第二節:恋の波と胸のさざめき

第41話 イレギュラーの立ち位置

「桐谷君、少々お付き合いいただいても構いませんか?」


 翌日の三時頃。

 広いリビングで夏休みの宿題を進めていた奏斗、詩葉、茜、駿の四人。


 キリの良いところまで終わらせた奏斗がトイレのため席を外していた帰りに、姫香が声を掛けてきた。


「えっと、別に大丈夫ですけど……何か用事ですか?」


「ふふっ、ただ一緒にお茶でもいかがかと思っただけですよ」


「な、なるほど?」


 ではこちらへどうぞ、と姫香に促されるままについて行く奏斗。



 その頃、リビングでは…………



「んむぅ……カナ君遅いなぁ……」


 気になって宿題全然進まないよぉ……、と机に突っ伏す詩葉に、隣でスラスラとシャーペンを走らせていた茜がどこか呆れたような半目を向ける。


「奏斗に関係なく、最初から詩葉ちゃんの宿題は進んでないみたいだけど?」


「そ、そんなことないよぉ~。カナ君が居たらもっと順調に進むもんっ!」


「それは一から十まで奏斗に教えてもらいながら問題解けるからでしょ?」


「むぅ……」


 茜に図星を突かれ、詩葉が不満げに頬を膨らませる。

 そんな詩葉の様子を見て茜は曖昧に笑いつつも、確かに奏斗の帰りが遅いことを気にしていた。


 その証拠に、先程からトントントントンとテーブルを叩く人差し指の動きが止まらない。


「どっかで道草食ってるんじゃないでしょうね……」


 ――と、詩葉と茜が奏斗の帰りを気にしてソワソワしている傍らで、駿は困ったように眉尻を下げながら心の中で奏斗に念を送っていた。


(た、頼むよ奏斗っ……早く帰ってきてくれないと二人の機嫌がどんどん悪くなっていって怖いんだよ……!)


 駿も駿で宿題に集中できていなかった…………



◇◆◇



「どうでしょう。この別荘での休暇は満喫出来ていますか?」


「そりゃもう当然。会長には本当に感謝しかありませんよ」


 二階の一室。

 姫香がこの別荘で過ごすときに使用している広い部屋の一角にある丸テーブルを挟んで紅茶を啜っていた。


 テーブルの真ん中にはクッキーやマドレーヌと言った菓子が置かれており、姫香の「遠慮なさらず」という言葉に甘えて、奏斗は夕食時に支障をきたさない程度にそれらで舌鼓を打つ。


 しばらくそうやって他愛のない話を交わしていたが、一息ついたところで奏斗が姫香を真っ直ぐ見て口を開いた。


「それで、会長。俺をお茶に誘ったのには何か理由があるんじゃないですか?」


「あら、理由がなければお誘いしてはいけませんでしたか?」


「それは別に良いというかむしろ大歓迎なんですけど、何か話したいことがありそうな顔をしているので……」


 気のせいだったらすみません、と奏斗が前置いて謝罪すると、姫香は上品に笑みを溢した。


「ふふっ、良い勘をしていますね桐谷君は。そうです。貴方の仰る通り、少しお話したいことがあってお誘いしました」


 手に持っていたティーカップをコトッと置いた姫香。

 両手を重ねて脚の上へ置き、まっすぐ伸びた背筋はもはや自然体。


 柔和な笑みを浮かべたまま、ルビーのように透き通った赤い瞳で奏斗をジッと見詰めて話を切り出した。


「以前に私がお話したことを覚えていますか? 運命シナリオは自分自身で掴み、選択すべきものだということを」


「は、はい。一応……」


「それは良かったです。この話をしたときはあまりピンと来ていないようでしたが、今はどうですか?」


「そう、ですね……」


 奏斗は一度視線を落とした。


 この話をされたのは亜理紗を助ける少し前のことで、それから奏斗は姫香の言葉の意味を考えるようにしていた。


 ここは確かにGGの世界。

 前世で画面越しに見ていたキャラクターが存在し、見知ったシナリオを根底に持って活動している。


 だが、確実に違うのはこの世界に存在するのはキャラクターではなく人間であるということ。


 シナリオの奴隷であるキャラクターに対して、人間は自分で物事を思考して動く。


 その結果GGのシナリオ通りの展開を迎えるのだとしても、のとのではまったく異なる話。


 この世界で今まで触れ合ってきた者らは皆キャラクターじゃない。人間だ。


 自分の思い通りに動くわけではない。


「……多分あのとき会長が言いたかったのは、俺や会長のようにシナリオを知っているイレギュラーな存在が、この世界で神様のように振舞ってはいけないっていうことなのかな、と」


 奏斗はこれまで考えてきたことを頭の中で整理しながら言葉を紡いでいった。


「神様って言ったら大袈裟かもですけど、シナリオを知ってる俺や会長がその気になれば、主人公である駿やヒロイン達の運命を操作、誘導することが出来ます。でも、それは――」


 ――傲慢だ。


 奏斗は続く言葉を口には出来なかったが、姫香はそれを察したように微笑みながら頷いた。


「桐谷君であればきちんと私の言葉の意味を理解してくれると思っていました」


 姫香はどこか満足そうな表情を湛えると、静かに立ち上がって窓辺まで歩いていく。そのまま水平線の見渡せる外の景色へと視線を投じた。


「桐谷君の仰る通りです。私達は皆さんの運命を……本来辿るべきだった道を変えてしまうことが出来ます。そして、その力を利用してヒロイン達が抱える問題を解決すべく動く私は、もしかすると傲慢なのかもしれませんね」


 姫香の微笑みが少しばかり自嘲気味なものに感じられたせいか、奏斗は咄嗟に立ち上がって言い切る。


「それは違いますよ!」


「桐谷君……?」


「シナリオとか関係なく、困ってる人を助けるために動いてる会長が傲慢なわけありません」


 まさかそんなことを言われるとは思っていなかったようで姫香は目を丸くしたが、すぐにいつも通りの微笑みを取り戻す。


「ふふっ、ありがとうございます。やはり桐谷君は優しいですね」


「い、いや、別にそう言うんじゃないですけど……」


 奏斗は照れを隠すように顔を背けて頬を指で掻く。

 だが、不意にその表情に影が差した。


「……傲慢と言うなら、それは俺の方なのかもしれません……」


 奏斗の頭に浮かぶハッピーエンド計画。


 最推しヒロインであり幼馴染でもある詩葉の幸せを実現させるために、シナリオで保障されたハッピーエンドへと誘導するべく動いてきた。


 しかし、それは奏斗が干渉することによって本来歩むはずだった道のりを――運命を変化させてしまう行為に他ならないのだ。

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ギャルゲー世界に推しヒロインの幼馴染として転生したので、全青春を懸けて主人公との恋を応援しようと思いますっ! 水瓶シロン @Ryokusen

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