再結成、そして勇者は……


―勇者レジェ視点―

 

 魔王軍四天王を倒し、川から上がったエリカは、マリリの魔法によって、そのビショビショな身体を乾かした。


 俺は状況が掴めずにいた。

 依然として俺の身体は動かない。

 どうして、エリカやマリリ、ジェシカがここに居るんだ?


「……さて、勇者レジェ。あなたには聞きたいことが沢山あるわ」


 剣聖エリカが真剣な目つきで、俺の顔を覗きこんでくる。


「……なんだよ、バカ女ども」


 俺は苦し紛れにそう言った。


「どうして……私達をだましたんですか?」


 王女ジェシカが悲しい口調で、俺の右耳元で囁いた。

 

「しらばっくれても無駄です。もうネタは上がっているんですよ。

 昨晩、勇者レジェが魔王城におもむき、魔王城を壊滅させたと。

 王都からそんな速報が届き、国中大騒ぎなんですから……」


 聖女マリリが俺の目の前に、号外新聞を突きつける。

 その見出しには大きく。

 ”勇者レジェが魔王を討伐”

 と書かれていた。


「……ねぇ、勇者。

 どうしてずっと、私達に嫌われるような真似をしてたんですか?

 私には理解できません……」


 ジェシカが暗い顔で言った。


「……私たちのこと、そんなに信じられない?

 ……私たちじゃ足でまといだった?

 私は……勇者と一緒に戦いたかったのに……」


 エリカが、悲しそうに呟いた。


 さて、どうしよう……

 完全に詰んだ。

 

 【俺が魔王を倒して魔王軍を壊滅させた】、というニュースが、国中に出回っているらしい。

 お陰で国民の俺に対する好感度が激増し、

 俺のレベルは0を突破し、マイナスへと突入している、らしい。


「俺は、魔王なんか倒してねぇよ……」


 

 ほら、こんな風に弱々しい声を発することしかできない。

 指先もほとんど動かない。

 身動きが取れない。

 お腹が空いた。

 喉も、乾いた……

 こうやって3人に身体を支えてもらってないと、身体を起こしておくことすらできないのだ。


「……まだ嘘をつくつもりですか?

 はぁ、本当に強情な男ですね……

 私達の気も知らずに……」

 

 マリリがため息を吐く。


「……はぁ……

 まぁ……今の弱っている勇者じゃ、魔王どころか虫一匹倒せないでしょうけどね……

 ねぇ。

 どうしてそんなに弱くなってるの? 勇者……

 魔王に何かされたの?

 私は……私たちは、あなたの力になりたかったのに……

 あなたのこと、もっと知りたいのに……」


 エリカが、俺の手を優しく包み込むように握ってくる。

 あぁ、頭が痛い。

 喉もカラカラだ。

 このままじゃ、きっと俺は、またすぐに死んでしまう。



「……み……」


 俺は……


「……水を、くれないか……?」


 ガサガサの唇で、そう呟いた。

 それを聞いた3人は、目を見開いて、


「……水ですか!……はい、承知しました」


 聖女マリリが杖を握りながら水魔法を詠唱した。

 俺はマリリの手のひらに溢れる水を、ガブガブと犬のように飲み込んで、

 喉をうるおした。


 おいしい……

 生き返るような冷たい水……


 ジェシカも、エリカも、マリリも、

 心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


 ぎゅるるるる……


 そして俺のお腹が、弱々しく鳴った。


「……勇者!? お腹が空いてるの!?

 まぁ当然ね! 魔王を倒してきたんだからっ!

 ……待ってて、何か食べられるものを捕まえてくるからっ!」


 ぱぁぁっと笑顔になったエリカが、剣聖の剣を握って、森の奥へと飛び込んでいった。


「……他に困ったことは、ありませんか?」


 王女ジェシカも明るい声色で、俺を抱きかかえる腕を強くした。


「……いや、特に、ない」


 俺は……

 一人じゃ、


「……良かったです……」


 ジェシカは優しく笑った。

 俺は、一人じゃ、何もできない……




★★★




 それからエリカが熊の肉と穀物を持ってきてくれて、マリリの魔法でお湯を沸かして、

 3人は俺のために、熊肉のスープを作ってくれた。


「……ほーら、レジェ、大きく口を開けなさい。

 一昨日おとといの仕返しをしてあげるから」


 エリカは心底楽しそうに、俺の口元にスプーンを近づける。


「……屈辱だ……」


 俺がそう呟くと、


「ふふふ、そうでしょう。

 ほら、自分で食べことすらできないあなたに、私が食べさせてあげてるんだから!

 食べなきゃ殺すわよ? 屈辱の味を噛み締めなさい!

 ほらほら、あーん♡」


 エリカが楽しそうに笑って。


「あぁエリカっ、無理やりに食べさせるなんて、そんな破廉恥なことをっ!

 これが立場逆転というヤツですねっ! はぅぅ……!」


 マリリが恥ずかしそうに身を捩らせて。


「さぁクズ勇者、口を開けてください。

 あなたが真実を白状するまで、この拷問は止まりませんよ。

 あなたが人から嫌われることを望むなら、私たちは徹底的にあなたを甘やかしますから!

 もういかなる手も通じません。

 いくら嫌われようと頑張っても無駄です。

 ざんねんでしたね……」


 王女ジェシカが俺を背中から羽交い締めにしながら、俺の耳元で囁いてくる。


 いくら嫌われようと頑張っても無駄……

 そう来たか……

 絶望じゃないか。


「……なぁお前ら、まさか、俺のことが好きなのか?」


 なんてな……冗談だ。

 そんな訳あるかい!

 俺がそんな冗談を口にすると、


「はぁッ!!?」

「んなっ!?」


 マリリとジェシカが、いきなり素っ頓狂な声を上げた。


「そうよ! 好きよっ!」


 そしてエリカは、顔を真っ赤にして叫んで、


「当たり前でしょっ! 好きに決まってるじゃないっ!

 あなたはヒョウロー村を救って、魔王を倒して!

 ウ◯コ仮面を被って、私達のことも助けてくれた!

 そんなの、どんなカッコいいヒーローよっ!

 世界一かっこいい勇者じゃないっ!」


 エリカは叫びながら、ボロボロと大粒の涙を流した。


「わたしは、あなたのことが大好きなのにっ!

 なのにあなたは、嘘ばっかりついて、皆にわざと嫌われて、一人で背負い込んで……

 人知れず森の中で死ぬ所だったのよっ!!

 そんなの、私は許さないっ!

 ……お願い……だから……私たちを頼ってよっ!」


「エリカ……」


 マリリが慌てて、泣きじゃくるエリカの背中をさすった。


「……罪な男ね。勇者……」


 ジェシカが呟いた一言が、耳元に残り続ける。

 俺は、一人じゃ、何もできない。

 俺は……



「……ごめん、エリカ……」


 俺は、一人じゃ、何もできない。


「……ごめん、マリリ、ジェシカ……だまし続けてごめん……」


 俺は失敗した。

 魔王を倒せなかった。

 魔王城に、魔王は居なかった。


「俺には……勇者としての力がある。

 【嫌われヘイト】スキルっていう能力を持ってるんだ……

 えぇと、つまり、”人に嫌われるほど強くなる”スキルを持っている……」


 俺は、白状した。


「「「え?」」」


 3人が驚愕の目で俺を見た。


「だから、わざと嫌われる真似をした。

 そうやって強さを上げたんだ、俺は……

 そして昨日、俺は魔王城に、魔王を倒しに向かった……」


「そういうこと、だったんですね……

 つまり現在のあなたが、身体を動かせないほど弱っている理由は、『国民全員から好感を向けられているから』だ、と」


 マリリが鋭い考察を見せた。


「……マリリの言う通りだ。

 ……俺は失敗した。

 魔王を倒せなかった。

 魔王城に、魔王は居なかったんだ

 結局魔王は見つけられずに、国民の好感が俺に向けられたせいで、

 俺の強さは地の底に堕ちた……」


「「「え!!?」」」


 再び3人が驚愕の声をあげる。


「魔王が居なかった、ですって!?」

「つまり、王都からの報告が間違ってるってこと?」

「魔王城に魔王が居ないなんて、そんな馬鹿な話があるの!?」


「だから……」


 俺は、言葉を繋いでいく。

 確かな意思と覚悟をもって。


「……俺一人じゃこのざまだ。

 手足も動かせないこの状態では、魔王を倒すなんて不可能だ。

 だから、お願いだ。

 ジェシカ、マリリ、エリカ。

 俺に力を貸してくれないか?」


 俺の声は震えていた。

 弱々しくて、不安ばかりで、

 藁にもすがるような思いで飛び出た一言。

 それでも俺は、

 この3人を信じたいと思ったんだ。


「…………ふっ……」


 まず、エリカがニヤリと笑った。


「……当然よっ! この剣聖一位のエリカが、あなたの剣になるわ!」


 エリカはゴシゴシと涙を拭ってから、ぐちゃぐちゃな笑みを浮かべた。


「……そういうことなら仕方ありませんね。

 私も人肌脱ぎましょう……

 ……私があなたの手足となりますわ!」


 マリリは黒いフードをめくりあげて、透き通るようなエメラルドグリーンの長髪と、聖母のような微笑みを見せた。


「……え、えっと、私はっ……

 ……勇者のお嫁さんになるっ!」


 続けてジェシカが、大声で宣言する。


「はぁっ!?」

「なんですってジェシカ!」


 たまらずエリカとマリリが叫ぶ。


「まさかジェシカ! 王女という立場を良いことに、勇者を独り占めする気ですか!?

 見損ないましたわ!」


「……私だって、レジェを心のそこから愛しているわ……」


 マリリが怒り気味に、エリカが不満そうにそう言った。


「……だって……魔王を倒した勇者は王女と結婚するって、昔から決められてるから……」


 マリリとエリカの圧に、ジェシカの語気が萎縮するように弱くなっていく。


 ……え?

 なんか、話がとんでもない方向へ行ってないか?


「……たしかにそうですね……

 ……では、こうしませんか?

 勇者レジェの”正妻”はジェシカ、あなたに譲ります。

 ですが私とエリカは、勇者レジェの”側室”となり、第二第三の妻となる。

 そうすれば全員幸せではないでしょうか?」


 マリリの提案に、二人は、


「……そうね。それならいいわ」


「……私が、正妻でいいんですか?」


 え!??

 ……まてまて!

 それってつまり!


「決まりですね!

 勇者レジェは、私達3人と結婚する、と」


「ちょっと待ったぁぁぁ!!」


 思わず俺は声を張り上げた。


「……え? そんな、急に、3人と結婚だなんて……急展開すぎないか??」


 俺は前世でも、結婚どころか、恋人どころか、友人すら満足につくれない陰キャだったというのに……


「嫌、ですか……?」


 マリリが不安そうな瞳で、俺をうかがってくる。


 え? 待って、マリリもジェシカも俺の事が好きなの!?

 なんで!?

 もう分からないよ!

 三人と結婚だなんて、そんなのっ……!!

 ……いや……なのだろうか? 俺は……

 いや、俺が結婚するなんて、現実味がなさすぎて……


「……嫌、ではない……かも、しれない……」


 俺が曖昧にそう答えると。


「では、決まりですね」 


 マリリに笑顔で可決かけつされてしまった。


「これから私達は、全身不随ぜんしんふずいのあなたを介護していくんですから、結婚ぐらいの見返りはあって当然です!」


 たしかに、ジェシカの主張も一理ある。

 俺はいま、全身不随の障害者だからな。

 誰かの介護無しでは、生きる事すらままならない。


「……無理いはしないから。

 もし私たちのことが嫌いだったら、私たちから離れてくれたって構わないから……

 ふっ、まぁ今のあなたの状態では、満足に逃げることなんて出来ないでしょうけどね!」


 エリカの言う通りだ。

 一人で歩けず、身体を動かせない俺は、

 もうこの3人に養ってもらうしか、生きるすべはないのかもしれない。

 魔王を倒すすべはないのかもしれない。


「……わかった……」


 どうやら、これが俺の運命らしい。

 これが俺の最適解であり、最短距離であり、俺のRTAであると、

 そう、信じてみることにする。


「……ありがとう、みんな……」


 捻くれものだったはずの俺の口から、感謝の言葉が素直に出てきた。


「みんなで、魔王を倒しにいこう」


 不思議な感覚だった。

 心の奥が、じんと温まるような感覚。

 この懐かしい感覚は、何十年ぶりだろうか……?


 RTA開始から、三日目のお昼時。

 魔王ソロ討伐に失敗した俺は、二度目の命を得て、

 3人のヒロインと再会し、勇者パーティを結成した。


「……うんっ!」

「末永くよろしくお願いします♡ダーリン///」

「はいっ!……私達で必ず、魔王を倒しましょう!」


 そして3人と結婚した。

 ……なんで???

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