口封じ
「……なぁロゼリア、一つ聞いてもいいか?」
王宮3階の療養所にて、俺は紫ドレスのモブ女──戦士長ロゼリアに話しかけた。
今の俺は身体も動かせない。指先すらも動かせない。
今の俺に使えるのは、頭と口だけなんだから。
「王都から俺達を迎えにくるのが、やけに早かったと思うんだが、
お前らが王都を出発したのはいつだ?」
ロゼリアは眉をひそめた。
「
”勇者レジェが魔王を倒した”という発表が、国王さまからありました。
私たちは真夜中に起こされ、勇者の迎えを命令されたのですが……
どうしてそんな事を……?」
「いや……気になってな。
しかし……”千里眼の預言者”の力は驚異的だな。
俺が魔王を倒したのも、一昨日の午前0時前後だったはずだ……
瞬時に遠くに情報を伝えられないこの世界では、さぞ重宝されるんだろうな」
ロゼリアは、不思議そうに首をかしげた。
「……勇者レジェ。
貴方が召喚前に暮らしていた世界では、そんな魔法が存在するんですか?」
「あぁ、魔法じゃなくて科学だがな。
電話、スマートフォン、インターネット……
世界の全人類が、遠距離でコミュニケーションが取れる世界だったよ」
「……なるほど、それは夢の世界ですね……」
「別に……普通の世界だよ」
ロゼリアは感心顔で目を輝かせていた。
さて、
第2問だ。
「もう一つ気になっていたんだが、ロゼリア……
どうやって俺達の居場所を特定したんだ?
俺達が森の中のあの施設で一泊していることに、どうやって気がついた?」
そう、ずっと違和感があった。
森の中の廃れた旧前線基地。
どうやって、俺達がそこに居ると知ったんだ?
もちろん、痕跡はある、
大きな川からあの施設までは、俺達の足跡が残っているはずだ。
大きな川にはまだ、エリカが倒した魔王軍四天王、”洪水”のウラベルの死骸が浮かんでいるだろう……
しかし、ロゼリアたちが来た方向は、あの川ではない。
ぜんぜん違う方角。
北に通じる舗装された道路から、ロゼリア達は俺達を迎えに来た。
つまり、俺達の足跡やウラベルの死骸は、見ていないことになる。
ノーヒントで辿りついたのか?
「先程答えたはずですが……?
”千里眼の預言者”ですよ。
国王さまの口づてに、旧最前基地に向かうことを命令されたんです」
ロゼリアは言った。
「……それはおかしいな。
ロゼリア達が王都を出発したのは、一昨日の早朝だったはずだ。
その時の俺は、魔王を倒してヒョウロー村に帰ろうと、川沿いに森を走っていたはずだ……
俺達があの施設に向かったのは、一昨日の夕方遅くだ。
……つまり千里眼の預言者は、俺がジェシカたちと合流して、あの施設に向かうという”未来”を見ていたことになる……
”千里眼の預言者”は、未来も見ることが出来るのか?」
「えぇ、おっしゃる通りですよ」
ロゼリアは答えた。
「”千里眼の予言者”は、稀に未来の景色を見ることができます。
9年前の魔王軍の襲撃も、7年前の襲撃も、
予言の力は、魔王軍の現れる場所をあらかじめ予言しました。
”千里眼の預言者”は、近い未来を見ることも可能なんです」
「へぇ、やけに”千里眼の預言者”に詳しいんだなぁ、ロゼリアさん?」
ロゼリアは、表情を消した。
「……お前なんだろう? ”千里眼の預言者”は……」
「何を言っている?」
「……エリカもジェシカもマリリも、”千里眼の預言者”に未来視能力があるなんて知らなかったぜ?
千里眼の預言者は、”未来視”なんて出来ないんだろう?
そもそも、”千里眼”すらも疑わしいけどな……
お前が”千里眼の預言者”なら辻褄があうんだよ。
なんらかの方法で、俺達の位置が”見えて”いたんだろう?」
ロゼリアはうなだれた。
その表情は見えない。
「は……はは……ふくくくく……
あはははははははははははははははぁぁぁあっ!!!
さすがだよ名探偵くん!!
勇者より探偵のほうが向いているんじゃないか!!?」
ロゼリアが、壊れた……
「あぁそうさ、その通りさ!
私が”千里眼の預言者”さ!
そして、この私こそが、お前の宿敵!!
この世界に終焉をもたらし、悪神タナトスを導く神の使者!!
”魔王”である!」
ロゼリアは高らかに宣言した。
私が魔王だと。
この世界に終焉をもたらす存在であると。
魔王ロゼリアは、赤く輝いた瞳で俺を覗き込んだ。
「上手でしょう? 私の擬態……
魔王の気配を消して、人間そっくりに化けていたのよ……
この15年間、誰にも気づかれたことはないわ……」
動けない俺の唇を、ゆっくりと指先でなぞられる。
「……でも、さすがは勇者ね……
私を見つけてくれてありがとう……
私はあなたを、すごく気に入っているのよ……
立派なオ・ト・コ♡」
「臭い息を吐くなブス女。
俺はお前が大嫌いだ」
魔王ロゼリアの表情が消えた。
そして、その冷たい両手を、俺の首元へとあてがった。
「口には気をつけることね。レジェ……
今のあなたのレベルはぶっちぎりで世界最弱。
普通の人間なら、とっくに死んでいる状態のハズだけど?
……まだ生きているのは、”女神の加護”のお陰かしら?」
「さぁ、どうだろうな」
「……大きな声を出しても無駄よ。
近くに私たち二人以外の気配はないから……
まぁ、今のあなたの状態では、まともな大声は出せないでしょうけどね……」
ロゼリアは不快な顔つきで、俺の首を撫で回し続ける。
「それも、千里眼ってヤツで分かるのか?」
「そういうことよ。
もう、あなたに勝ち目なんてないわ。
……殺す価値もない」
「悔しいがその通りだな。
”千里眼”なんてチート持ち相手に、この状況がひっくり返せるとは思えねぇ……
降参だぜ魔王さま。
煮るなり焼くなり好きにしろよ……」
ロゼリアはにやりと笑った。
「ふふふ、物わかりのいい子ね勇者レジェ……
でも、私はあなたを気に入っているから……
まだ殺すのはもったいないわ……
……私はあなたを評価しているのよ勇者……
魔王城に乗り込んだときの、最強状態のあなたには、さすがの私も敵わない……
もし私があのとき魔王城に居れば、私もあのハリボテと同じく、真っ二つに斬られていたでしょうね……
惜しかったですよ勇者……
私の頭が良すぎただけです。仕方ありませんよ……」
「…………」
「……あぁ、レジェ、私はあなたが好きです。
あなたならまさか、私を追い詰め殺されてしまうのではないかとヒヤヒヤしました。
楽しかったですよ勇者……」
ロゼリアは、慈しむ目で俺の頭を撫でた。
「……だから貴方には、この世界の終焉を見届けて欲しいんです。
5日後……天神大祭の日。
王宮から打ち上がる花火を利用して、私は世界を滅ぼします。
貴方には私の隣で、私と二人きりで、世界の終焉を見届けて欲しいんです……
あなたは世界で唯一、私の隣に立つ資格のある男です」
ロゼリアは、顔を赤らめて、俺の両足に足を絡めてくる。
「断る。
俺の隣には、もっとふさわしい女が三人もいるんでな」
「……王女ジェシカ、剣聖エリカ、聖女マリリですか……
さすが、モテる男は違いますね……」
「だまれブス女」
「……あら怖い。
……5日後の花火とともに、この世界の人類は滅びます。
花火玉のなかに、”毒霧”という、私が開発した毒を入れるんです。
”毒霧”を詰め込んだ花火玉は、強化した大砲で、国じゅうに打ち上げられて、全ての主要都市の上空で爆発します。
”毒霧”は勢いよく広がり、地上を覆い尽くし、全人類を一瞬にして死滅させます。
治療法はありません。
聖女マリリですら解毒出来ないことは、国王の身体で検証済みです……」
「…………国王?」
「そして、あなたと同じですよ。
この世界の
死の怨念、恨み、怒り……
大量虐殺によって生み出された大量の”負の感情”を利用して、
”悪神”タナトスさまを、この世界に召喚するのです!!」
「頭おかしいんじゃねぇの?」
「あなたには、この世界の終焉を見届けてほしいんです……
だから、あなたを殺したりなんかしません。
そしてこれは、あなたと私の、”誓いの証”です」
ロゼリアは、俺の寝るベットの上に覆いかぶさり、まっすぐに俺を見つめて、
顔を、俺に近づけてきた。
「お、おい、おい……待てコノヤロ……んんっ!」
唇が落とされる。
唾液が絡み合う。
このキス魔め!!
淫乱女がっ!!
「んっ……んんっ……えぉっ……」
ロゼリアの舌が、俺の口内に忍び込んでくる。
少しピリピリと、危険な味……
あぁ、最悪だ。
甘ったるくて、飲み込まれそうで……
「ふふ……んん……」
ロゼリアは、ゆっくりと唇を離した。
唾液がたらんと糸を引く。
「……口封じです……」
ロゼリアは口を手で拭い、いやらしい笑みを浮かべた。
なんのつもりだ? え……??
あれ……??
「あなたから声を奪いました。
声帯に細工をしたんですよ。
あなたはもう、言葉を話すことはできません……」
なん、だと……??
「ふふ、間抜けな顔、可愛いわ……
身体の自由を封じられて、口まで封じられて……
可哀想に……勇者レジェ……
あなたはもう、本当に、何もできません……
ふふ……せいぜい自分の無力さを噛み締めながら、最後の5日間を楽しんでください、ね?? ふふふ……」
ロゼリアは呆気に取られる俺を、余裕の笑みで見おろすのだった。
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