第39話 一肌脱いだヒロインズ!①
「駿、どうやら俺達は天国に迷い込んでしまったようだ」
「あはは。確かに天使が海で戯れてるね~。眼福眼福」
奏斗と駿は、木陰に腰を下ろして皆が遊んでいる姿を眺めていた。
今、波打ち際で詩葉と茜、亜理紗が海水に足を濡らす感覚を楽しみながら駆けていた。
「尊いなぁ……」
「尊いねぇ……」
「……ってか、駿。お前あの三人の中だったら誰が一番好きなんだよ?」
「えっ!? 突然だね!?」
急な奏斗の質問を受けて、駿が目を瞬かせる。
だが、奏斗からしたらかなり重要な質問だ。
未だにこれと言った進展が見られないハッピーエンド計画。
詩葉の幸せを実現するために、駿には詩葉とのハッピーエンドを迎えてもらわなければならない。
(でも、本来ならこの夏休みまでにはそれなりに好感度上がってないとおかしいんだよなぁ……)
茜ルートに入るときも、亜理紗の問題を解決するときも、シナリオ通りに事が運んだ。
しかし、どうしてかいつも詩葉に関する出来事だけシナリオ通りに行かない。
(わからん……駿は他のどのヒロインのルートにも入っていないはずなのに、一向に詩葉と関係性が進展する気配がない……)
思わずため息を吐きたくなっていた奏斗の隣で、駿が腕を組みながら遠巻きに詩葉ら三人を眺めて口を開いた。
「ちなみにだけど、その“好き”って言うのは友達として……ってことじゃないよね?」
「当たり前だろ~? 子供じゃあるまいし」
だよねぇ、と駿が困ったように眉を下げて笑うと、改めて三人が波打ち際ではしゃいでいる姿を見た。
まずは茜。
普段制服姿でもそのスタイルの良さが伝わってくるが、水着姿になって露わになったボディーラインは更に洗練されているように感じられる。
黒を基調としたクロスタイプのビキニで、交差した布地が形の良い双丘をキュッと持ち上げている。
晒されたウエストは見事に引き締まっており、腰に巻かれた花柄のパレオの隙間から見え隠れするおみ足が妙に色っぽい。
(すべての女性にとって理想のスタイル……いや、男にとってもか。けしからんな……)
そんな茜とほぼ同じくらいの身長なのが亜理紗だ。
全体的に線の細い身体付きで、素肌が露わになったことでその白さが際立っている。
身に付けているのは、女性の水着と聞いたら誰もが真っ先に思い浮かべるであろう王道の三角ビキニ。
その上から白シャツを着ていて、下はデニムのショートパンツを履いている。
ボブカットの黒髪に施されたインナーカラーの赤も映えていて、可愛いよりもカッコよさを感じる水着姿だ。
(カッコいいにはカッコいいんだが……シャツが濡れて水着が透けてたり、肌に張り付いてたりするのが妙にセクシーなんだよな……)
本人は絶対わかってなさそうだが、と奏斗は苦笑いを禁じ得なかった。
そして、詩葉は――――
「――奏斗、ゴメン僕ちょっとトイレ行ってくる~!」
「あっ、お前逃げたな……!?」
奏斗の質問への答えを渋った駿は立ち上がると、すぐに別荘の方へ駆けて行ってしまった。
奏斗は遠ざかっていく駿の背中をジト目で睨みながらボソッと呟く。
「ったく……逃げることないのに……」
「何が逃げるの?」
「うわぁっ!? 詩葉っ!?」
いつの間にか傍にまでやって来ていた詩葉に声を掛けられ、奏斗は驚き顔を勢いよく振り返らせる。
座っている奏斗。
中腰になっている詩葉。
高さ的に、奏斗が振り返った先の視線がもろにその胸へ行ってしまった。
「~~っ!?」
フリルがあしらわれたオフショルダーの白いビキニで、そこまで胸の形が露わになるデザインではないが、なにぶん前屈みになっているせいで上側からしっかりと谷間が見えてしまった。
カァ、と奏斗の顔が真っ赤に染まる。
「ん、カナ君……?」
「へっ!? な、何だ……?」
「何って顔真っ赤だよ?」
「そ、そうか!? ま、まぁこの日差しだしな! 日焼けしたのかも……!?」
若干声を裏返させながら誤魔化す奏斗だったが、真に受けた詩葉が「えぇ~!」と心配そうに眉を寄せて奏斗の前に座り込んだ。
「ちゃんと日焼け止め塗らなかったのカナ君!?」
「い、いやまぁ、良いだろ別に」
「良くないよぉ~。カナ君肌綺麗なんだから、大切にしないと!」
待ってて、と詩葉が傍に置いていた自分の荷物を漁り、中から日焼け止めクリームを取り出した。
「はいカナ君、こっち向いて」
「ちょ、おい……」
戸惑う奏斗の顔を、詩葉が両手で挟んでグイッと無理矢理自分の方に向けさせた。
日焼け止めクリームを左手に出して、それを右手人差し指で取ってから奏斗の額、鼻、両頬、顎に付けた。
そこから手で円を描くように引き伸ばしていって顔全体に馴染ませていく。
(顔触られるのは別に良いんだが、こうして向かい合ってるとき俺はどこを見れば良いんだ……)
ただでさえ詩葉は水着なのだ。
真っ直ぐ顔を向ければ見詰め合っているようで気恥ずかしいし、視線を落としても胸や露出した肩を見てしまう。
かと言って露骨に視線を逸らすのも詩葉に不思議がられるだろう。
目のやり場に困るとはまさにこのこと。
「はい、出来たよ」
「お、おう。サンキュー」
やっと解放されたと奏斗は安堵の息を溢す。
詩葉はそんな奏斗の隣に移動して腰を下ろした。
少し身体を動かせば肩が――素肌が触れ合いそうな距離。
いつもよりも肌色が多いせいか、並んだ座っているだけなのに奏斗の心臓はみるみる喧しくなっていく。
詩葉は詩葉でハーフアップにした亜麻色の髪をくるくると指で巻き取っていた。
「ってか、お前は遊ばなくて良いのか?」
「あ、うん。ちょっと休憩しようかなって」
海の方を見やれば、茜と亜理紗は何やら真剣な面持ち。
どうやら砂で何かを建造中のようだ。
「そう言えば、ちっちゃい頃にもカナ君と海行ったことあったよね~」
「んあ~、そういえばそんなこともあったっけなぁ」
まだ小学校低学年の頃、家族ぐるみで海へ遊びに行ったことがあった。
(あのときはまだ詩葉もちっちゃかったのに、今じゃもう立派なヒロイン……)
大きくなあったなぁ、と奏斗は懐かしさと寂しさが入り混じったような感情を抱きながらチラリと横目で詩葉を見る。
あの頃と比べて背も高くなったし、顔もまだ若干の幼さは感じられるが美少女と称するに相応しいものになった。
それに…………
奏斗の視線が詩葉の顔から数十センチ下に落ちた。
(時が経つのは早いなぁ……)
「んむぅ、カナ君……」
詩葉が伸ばしていた足を折り畳んで身体にギュッと引き付けると、微かに赤らんだ頬を不満げに膨らませた。
「そんなに見られると恥ずかしいよぉ……」
「あっ、わ、悪い……!」
そんなに堂々と見てはいなかったつもりだったが、やはり女子は視線に敏感なのだろう。
奏斗は慌てて視線を外して頬を掻いた。
「そ、それで……どうかな……?」
「え、どう……とは?」
「んもぅ! 水着の感想だよっ!」
「あ、あぁ……」
まだ詩葉に水着姿の感想を言っていなかったことを思い出した奏斗。
気恥ずかしさを拭えないまま、ぎこちなく口を開いた。
「えぇっと……凄く似合ってる。可愛いと思う」
「えへへ……」
「でも、ちょっと意外だったかも。詩葉ならもうちょっと露出を控えた水着にするかなぁって思ってたから」
「あぁ、うん……」
詩葉は嬉しさを恥ずかしさが入り混じったような笑みを浮かべながら、折り畳んで持ち上がった膝に頭を預けて奏斗の方へ向いた。
「最初はそのつもりだったんだけど、もう子供じゃないしね。見せて行かなきゃ」
「でも、さっき恥ずかしいって言ってたじゃん」
「そ、それはそうだけど……見られないのはもっとイヤだもん……」
だから――と詩葉がグッと奏斗に身体を近付けて耳打ちした。
「(他の子だけじゃなくて、ちゃんと私も見てくれなきゃダメだよ……?)」
「~~ッ!?!?」
ボッ、と奏斗の顔が火を噴いた。
心臓が間一髪のところで破裂しなかったのは、不幸中の幸いだ――――
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