回し蹴りが飛んできた。
反射的に身構え、左腕で受け止める奏斗。
ひらっ、と大きく翻ったスカートの下から伸びてくるのは細い脚。
その見た目からは想像もつかない、重たく効く蹴りだった。
「……良い動きですね」
「あ、アンタは……!」
何かに満足したようで、蹴りを繰り出してきた張本人――入学初日に駿をサッカーボールから守った二年生の少女は、何事もなかったかのように足を下ろした。
相変わらずその表情からは上手く感情が読み取れない。
「私は二年生、貴方の先輩に当たります。アンタとは随分な呼び方ですね?」
「そっちこそ……いきなり回し蹴りとは随分な挨拶ですね……」
奏斗は僅かに距離を取って自然と間合いを確保する。
警戒を露わにする明人に構わず、その少女は一度視線を斜め上に向けた。
何かを一考するような仕草。
すぐに視線を奏斗に戻してから、目蓋を上下させた。
「確かに。では、お互い様ということで」
「……は、はい?」
よくわからない――それが、奏斗が重ねて目の前の少女に抱いた印象だった。
もう攻撃してくるような意思はなさそうなので、奏斗も警戒を解く。
ただただ、困惑するだけだ。
「私は二年一組の
「え、あぁ、どうも。俺は――」
「――知っています。桐谷奏斗」
「え、何で……?」
困惑したらいいのか警戒したらいいのか、もうよくわからなくなってしまっている奏斗。
奏斗が曖昧な表情を浮かべているのも意に介さず、その少女――凛は淡々とした口調で話を続けた。
「私は貴方に渡したいものがあって来ました」
「は、はぁ」
凛はそう言って、制服のポケットから一枚の紙を取り出した。
スッ、と怪訝に眉を顰める奏斗に差し出す。
「あ、あの……コレは?」
「ラブレターではありません」
「いや、そうでしょうけどもっ!」
最初からそんなこと期待してないわこの状況で……と、奏斗は思わずため息を吐いてしまう。
二つ折りにされている紙だ。
奏斗は受け取って中を開いてみる。
すると――――
「え、えぇっと……コレは?」
「住所です」
「いや、見たらわかるわッ!」
そうじゃなくて、と明人は面倒臭そうに後ろ頭を掻きながら言う。
「急に住所渡されても意味不明でしょ」
「……意味は明らかです」
「は? ……って、待て。いや、まさかこの住所って――」
「――桐谷奏斗。貴方が今一番必要としている情報では?」
用は済んだとばかりに、「では」と言って踵を返した凛。
そのまま食堂とは反対方向へ歩いていく。
(何者なんだ、本当に……)
奏斗は遠ざかっていく凛の背中をジッと見詰めていた。
それにしても、この一連で奏斗は凛に色々振り回された。
その仕返しとばかりに、奏斗は凛の背中へやや声を張って言う。
「あ、先輩~。一つ言っておくと、その恰好で回し蹴りは止めといた方が良いですよ~」
少し離れた場所で、凛が振り返ることはせずピタリと立ち止まった。
最初奏斗の言葉の意味がわからなかったようで微動だにしなかった。
しかし、すぐにその意味を察してバッとスカートを押さえた。
(いや、今更遅いでしょ……)
奏斗は思わず苦笑い。
再び歩き始める――先程よりやや早足な凛の背中を見送った。
(……次会ったとき、水色先輩って呼んでみようかな)
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