第04話 主人公以外にはやらん!

「ひ、姫川さんっ……ず、ずっと前から好きでしたっ!」


(っと、案の定告白だったか……)


 やや遅れて詩葉を追い掛けてきた奏斗。

 校舎裏の銀杏の木が見える場所に辿り着くと、今まさに告白が行われているところだった。

 物陰に身を隠し、様子を窺う。

 一見ただのストーカー染みた行為だが、万が一詩葉に何かあってはいけない。

 奏斗はそう割り切っている。


「ぼ、ぼぼぼ僕とっ、付き合ってください……!!」


 告白の台詞を口にして頭を下げ、片手を差し出しているのが大野木。

 少しだらしない体型と癖っ毛の髪が特徴的だ。

 そんな大野木の前には、申し訳なさそうな表情を浮かべた詩葉が立っている。

 少しの間を置いて、詩葉は小さく頭を下げた。


「ごめんなさい」


 告白への返事はNO。

 奏斗の想像通りの結果だった。

 大野木はそんな返答を聞いたあともしばらく頭を下げたまま固まっていた。


(んまぁ、そりゃフラれればショックだよなぁ……)


 二人の様子を物陰から眺めながら、明人は心の中で大野木に「ドンマイ! 次があるさ!」とエールを送っておく。


 やがて、大野木がゆっくりと顔を上げた。

 どこか居心地の悪そうな笑みを湛えて、詩葉に尋ねる。


「理由、聞かせてもらってもいい……?」


「えっと、それは……あんまり大野木君のことを知らないから、かな……」


「そ、それはっ……それは付き合ってから知っていけば良いよ! 全然僕はそれからでも遅くないと思う!」


 大野木の声が大きくなる。

 一度断られたくらいでは諦められないのか、大野木は一歩詩葉に近付いた。

 それに従って、詩葉は一歩後退って距離を作る。


「えぇっと……そういう考え方もあるかもしれないよね。で、でも私は……」


「ひ、姫川さんって誰とも付き合ってないんでしょ!?」


(アイツ、ちょっとしつこいな……)


 物陰で、奏斗の目がやや細められた。


 今まで告白してきた生徒らは、告白の返事を聞いたら潔く諦めていた。

 少なくとも、断られた理由を聞いてからもアタックを続ける者はいなかった。

 だが、大野木は違うようだ。

 返事を聞いてもなお、まだ押せばいけるとどこかで思っている。

 詩葉があまり強くものを言える性格ではないというところも、そう思わせる一因か。


「そ、それか、他に好きな人でもいるの!?」


「え、えと……大野木君、ちょっと近い、かな……?」


 一歩、また一歩と距離を詰めてくる大野木。

 詩葉も同じだけ後退りしていたが、いつの間にか校舎の壁に追いやられてしまった。

 詩葉の背中が壁に触れる。

 そこで、大野木はさらにもう一歩足を踏み出してきた。

 互いの吐息が感じられる距離とまではいかないが、明らかに近すぎる距離だ。


「……っ!」


「僕っ、姫川さんのためなら何でもするよ!」


 大野木は完全に興奮状態。

 何かのスイッチが入ってしまっていて、勢いが止まらない。


「僕にはその覚悟がある! もし付き合ってみて満足いかなかったら、そのときは諦めるけど……でも絶対満足させてみせるから!!」


「わ、私は……」


 詩葉は両腕で自分の身体を抱くようにした。

 無意識下の防衛反応だ。

 先程まではまだ表面上の笑みを保てていたが、今はもう出来ていない。

 不安や恐怖心、嫌悪感の色が表情に滲んでいる。


 誰がどう見ても、嫌がっているとわかる。

 しかし…………


「……」


 急に大野木が黙った。

 今までの興奮状態はどこへやら、詩葉をジッと見詰めたまま静かになった。

 その静けさが不気味。

 詩葉もその不気味さを感じ取ったのか、大野木に声を掛ける。


「お、大野木、君……?」


「……はぁ……はぁ、はぁ、はぁ」


「……ッ!?」


 ゾワァッ!

 激しい悪寒が詩葉の背中を駆け上がった。

 これまで感じたことのないような生理的嫌悪感。

 それもそのはず。

 大野木がいきなり荒い息を立て始めて、じっとり見詰めてくるのだから。


(ん、どうしたアイツ? 何か静かになった……?)


 奏斗の場所からでは詳しい状況まではわからない。

 距離もあるので、それなりの声量で喋ってもらわないと声も聞こえないのだ。


「ひ、姫川さんって……マジで可愛いよな……」


「ぃ……や……」


 詩葉の怯える姿が、大野木が密かに持っていた嗜虐性に触れたのだろうか。

 先程までの興奮とはまた別種のだ。

 いやらしく細められた目で、詩葉を舐め回すように見る。

 また、その囁くような気持ち悪い話し方が、一層詩葉に不快感を与える。


「姫川ってモテるだろ? 今まで何人と付き合った? ことある……?」


「や、やめ……」


「それとも、もしかして姫川さんってさ……まだ未経験……?」


「……っ!!」


 流石にデリケートな話が過ぎる。

 詩葉がこれ以上は止めてくれと言う意思を込めて、細めた目で睨む。

 しかし、隠し切れない怯えが涙っとなって、薄っすら瞳を濡らしていた。

 か弱い存在が嫌悪を示しながら必死に威嚇してくるその姿が、さらに大野木を興奮へと導いてしまう。


「ふへ、やっぱそうなんだぁ。ね、興味ない? 僕が教えてあげるよ……」


「いや……ホント、やっ……!」


「ね、ちょっと場所移そ? 僕んち来てよ。ほら……」


「や、やめ――」


 大野木が詩葉の腕を掴もうと手を伸ばしたとき――――


「んぁ~、告白にしてはちょっと長くない?」


「「――ッ!?」」


 奏斗が歩いて来ていた。

 元々告白が終わるまで静かに見届けて、詩葉との約束通り玄関で待つつもりだった。

 しかし、単なる告白にしては時間が掛かっているのを不審に思い、こうして出てきたのだ。


「カナ君っ……!!」


「あ、ちょ――姫川さん!」


 慌てて大野木から逃れるように走り出す詩葉。

 そのまま奏斗の傍まで行き、助けを求めるようにギュッと腕を掴んだ。


「詩葉……?」


「わ、私っ……怖かったよぉ……!」


 詩葉の身体が小刻みに震えている。

 奏斗の耳には詩葉と大野木の後半の会話は入ってこなかった。

 それでも、詩葉の様子を見れば何か度を越えたことを言われた――もしくはされかけたのだと察せられる。


「大丈夫。もう大丈夫だ、詩葉」


「う、うん。うん……!」


 身を寄せてくる詩葉の頭に、奏斗はポンと優しく手を置いた。


「お、おい! 僕の話はまだ終わって……って、お前は! いっつも姫川さんと一緒にいる……!」


 ご立腹な様子で大野木が指を差してくる。

 奏斗は詩葉を自分の背中に庇うようにして立った。


「桐谷だ。二年A組、桐谷奏斗」


「な、何でお前がここにいるのか知らないけど、ちょっとあっち行っててくれ。僕はまだ姫川さんと話が――」


「ねぇよ」


「……は?」


「もう話すことはないって言ってんだ。失恋したお前には同情するが、フラれたなら潔く引け」


「ぼ、僕はまだフラれてない! ねっ、姫川さん!?」


「……っ!」


 詩葉の身体が強張る。

 その感覚が、奏斗にも背中越しにありありと伝わった。

 奏斗は視線を鋭くして大野木を睨む。


「いい加減にしろ」


「――ッ!?」


 鋭い目付き。

 オクターブ下がった声色。

 硬く変化した声質。

 奏斗のそれらの要素は、大野木を怯ませるのに充分だった。


「まだ目があるとでも思ってんだったら大間違いだ。もうこの際お前がフラれたとかフラれてないだとかどうでもいい……詩葉にこんな顔させる奴は、俺が認めない」


 最後に奏斗は、一切のハイライトが消えうせた冷徹な瞳で大野木を見据えた。


「二度と詩葉に近付くな。もしまた詩葉にこんな顔させたら……」


 それ以上の言葉はいらない。

 言葉でなく、視線で。

 黒く研ぎ澄まされた眼で、大野木の恐怖心に訴える。

 

 ――どうなるかわかるな? と。


「……ふぅ。帰るか、詩葉」


「うん……」


 少しでも安心を与えられるように穏やかな表情を浮かべる奏斗。

 歩き出しても、詩葉はギュッと掴んだ奏斗の腕を離さない。

 状況を知らない者が今の奏斗と詩葉を見たら、関係性を誤解されかねない。

 普段詩葉が同じようなことをしてきたら、奏斗は「もっと周りの目を気にしろ」とでも言ってあしらうだろう。


 でも――――


(ま、今回だけは仕方ない、か……)


 奏斗は詩葉の手を解くことはしなかった。

 少し……いや、かなり恥ずかしいが、今は詩葉を安心させることが最優先。

 自身にそう言い聞かせながら、奏斗は今日も詩葉と帰路を共にした――――

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る