第03話 モブ以下だから出来ること
月日は飛ぶように過ぎ去った。
奏斗と詩葉はもう、地元の中学に通う二年生だ。
世間の幼馴染が年齢を重ねるにつれて関係性がどう変化していくのかはわからない。
少なくとも奏斗と詩葉は、相変わらず登下校をいつも共にするほどの仲良し。
だが、決して恋人関係というワケではない。
詩葉と付き合えるのはこのGG世界における主人公だけ、と奏斗の考えは一貫していた。
そして、奏斗は詩葉と主人公がくっ付けるよう手助けする。
(俺の立ち位置はヒロイン姫川詩葉の幼馴染だが、本来そんなキャラクターはGGにいない。つまり、俺がこの世界に転生してきたことによって生まれたイレギュラーだ)
ゲームには当然シナリオというものが存在する。
登場するキャラクターがどう動き、どういった
言い換えれば、登場キャラクターはシナリオの奴隷。
しかし、奏斗はその限りではない。
元々ストーリーに登場しない存在であるならば、その行動によってシナリオを改変することも可能なはず。
奏斗の狙いはそこにあった。
(物語は高校に――姫野ヶ丘学園高校に入学してから始まる。俺のハッピーエンド計画はそこから開始される。だから、それまでは……)
目立たない。
そのことに専念する。
ハッピーエンド計画は、シナリオに干渉出来るイレギュラーな存在である奏斗の性質を利用したもの。
陰から物語をコントロールし、主人公が詩葉のルートに入るよう誘導するのだ。
しかし、それは諸刃の剣でもある。
奏斗の動きはシナリオに影響する。
それが意図的なものであればコントロール出来るが、無意識の内に物語の流れを書き換えてしまう可能性もある。
そうすれば、もうコントロール不可能。
奏斗はGGのシナリオを知っているからこそ物語を誘導できるのであって、先の流れが予測不可能な状態に陥れば無力。
「――ってば~」
(そうならないために、最低限俺はモブに徹さないといけない。学力も高すぎず低すぎず、運動も出来すぎず出来なさすぎず……)
それでも、いざとなったら詩葉をいつでも守れるような力を持っておかなければならない。
ゆえに、努力は怠らない。
ただその実力を人前で見せないように徹するだけ。
「――君!」
(すべては詩葉のハッピーエンドのために……!)
「カナくぅ~ん!」
「のわぁっ!?」
考え事をしていた奏斗の意識が現実に引き戻される。
隣の教室に所属しているはずの詩葉が、すぐ隣にいたことにようやく気が付いた。
既に放課後を告げるチャイムがスピーカーから流れている。
教室の生徒らは好き好きに立ち上がっており、教室をあとにしているところだった。
「んもぅ、やっと気付いた。無視されてるのかと思ったよぉ……」
「あはは、そんなことしないって……」
奏斗は曖昧に笑いながら席を立つ。
机の横に掛けてあったカバンを取る。
「んじゃ、帰るか」
そう言って奏斗が一歩踏み出すと、詩葉が制服の裾をキュッと引っ張ってきた。
奏斗は不思議そうな表情を浮かべて振り返り、「どした?」と尋ねる。
すると、詩葉が申し訳なさそうな笑みを浮かべて言った。
「じ、実はこのあとちょっと用事があって……」
「ん、用事?」
詩葉は奏斗が帰宅部だからと自分も部活に所属していない。
それもこれも、奏斗と一緒にいる時間を確保したいかららしい。
そんな詩葉が放課後に用事とはそうあることではない。
聞き返した奏斗に、詩葉はコクリと頷いた。
制服のポケットから紙を取り出し、奏斗に手渡す。
「何だ……?」
そこに文字が書かれていたので、奏斗は読んでみる。
“放課後、校舎裏にある銀杏の木まで来てください。伝えたいことがあります。 二年C組、大野木
――と、書かれていた。
奏斗の眉がピクッと動く。
「これは……告白だな……」
「う、うん……多分……」
はぁ、と奏斗はため息を吐いた。
正直、「モブ如きが攻略ヒロインの中でも一番魅力的(※奏斗個人の意見です)な詩葉に挑もうだなんて身の程を弁えろ!」というのが奏斗の本音だった。
しかし、これが初めてというワケでもない。
小学校の頃から詩葉はモテていた。
思春期になってその魅力に一層磨きが出てきた最近では、かなり頻繁に告白されている。
(今月でもう……三回目か? まだ中旬に差し掛かったばっかだぞ……)
しかし、詩葉は一度も誰かと付き合ったことはない。
毎回頭を下げて断っている。
恐らく今回も告白を受けるつもりはないだろう。
「お前のことだから、行くなって言っても聞かないんだろ?」
「う、うん……一応相手も勇気を出して告白してくれるんだろうし、私もその気持ちに対して誠意を持たなきゃって思うから……」
「お人好しめ……」
そう言いながら、奏斗は詩葉のこういうところも好きだった。
「ゴメンね……」
「うんにゃ、別にいいって。詩葉の好きなようにすればいい」
「えへへ……ありがと。で、でね? それでね……?」
詩葉はモジモジしながら頬を赤らめる。
顔の下半分をカバンを持ち上げて隠し、上目遣いで奏斗を見た。
「……っ」
ドキッとせずにはいられない奏斗だが、それを悟られないように平静を装う。
しかし、そこへ止めを刺すような詩葉の一言。
「今日も一緒に帰りたいから、待ってて欲しいなって……」
(かっ、可愛いぃいいいいいいいいいいいっ!! 可愛すぎるだろこんちくしょう!!)
すぅ、と息を細く吐き出しながら静かに天井を見上げる奏斗。
傍から見たら話の途中で急に天井を見始める変な奴だ。
しかし、少しでも表面上の平静を保つのに必要だった。
「りょ、了解。正門の辺りで待ってればいいか?」
心の荒振りを鎮め、何事もなかったかのようにそう返事をする奏斗。
すると、詩葉は恥ずかしそうに待ち合わせ場所の変更を求めてきた。
「げ、玄関じゃ駄目……?」
「ん? 別に良いけど……何で?」
「えっ、だ、だって……そっちの方が、ちょっとだけ長くカナ君と一緒に帰れるから……」
「……」
(待って待って? 何この可愛い生き物。天然記念物? いやもう国宝――何なら世界遺産に認定されるべきだろ。そうだ、うん。今俺が決めた。コイツは今から世界尊い遺産だ)
「カナ君?」
「あ、あぁ、わかった。んじゃ、玄関で」
「うんっ、ありがと!」
詩葉が奏斗に笑顔の花を咲かせてから、足早に教室を去っていった。
奏斗はそんな詩葉の背中を見送るように佇んでいる。
そんなところへ、仲の良いクラスメイトの男子が話し掛けてきた。
「はぁ~、見てるこっちが居たたまれんわ。奏斗よぉ、本当に姫川と付き合ってないのか?」
「前も言ったろ。俺と詩葉はただの幼馴染だ。好きは好きでも恋愛のそれとは種類が違う」
「どうかなぁ。お前はそうでも、姫川の方はどうかわかんないだろ?」
「は? わかるが?」
急に奏斗が食い気味で言ってくるので、男子は少し気圧される。
「な、何でだよ……?」
「いや、俺が詩葉のことでわからないことがあるワケないから」
「ど、どっから来るんだその自信……」
「と言うかお前、やたら詩葉の話題を振ってくるが……まさか、お前も詩葉を狙ってるんじゃ――」
「近い近い!! 近いし怖いわ馬鹿っ!」
急に感情が抜け落ちたかのような顔を近付けられ、男子は慌てて後退りした。
ブンブンと勢いよく首を横に振って言う。
「だ、断じて狙ってません!!」
「……ならいい」
奏斗の追及を逃れ、男子はホッと胸を撫で下ろした。
「というか、姫川を一人で行かせて良かったのか?」
男子のそんな質問に、奏斗は愚問だというように歩き始めた。
「良いわけないだろ」
奏斗は詩葉の後を追って、教室をあとにした――――
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