第09話 深紅のヒロイン

 職員室は本校舎の一階にある。

 国語の教材を運ぶ先の空き教室は、一年次の教室が並ぶ本校舎二階。

 奏斗と茜は、職員室から教材を持ち出して階段を上っているところだった。


「ありがとう、手伝ってくれて……えと、桐谷……君?」


 茜が初対面の奏斗のことをどう呼んで良いものかやや迷いながら、感謝を口にする。


「お礼なんて要らないって。あと、奏斗で良いぞ」


「そう? じゃあ、私のことも茜で良いわよ」


「了解。けどまぁ、女子を下の名前で呼ぶって意外と恥ずかしいな……」


 詩葉のことも下の名前で呼んではいるが、それは幼馴染だからという要因が強い。

 気付いたときには既にそう呼んでいたため、特に気恥ずかしくなったりはしない。

 しかし、こうして初対面の女子相手となると話は別。


「ふふっ、確かに奏斗って仲の良い女子とかあんまりいそうにないわね」


「失礼な」


 奏斗が不満を訴えるような半目を向ける。

 茜はクスクスと小さく笑いを溢した。


「ただ……」


 教材の入った段ボールを両手に抱えたまま軽々と階段を上っていく奏斗。

 茜はそんな姿をジッと見詰めてから、意外そうに目を瞬かせて言った。


「意外と力持ちね、貴方。細い身体してるから、さっき『俺が重い方持つよ』って言われたときは正直不安だったわ……」


「フッ、安心してくれ。この制服の下には細マッチョの美ボディが隠されてるんだ」


「はいはい。調子に乗らないの」


「えぇ~」


 適当にあしらわれてしまったが、嘘は言っていない。

 万が一詩葉が危険な状況に陥ったときに助けられるよう、トレーニングは欠かさず行ってきた。

 既に奏斗は、前世のときと遜色ない身体能力を身に付けている。


「空き教室はここね」


「っぽいな」


 階段を登り切り、少し廊下を歩いた先。

 目的の空き教室の前で奏斗と茜が立ち止まった。

 茜は一度教材を置いて、ポケットから空き教室の鍵を取り出す。


 ガチャッ。


「さ、入りましょ」


 解錠した扉を開けてから、再び教材を持ち上げる茜。

 奏斗はそんな茜に続くように空き教室へ足を踏み入れた。

 使われていない教室なだけあって、椅子や机が隅に寄せて積み上げられている。

 奏斗と茜は、教壇の辺りに教材が入った段ボールを並べて置いた。


「ふぅ、これでいいかしらね」


「じゃ、あとは職員室でここの鍵返すだけだな」


「ううん。それは私がやっておくから貴方はもう帰って良いわよ」


「そうか?」


「ええ、ここまで手伝ってもらっただけで充分助かったわ。さ、早く出ましょ――きゃっ!?」


 茜が足を躓かせて体勢を崩す。

 前傾になって倒れそうな茜に、奏斗が腕を伸ばした。

 

「――っと」


 抱き止めた茜の身体が、奏斗の胸の中にすっぽりと収まる。

 女性ならではの身体の柔らかさ。

 ふわっと揺れた赤い髪から、シトラス系の爽やかで良い匂いが仄かに香る。


 それらは、画面越しにGGをプレイしていただけでは決して伝わらない情報。

 奏斗は改めて自分がGGの世界でリアルに生きているんだということを実感する。


(って、感慨深くなってる場合じゃなかった……)


「大丈夫か、茜?」


「え、ええ……って、大丈夫じゃないわよこの状況っ!!」


 茜がボッと顔から火を噴いた。

 髪色に負けず劣らず真っ赤な顔をして、慌てて後退り。

 奏斗から距離を取る。

 そして、自分の身体を両腕で抱きながら奏斗を睨んだ。


「貴方っ、なにどさくさに紛れて抱き締めてるのよ!?」


「い、いや、俺はただお前が転びそうだったから……」


「それはそうだけどっ……そうだけどどうじゃなくて……!」


 理屈じゃないのよっ、と一人ブツブツ不満を並べていく茜。


「え、えっと……すまん……」


 理由はどうあれ、確かに奏斗が茜の身体に触れたことは事実だ。

 奏斗は後ろ首を撫でながら申し訳なさそうな表情を浮かべ、誤った。


「べ、別に……謝らなくてもいいんだけど……」


 そんな奏斗の様子を見て、茜も言い過ぎたと思ったのか。

 まだ若干赤らんでいる頬を気恥ずかしそうに指で掻く。


「ま、まぁ、危うく転びそうなところを助けられたもの事実だし……」


 コホン、と茜はどこかわざとらしく咳払いする。


「あ、ありがと……と言っておくわ……」


「えっと……どういたしまして?」


「ほ、ほらっ、さっさと出てよね! 鍵が閉められないじゃない!」


「ちょ、押すなって!」


 茜に背中を押され、半ば無理矢理空き教室を追い出された奏斗。

 振り返ると、茜がさっさと帰りなさいとでも言いたげに手をひらひらさせていた。

 奏斗は苦笑いを浮かべた。

 小さく手を挙げて別れを伝えてから、廊下を歩き出す。


(……よし、取り敢えず今日のところは駿が茜ルートに入るのを阻止出来たな)


 奏斗はフッと口角を持ち上げる。

 ポケットからスマホを取り出すと、詩葉からメッセージの返信があった。

 確認すると、不満な顔をしたキャラクターのスタンプが一つ。


(こりゃ、帰ったら間違いなく文句言われるやつだな……)


 奏斗は今のうちに覚悟しておこうと肩を竦め、曖昧に笑う。


(だが悪いな、詩葉。もうちょっと用事を済ませてから帰らないといけないんだ)


 そう。

 まだ奏斗にはやるべきことが残っているのだ。


 駿に詩葉以外のヒロインの好感度を稼がせるわけにはいかない。

 そのため、奏斗は今日こうして駿に代わって茜と接触した。

 しかし、全ての場合においてその方法が取れるわけではない。


 GGの主人公は駿。

 駿を中心にして物語が――シナリオが展開される。

 駿の方からヒロインに接触していく形のシナリオは、奏斗が先手を打つことで回避できる。

 だが、ヒロインの方から急に駿へ接触してくる場合は防ぎようがない。


(そうならないために、今日中に駿と友達になっておかなければ……)


 本来GGには存在しない、主人公の“友人枠”。

 奏斗はその友人キャラになろうとしている。

 そうして駿の傍に控えておくことで、いつヒロインの方から接触してきても奏斗が代わりに対応出来るようにしておくのだ。


(元々ゲームにない流れになるから多少シナリオが変わるかもしれないが……背に腹は代えられないな……)


 多少のシナリオ変更と、他ヒロインとの急な接触の可能性。

 二つを天秤にかけた結果、奏斗は校舎の方を危惧した。


(出来るだけシナリオを崩さないよう最大限配慮しつつ、主人公――駿の友人枠を確保する!)


 そうと決まれば、奏斗が動くのは早かった。

 入学初日の駿の動きは、前世で何度もGGをプレイした奏斗の頭にしっかり入っている。


(初日で茜の手伝いをするイベントへ進まなかった場合、主人公は――)


 そこまで思い出して、奏斗はハッと目を見開いた。


「やべっ――やらかした!!」


 奏斗は全力疾走。

 階段を駆け下りる。


(茜ルート阻止に集中しすぎて見落としてた……! 茜手伝いイベントに進まなかった主人公は、サッカー部が蹴ったボールを頭に受けて気絶し、保健室に運ばれる。そこで出会うんだ……出逢ってしまうんだ、もう一人のヒロインに!)


 間違ってそのヒロインの好感度を稼いだりしてしまっては大変だ。


(ったく、わかってはいたが……一人で詩葉以外の全ルート阻止するの大変すぎるんだよぉおおおおお!?)








【あとがき】


奏斗&詩葉「新年、明けましておめでとうございますっ!」


詩葉「えへへ……気持ちを新たに今年も頑張ろうねっ、カナ君」

奏斗「いやぁ、年が明けたからって言って別に何も変わらんだろ」

詩葉「んもぅ、カナ君はすぐそういうこと言う……」

奏斗「ってか、こういうのは作者が挨拶するもんなんじゃないか? 何で俺達が?」

詩葉「先生は今忙しいのぉ。だから私達が頼まれたんでしょ~?」

奏斗「え、そうだっけ……?」

詩葉「もぅ……」

奏斗「あはは、そういえばそうだった気も」

詩葉「まぁ、カナ君は相変わらずな感じですけど……皆さん、今年もよろしくお願いしますっ! えへへ……」

奏斗(新年の挨拶をする詩葉も可愛いな……)

詩葉「ん? どうしたの、カナ君? そんなジッと見て……」

奏斗「あっ、いやなんでも……」

詩葉「えぇ~、絶対今見てたもん!」

奏斗「だから何でもないって!」

詩葉「ウソだぁ~! カナ君が嘘吐いてもすぐわかるんだからねっ!?」

奏斗「……退散!」

詩葉「あっ、逃げた! 待ってカナ君~!!」

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