第05話 受験勉強とハプニング?①
「そういえば、カナ君。志望校ってもう決めてる~?」
中学三年生に進級して数日経ったある日。
いつもの如く奏斗と詩葉が並んで下校していた。
その途中での話。
「決めてるぞ」
当然だという風に答える奏斗。
前世の記憶が戻ってハッピーエンド計画を考案してからずっと、奏斗の行きたい高校は一つ。
GGの舞台である、私立姫野ヶ丘学園高等学校だ。
「そうだよね~、やっぱり地元の普通科でしょ? 私もカナ君と一緒だよ~」
「……え?」
奏斗は思わず足を止めた。
詩葉も二、三歩前に進んだところで立ち止まって振り返ってくる。
「どうしたの、カナ君?」
詩葉が不思議そうに小首を傾げてくる。
奏斗は自分の聞き間違いを疑いながら、恐る恐る尋ねた。
「う、詩葉……志望校は、姫野ヶ丘学園だよな……?」
「え?」
今度は詩葉が聞き返す番だった。
「姫野ヶ丘学園……って、あの?」
「ああ……」
両者の間に微妙な沈黙が流れる。
詩葉はGGのヒロインの内の一人。
奏斗は当然のように詩葉はGGの舞台である姫野ヶ丘学園を受験するものだと思っていた。
しかし、今聞いた感じ詩葉は地元の高校を受けるつもりらしい。
(ど、どういうことだ……!? 詩葉が――ヒロインが、姫野ヶ丘学園を受験しない!?)
確かに姫野ヶ丘学園高校は、奏斗や詩葉が今まで暮らしてきたこの地元にはない。
首都圏の私立高校である。
歴史深く由緒正しい高校として有名なお陰で、詩葉もその存在は知っていたらしい。
だが…………
(ど、どうする!? 詩葉が姫野ヶ丘学園に行かないんじゃ、ハッピーエンド計画が前提から瓦解するぞ!?)
奏斗片手で口許を覆いながら考え込む。
そんな様子を見た詩葉が、静かに聞いてきた。
「もしかして……カナ君、姫野ヶ丘学園を受ける、の……?」
「え、えぇっと……そのつもりだけど……」
詩葉は詩葉で、てっきり奏斗は地元の高校に行くものだと思っていた。
だから当然これまで通り一緒にいられる、と。
しかし、そうではなかった。
互いに戸惑いを隠せないまま、再び沈黙。
(駄目だ……詩葉が姫野ヶ丘学園に行かないんじゃ、主人公とも出逢えない。詩葉のハッピーエンドが……!!)
奏斗はギュッと拳を握り込む。
そんなとき、詩葉が今にも泣きそうな表情を浮かべていた。
気付いた奏斗が心配そうに眉を寄せる。
「う、詩葉……?」
「わ、私……嫌だよ……カナ君と、離れたくないっ……!」
詩葉が言葉を途切れ途切れにさせながらも、必死に想いを伝えてくる。
ヘーゼルの瞳の中で光が揺れていた。
「ずっと、ずっとずっと一緒が良いよぉ……!」
「詩葉……」
本来志望校は、誰と一緒の場所が良いという理由で決めるものではない。
それでも、詩葉は口にした。
「カナ君が姫野ヶ丘学園を受けるなら、私もそこにする……ダメ、かな……?」
「……ダメじゃ、ない」
ダメじゃない。
むしろ大賛成だ。
そうあるべきだとすら、奏斗は思った。
シナリオで決定された詩葉の幸せのためにも。
そして何より、奏斗も詩葉と一緒にいたいから。
せめて、詩葉が主人公と結ばれるその日まで。
「えへへ……」
「ははは……」
こうして、詩葉の志望校は姫野ヶ丘学園高校になった。
これでもうGGのシナリオが成り立たなくなる心配はない。
めでたしめでたし……と、奏斗は安心していた。
だが、一難去ってまた一難。
問題はさらにもう一つあったのだ。
詩葉の学力問題!!
調べると、姫野ヶ丘学園高校の偏差値は六十七。
今の詩葉の偏差値はおよそ五十半ば。
現状における合格の可能性は……お察しの通りだ。
まだ中学三年生になったばかりと油断していては、すぐに受験の時期がやって来てしまう。
となれば、やることは一つ――――
勉強会である。
早速この翌日から詩葉との勉強会が行われることになった――――
◇◆◇
「なぁ、そろそろ帰ったらどうだ……?」
夏休みを目前に控えた今日も、いつも通り放課後に勉強会をしていた。
場所は桐谷家が住まう一軒家。
その二階にある奏斗の部屋だ。
気付けば日が沈むまでやっていたので、二、三十分ほど前にお開きになったはずなのだが――――
「えぇ~、どうしてそんな酷いこと言うのぉ~」
詩葉は今も奏斗のベッドにうつ伏せになった状態でスマホを触っている。
そこからまったく動く気配がない。
「酷いってお前……」
奏斗は頬を指で掻きながら詩葉を見やる。
本人は気付いていないのか、制服のプリーツスカートが少し捲れ上がっていた。
下着までは見えないものの、普段隠されているはずの白い太腿が惜しげもなく晒されている。
いくら幼馴染とはいえ、無防備がすぎる。
これでは流石に奏斗も居たたまれない。
(もうちょっと恥じらいをだな……)
奏斗はため息交じりに言う。
「いや、今日ウチ父さんも母さんも帰り遅いからさ……」
「えっ?」
「おいやめろ。そこで顔を赤くするな」
そういう意味じゃねぇよ、と奏斗は呆れる。
「いくら幼馴染でも、年頃の男女がこんな時間に一つ屋根の下で二人っきりってのは良くないだろって話。それに、お前の親も心配して――」
「――あっ、今お母さんから『泊ってくる?』ってメッセージ来た」
「おばさぁあああああんッ!?」
そうだ詩葉の母親はそういう人だった、と奏斗は頭を抱えた。
奏斗と詩葉は家が向かいで、両親同士も昔から仲が良い。
家族ぐるみで信頼関係が生まれているのだ。
(いや、それは良いことかもしれないけどさぁ……!?)
詩葉は主人公と結ばれるべきだ、と奏斗は思っている。
自分はあくまでそのサポート。
しかし、詩葉が奏斗にとって最推しヒロインであることには変わりない。
そんな相手と二人きりの状況。
それもこんなに無防備にされると、一応健全な男子である奏斗にとってはキツイものがあった。
「ったく、おばさんも何言ってんだよ……小さい頃ならともかく、俺達もう中三だぞ……」
「あはは、お母さんったら何言ってるんだろうね」
「だ、だよな。流石にお前もこれはおかしいって思う――」
「――私、泊まりの準備とかしてきてないのにね~?」
「違うそこじゃない! 絶対にそこじゃないよなっ!?」
ダメだこりゃ、と奏斗は大きなため息と共に床に座り込んだ。
どうやら詩葉は、もう少しここにいるつもりらしい…………
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