第36話 ゲリラライブ事件のその後
その日、奏斗、詩葉、茜、亜理紗、駿の五名は、数名の教員にライブを中断させられたあと、生徒指導室につれていかれて小一時間説教を受けることになった。
ただ、自宅謹慎などの罰はなく、反省文の提出のみで済んだのは幸いだった。
恐らく姫野ヶ丘学園高校の歴史を見ても初めてであろうこの大騒動は、のちに『ゲリラライブ事件』として語られることとなる。
ゲリラライブが幕を閉じてから数日の間、奏斗達は多くの生徒の注目を浴びることとなった。
教室に入れば――――
「桐谷君ギター弾けたんだね!」
「凄く良かったよ~!」
「綾瀬さんのドラムもかっこよかったよね!」
「姫川さんもキーボード弾いてたし~!!」
「神代君はベースだよね!」
――といった具合にゲリラライブの話題で人が集まる。
目立たず学園生活を送るという奏斗の当初の予定はもう見る影もなくなってしまったが、本人としては目的を果たせたのでそこまで悪い気分ではなかった。
一年二組にアリーシャがいる。
ゲリラライブのお陰で亜理紗は皆に認識されるようになった。
ただ、一気に有名になりすぎて人に囲まれ疲れる羽目になっているが、誰にも認識されない孤独に比べたら大したことではないだろう。
そんなゲリラライブ事件から早くも二週間。
数日後には夏休みを控えた今日も、奏斗らは食堂で昼食を取っていた。
奏斗の隣に詩葉、机を挟んだ対面に茜と駿。
そんないつものメンバーに、もう一人亜理紗も加わっている。
「亜理紗ちゃん、何だか今日も疲れてるね」
「今日も色んな人に今度これ歌ってこれ弾いてとか……はぁ……」
もう関わり始めてからだいぶ経ったため、詩葉も亜理紗のことを下の名前で呼ぶようになっていた。
「ふふっ、流石アリーシャね。んまぁ、私は他の人達とは違って活動開始当初からのファンだから、その辺りは弁えてるけどね!」
「古参アピールする奴っているよなぁ~」
「何か言ったかしら、奏斗?」
「いえ何も」
ジッと半目を向けてくる茜の視線から逃れるべく顔を背ける奏斗。
「でも、あのライブからもう二週間も経ってるから、だいぶ話題にされることもなくなったよね」
駿がどこか安心したように笑ってそう言うので、亜理紗がライブが終わってから数日間のことを思い出して苦い顔を浮かべた。
「こっちからしたら久し振りの学校でちょっと緊張してたって言うのに、皆構わず
あのときは地獄だった……とため息を吐く亜理紗に、奏斗が肩を竦めながら言う。
「ま、それが狙いだったからな。お陰でもう皆に亜理紗が見えてる。ちょっと人気になりすぎた部分もあるが……ま、まぁ、誤差だろ」
「私、その誤差で今凄く疲れてるんだけど……」
詩葉や茜、駿から、どこか同情するような笑いが上がった。
「……でも、本当に感謝してる」
先程までの疲れた表情はどこへやら。
微かな微笑みを湛えた亜理紗が四人を見渡して呟くように言う。
「皆のお陰で私は……」
「って待て待て待て! もう充分感謝されたって! お前は一体何回俺達にありがとうって言う気だよ」
ライブが終わってから今日まで、ほぼ毎日亜理紗はこの話題を口にしては感謝を述べてくる。
もちろん皆から認識されない孤独の世界から救い上げられたことは亜理紗にとって何度感謝してもしきれないことだろう。
奏斗達もその感謝を受け入れることを良しとしている。
だが、流石にもうお腹一杯だ。
奏斗達と亜理紗はもう友達。
友人が困っていたら助けるのは当然――それで良い。
「何度でも言うよ。特に奏斗……貴方には何から何までお世話になった。だから本当にお礼がしたい……」
亜理紗が椅子に座ったまま、身体の向きを奏斗へやり背筋も伸ばす。
「何かやってほしいことはないの? 私に出来ることなら何でも言って欲しい」
「何でもっ!?」
「何でも……!」
なぜか奏斗ではなく詩葉と茜が声をひっくり返して驚く。
「ま、待って亜理紗ちゃん? 何でもって本当に何でも受け入れるつもりなの!?」
テーブルに身を乗り出してどこか焦った様子で亜理紗に確認する詩葉。
茜も同じような調子で亜理紗の両肩を手で掴んだ。
「だ、ダメよ亜理紗ちゃん。女の子がそんな簡単に何でもするなんて言っちゃ!」
「そうだよ! カナ君に一体ナニされるかわからないよ!?」
「そ、それともまさか貴女……ナニされることを望んでるの……!?」
「おおおお前ら一旦黙ろうか!? 取り敢えず勝手に想像の中で俺を変態みたいに扱うの止めてくれ!」
先走った妄想を繰り広げる詩葉と茜を、顔を赤くしながら必死に止めに掛かる奏斗。
亜理紗は何も言わず、ただただ赤面してジッと奏斗を見詰めていた――――
◇◆◇
「――ってな感じで、亜理紗は問題なく学校生活を送ってますね。まぁ、ちょっと有名になりすぎて人に囲まれるのを鬱陶しく感じてる部分はあるっぽいですけど」
「ふふっ、まぁその程度なら問題ないでしょう。いつも定期報告ありがとうございますね、桐谷君」
「いえいえ」
その日の放課後、奏斗は生徒会室にやって来ていた。
亜理紗の件が片付いてから毎日足を運ぶことはなくなったが、こうして時々姫香に経過報告をするようにしているのだ。
奏斗としては、美味しい紅茶や茶菓子が出されるのでむしろ毎日でも来て入り浸りたいくらいではある。
「ただ、私としては桐谷君の体調が心配ですね。ここ最近は生徒会のお願いで色々と働いてもらっていたので、疲れが溜まっていませんか?」
「あぁ……あんまり考えてなかったですけど、そう言われると確かに……」
意外と働いている間は脳が興奮状態になっていて疲労に気付かない。
(けど、確かに最近授業中眠たくなることがよくあるよなぁ……)
疲れてるのかなぁ? とイマイチ自分の状態がわからず首を傾げる奏斗。
そんな様子を見て、姫香は傍に控えていた凛に「アレを」と言って薄めのアルバムを持ってこさせた。
「桐谷君、夏休み何かご予定は?」
「ん~、今のところ特には……」
「では、こういう場所にご興味はありませんか?」
姫香が凛に持ってこさせたアルバムをテーブルに置いて開く。
中には海や砂浜の写真が収められていた。
「海、ですか?」
「はい。私の家の別荘のプライベートビーチです。この夏休みに私や凛も滞在するのですが、もしご興味がおありでしたら、桐谷君もいかがですか?」
「えっ、い、良いんですか……?」
「ええ、もちろん。羽を伸ばして疲れを取ってください」
別荘。プライベートビーチ。
そんなリッチな単語に興味を持たずにはいられない奏斗。
正直、凄く行きたい。
しかし…………
「で、でも詩葉がなぁ……」
自分だけ生徒会長の誘いで遊びに行くとなると、当然詩葉が不機嫌になる。拗ねる。
姫香の別荘でゆっくり羽を伸ばして疲れを取るのは大賛成だが、そのせいで詩葉を怒らせてしまうのは御免だ。
だが、そんな奏斗の悩みも姫香はお見通しのようで、柔和に微笑んで付け加えた。
「もちろん、ご学友の皆様も一緒で構いませんよ?」
「マジですか!?」
「ふふっ、マジです」
そうなれば悩むまでもない。
奏斗の目はいつになくキラキラと輝いていた。
「そ、それならぜひ、連れて行ってください……!」
「ええ、もちろんです。共に楽しい夏を過ごしましょう」
高い能力を有する奏斗との関りを今後とも確保しておくためのエサ。
仮にこれが姫香による人心掌握術なのだとしても、構わない。
今はとにかく、奏斗の頭の中は海でいっぱいだった。
(始まるぞ……夏の、海の……水着イベントの開幕だぁあああああ!!)
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