第40話 一肌脱いだヒロインズ!②
日が傾いてきた頃、姫香の呼び掛けで夕食の用意を始めることになった。
海沿いでのBBQである。
奏斗、駿の男手二人。
そして、そんな男にも力で劣ることのない茜と凛が、プライベートビーチを見渡せるテラスで炭の用意。
残りの女子達は、キッチンで肉やら野菜やらの準備をした。
そして――――
「ちょっと奏斗。野菜も食べないと栄養バランス悪いわよ?」
「バカ言え。折角のバーベキューで野菜なんか食ってられるか」
茜は先程から肉ばかりを口へと運んでいく奏斗を注意するが、奏斗はこれが返答だと言わんばかりに肉の刺さった串を頬張った。
絶句する茜を他所にして、詩葉が自分の皿に肉を盛ってから奏斗の隣へやって来る。
「カナく~ん。またお肉取って来たよ~」
「おっ、サンキュー詩葉」
奏斗は詩葉が差し出してくる肉を挟んだ箸に迷わず食らいついた。
俗に言う“あ~ん”ではあるが、幼馴染ともなればこの程度のことは何度もやって来ているので、今更変なドキドキはない。
……それが、詩葉の望むところでないという残念な事実は置いておいて。
「ちょっと詩葉ちゃん!? ちゃんと野菜も食べさせないと!」
「えっ、でもカナ君お肉が食べたいって言うから……」
「はぁ……あのね、そうやって甘やかしてると奏斗のためにならないでしょ? ロクな大人にならないわよ?」
それでも良いのかしら? と茜が尋ねると詩葉は一瞬困り眉になったが、すぐ何かに思い至ったように唇の端を吊り上げて呟いた。
「ロクでなしな大人カナ君を身を粉にして支える私って言うのも……悪くないかも……?」
「う、詩葉ちゃん……な、何言ってるの……?」
流石に聞き捨てならない詩葉の呟きに、茜が冷や汗を浮かべながら眉を顰める。
「あはは。ヤダなぁ~、茜ちゃん冗談だよ~」
「そ、そうよね。流石に……ね……」
詩葉の朗らかな笑顔と、茜の乾いた笑みが向かい合っている。
「と、ともかく!」
茜は「んんっ!」と喉を鳴らして話題を戻す。
「奏斗はちゃんと野菜も食べなさい!」
「えぇ~」
茜は自分の皿に乗っていたピーマンとニンジンを器用に重ねて箸で摘まむと、乗り気でない奏斗の口元に持って行った。
「ほら!」
「わ、わかったわかった! 自分で取るから……!」
「駄目。そう言って私に隠れてまた肉ばっかり食べる気でしょ」
それとも何――と、茜が不満げに唇を尖らせて微かに頬を朱に染めて言った。
「私が差し出したものは食べられないって言うつもりかしら? 詩葉ちゃんのは食べたのに?」
「そ、それは幼馴染だからであって……こ、これは普通に恥ずいだろ……!?」
「ばっ、バカ……! 変に意識するから恥ずかしいんでしょ!? い、良いからさっさと食べなさいよ……!」
「うぅん……」
繰り返しになるが、奏斗にとって詩葉からのあ~んは家族や同性の友達からそうされるのと同じような感覚だ。
しかし、茜はまた話が違う。
物心ついたときからまるで家族のように接してきた幼馴染というワケではない。
高校に入って出逢った異性。
それも、奏斗からしたら前世で画面越しに見ることしか出来なかったヒロインだ。
意識しないなど無理な話。
(と、とは言っても、コイツも頑固だからなぁ……)
茜も恥ずかしいようで徐々に顔の赤みを増していくが、それでも奏斗に差し出した箸を引く気配はない。
(んぁあああ! ええいままよっ!)
奏斗は覚悟を決めてガブッと茜の箸に挟まれた野菜を口に含んだ。
その箸は当然今まで茜自身が料理を口に運んでいたもの。
すなわちこの行為は間接キスに該当するが、奏斗は必死にその事実を考えないようにしていた。
「ん……野菜も悪くないな……」
「そ、そうでしょ!?」
わかれば良いのよ、とすぐに奏斗へ背を向けた茜。
今奏斗の口に入った箸をマジマジと見詰めて、紫炎色の瞳をグルグルと回していた。
(わ、私のバカぁあああ! 後先考えないでこんなこと……一体コレどうすれば良いのよぉ……!?)
と、そんな一連のやり取りを少し離れたところで取り巻き達と共に食事しながら見ていた姫香が――――
「……ふふっ、やはり根本的にわかっていないようですね、彼は」
「姫?」
「いいえ、何でもありませんよ凛。独り言です」
そうは言うものの可笑しそうに口許を隠して微笑む姫香に、凛は両手に持った串を頬張りながら首を傾げたのだった――――
◇◆◇
BBQの火は太陽が水平線の向こう側へ落ちていった頃に消えた。
協力して後片付けを行ったあと、各自一旦部屋に戻ってから自然と入浴する流れになった。
ここが恋愛アドベンチャーゲームの世界と知っている奏斗としては、お約束展開にまったく期待していなかったと言えば嘘になる。
しかし、別にここはシナリオで登場する舞台ではない。
奏斗と同じく転生者というイレギュラーな存在である姫香の別荘だ。
きちんと男女別に風呂場が設置されていた。
だが、流石は姫香の別荘と言うべきか。
奏斗と駿はそこらの銭湯にも勝る男湯の広さに感嘆の音を禁じ得なかった。
奏斗があとで詩葉から聞いた話では、女湯はもっと広く設備も豪華だったと言う。
「さて、サッパリしたところで何しようか……」
風呂から上がった奏斗がまだ湿り気の残る髪をタオルで拭きながら別荘の廊下を歩いていると、既に入浴を済ませたと思われる亜理紗がやって来た。
肩にはギターケースが掛けられている。
「あ、いた」
「亜理紗?」
どうやら自分を探していたらしいと察しながら奏斗が首を傾げると、亜理紗が迷わず奏斗の手を取った。
「ついてきて」
「えっ、どこに?」
「いいから」
「え、ちょ……!?」
亜理紗は戸惑う奏斗に構わずその手を引いて歩いていく。
やって来たのは、BBQを行ったテラスだ。
既に天蓋は暗闇で塗り潰されており、そこへ無作為に散りばめられた星屑達が瞬いている。
遠巻きにザァザァと波の音を奏でる海にはそんな夜空の姿が映っており、眺めとしては文句の付け所がなかった。
奏斗がそんな景色へ視線を投じている間に、亜理紗は持ってきていたギターケースからアコースティックギターを取り出す。
「奏斗」
「ん?」
「私、ずっと考えてた。死角の世界に立たされてた私を助けてくれた奏斗に、どうやったらお礼が出来るんだろうって」
「おいおい、まだそんなこと気にしてたのか。何度も言っただろ? 俺は別に見返りを求めて助けたワケじゃ――」
「――うん、知ってる。この話を切り出したら奏斗はきっとそう言うだろうなって私も予想してた」
だったら……と奏斗が口を開こうとするが、亜理紗がギターを鳴らして制止する。
「でも、それじゃあ私の気が済まない。これからも奏斗と対等に関わっていきたいから……貰いっぱなしはお断り」
「亜理紗……」
「それで、私に一体何が出来るんだろうってずっと考えてたんだけど……やっぱり、コレが私らしくて良いかなって」
そう言って亜理紗は自分の身体の前に構えたギターを少し持ち上げて見せる。
「こんなことで奏斗に貰ったものを全部返せるとは思ってない。でも、今の私に出来る精一杯を、奏斗に……」
奏斗はそれ以上何も言わなかった。
何かの見返りを求めて亜理紗を助けたワケではない。
だが、亜理紗自身がそれを望むなら、奏斗に拒む理由はなかった。
幾万もの星々のスポットライトを浴びて、亜理紗はギターを弾き始める。
無意識の内に引き込まれる美声で歌われるのは、奏斗に対する感謝を綴った詩だった――――
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