第35話 ゲリラライブ開演!

 七月上旬。

 一学期最後の期末テストが終わった今日、あとは下旬に控えた夏休みを待つだけだということもあり、生徒の緊張は一気に緩んでいた。


 テスト期間ということもあって、今日まではどの部活も活動していない。


 なので、体育館には誰の姿もない――本来ならば。


「か、カナ君……今頃皆は終礼やってるよね……!?」


「んぁ~、そうだな」


「そ、そうだなって……何でそんなに呑気なのっ!?」


 真っ暗な体育館のステージの上。


 ドラムセットやキーボード、各音響機材が不足なく配置されたその場所で、詩葉が顔を青ざめさせながら奏斗に確認する。


「あぁ! 私悪い子になっちゃったよ! 不良だよぉ~!」


「大丈夫よ詩葉ちゃん。たかが一回終礼をサボるくらい、何の問題ないわ」


 ドラムに向かいながらクルクルとスティックを手で弄ぶ茜が詩葉をフォローするが、その言葉に駿がベースの調子を確かめながら苦笑いを浮かべた。


「と、とても学級委員の台詞とは思えないね。あはは……」


 そんな会話を繰り広げる皆に、ステージのセンターに立つ亜理紗が振り返る。


 一番目立つよう、既に暗いステージの上で唯一固定されたスポットライトが当たっており、その表情がよく見える。


 とても今からライブをするような者の面持ちではない。

 元気なく、申し訳なさそうに目が伏せられている。


「……皆、私のためにゴメンね……こんなこと、絶対怒られるのに……」


「おいおい、今更だろ」


 亜理紗の言葉に反応したのは奏斗だった。


 スポットライトが当たる亜理紗の上手かみて側で肩を竦めて言う。


「詩葉も茜も駿も、俺だって怒られるのは承知の上でここに立ってる。それでも今日のためにこれまで毎日練習してきたんだ。だからそんな申し訳なさそうな顔すんな。どうせ怒られるなら、最高のライブにして怒られようぜ?」


 ニッと元気付けるように笑い掛ける奏斗。


 キーボードの前に立つ詩葉も、ドラムに向かう茜も、ベースを持つ駿も同じ気持ちだと言うように、その顔には笑みが浮かんでいた。


「みんな……」


 そんな四人を見渡した亜理紗が、一度顔を俯かせる。

 しかし、すぐに袖で目元を拭ってから顔を持ち上げた。


「ありがとう……!」


 普段ほとんど笑うことのない亜理紗。

 だが、今は不器用ながらに確かな笑顔が作られている。


(よし、準備はバッチリだな……)


 それもこれも生徒会の協力のお陰だ。


 こうして密かにステージの上に機材を運んだり、スポットライトを調節してくれたり、動画配信用のカメラを設置してくれたのも、すべて姫香の親衛隊がやってくれた。


 校内にいくつか設置されたテレビにこの配信が映るよう手を回してくれたのも生徒会。


 もちろん、これを知るのは後にも先にも奏斗達と生徒会のみ。

 これから行われることは、すべて奏斗達が勝手にやったこと――そういう筋書きとなる。



 キーンコーンカーンコーン…………



 放課後の訪れを告げるチャイム。

 これが鳴り終わるのが、ゲリラライブ開始の合図。


「皆、準備は良いか?」


 奏斗が問う。


「もちろんだよカナ君!」

「ええ、問題ないわ」

「僕もいけるよ」

「私も……大丈夫!」


「……よし」


 皆の歯切れの良い回答を得て、奏斗が満足げに笑う。


 体育館内に静かに響くチャイムの残響音…………


 皆、心は一つ。

 もうここから言葉はいらない。


 茜が一呼吸置いて、ドラムスティックを叩く。


 カッ、カッ、カッカッカッカッ――――


 音が、爆ぜる――――!!



◇◆◇



 突如校内にギターの歪みが、ベースの低音が、ドラムのリズムが、キーボードの旋律が鳴り響いた。


「えっ、なになに!?」

「ば、バンド演奏……?」

「スピーカーから鳴ってるよ!?」

「隣のクラスでも鳴ってる! これ学校中のスピーカーから聞こえてるんじゃない!?」


 そんな生徒の驚愕の声が校内中で上がる。


 突然のことに驚き、困惑している。

 だが同時に、こんなイレギュラーが発生したことに多少なりとも愉快さを感じずにはいられない。


「体育館のステージでやってるっぽいぞ!」

「校内のテレビでもライブ配信映ってるみたい!!」


 そんな情報は人から人へ、騒ぎとなって瞬く間に校内中へ広まっていく。


 食堂や玄関に設置されたテレビを観に行く生徒もいれば、直接体育館へ押し掛ける生徒も多い。


 学年問わず、多くの生徒が演奏に耳を傾けていた。


 そして、テレビを観ていた一人の女子生徒が「あれ……?」と呟く。


「ね、ねぇ……前に話してたほら、弾き語りの動画上げてる人誰だっけ?」

「え? アリーシャのこと?」

「そうそれ! アリーシャ! このギターボーカルってアリーシャじゃない!?」

「うそ!? ……って、ホントだ! 声も一緒だし!」


 一人が気付けば広まるのは早い。


 元々アリーシャを知っている生徒はもちろん、初耳の生徒もその存在を知っている人から聞き、テレビに映るギターボーカルの姿と照らし合わせる。


「でもあれ姫野ヶ丘ウチの制服だよな!?」

「確かに……えっ、つまり学校の生徒ってこと!?」

「え、誰なの!?」


 ――と、やはりステージ上でただ一人スポットライトを浴びているギターボーカルの亜理紗は目立ち、皆がその姿をしていく。


 ただ、奏斗の目論見が上手く当たる中で、やはり一年一組や二組の生徒とクラスメイトの顔を知る者は…………


「って、えぇえええええ!? 暗くてよく見えないけど、これ桐谷君じゃない!?」

「ホントだ! 何ならドラムは綾瀬さんだし、ベースも神代君だよ!?」

「さ、さっき終礼にいなかった三人だ……!」

「キーボードはいっつも桐谷君と一緒にいる姫川さんだし……」


 当然と言えば当然の反応だった。


 生徒が各々の反応を見せる中、演奏も佳境に入っていく。


 いつの間にか体育館には学年性別問わず多くの生徒が押し寄せており、アップテンポの曲調に身体を揺らし、亜理紗の惚れ惚れする歌声に身体の芯から熱くしていた。


 既にゲリラライブは大成功。

 亜理紗の存在を認識させるという目的も果たした。


 もう誰にも見えないなんて言わせない。

 もう誰にも聞こえないとは言わせない。


 花染亜理紗はここにいる! と、魂を演奏と歌に乗せて訴える。


 歴史深く由緒正しき私立、姫野ヶ丘学園高等学校始まって以来の大騒動。


 数世代にわたって語り継がれることになるであろうこの大盛り上がりを見せたゲリラライブ事件は、やや遅れて駆け付けた教員の怒声シャウトによって終幕を迎えた。


「何しとんじゃごりゃぁぁあああああああああああああああああああああッ!!!!」

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