国王の娘ジェシカ


「”千里眼の予言者”、か……」


 私の父――マナ王国国王"ジラード・マナトフィア"は、気まずそうに目を逸らした。


「……どうしてそんな事を聞くんだい?」


「……逆に聞きます。なぜ教えてくれないんですか?」


 王女の私は問い詰める。


「……例えジェシカでも、駄目なんだ……

 ”千里眼の預言者”の正体は教えられない。

 それが……出会った最初に、交わした約束なんだ」


「教えて下さい!」


 私は声を荒げた。


「……”千里眼の預言者”が、魔王と内通している可能性があるんですっ!」


「何を言っているんだ? ジェシカ?」


「……勇者レジェが言っていました。魔王が実は倒れていなかったと!」


「なに?」


 父さんの目が、大きく見開いた。


「……勇者レジェいはく、魔王城に魔王は居なかった!

 魔王のかたちをしたハリボテしかなかったんです。

 ……つまり、魔王はまだ死んでません!」


「……そんなバカな……冗談だろう?

 彼女が嘘を言ったというのか……?

 そんなハズはない……

 彼女の千里眼は、今まで何度も魔王の襲撃を予見し、防いできた……

 ジェシカお前は、”千里眼”を信じないと言うのか?」


「彼女?? 女の人なんですか?」


「……え?」


 国王は明らかに動揺した声を上げた。


「……まぁ性別なんて些細な事です。

 ……教えてください、お父さま。

 勇者レジェの言葉を信じるならば、千里眼の預言者は嘘をついたことになります……」


「ジェシカお前は、これまで何度も国の危機を救ってくれた”千里眼の預言者”よりも、あの頭のおかしい勇者のことを信じるのか??」


「……………」


「勇者召喚直後に、私の顔面にケーキを投げつけ。

 大切な娘であるジェシカ、お前を誘拐した破天荒なあの男の言葉を……信じろというのか?」


「……それは……」


 私は言葉に詰まった。

 レジェの【嫌われ】スキルの事は言えない……

 ……もう一度、レジェの好感度をひっくり返すために……

 【嫌われ】スキルの存在は、広めるわけにはいかないのだ。

 ましてや、敵か味方かわからないお父さまに、伝えるわけにはいかない。


「……いいかいジェシカ。レジェは確かに魔王を倒した。

 しかし、あの男は、性格にはかなりの難がある……」


 父さまが難しそうな顔をする。


「……勇者が王女と結婚するのは、この国の決まりだ。

 さきほど結婚式もあげた。

 ……でももし、お前が望むなら、

 この結婚を無かったことにすることもできる……」


 お父さまが、私の両肩に手をおいた。


「……私は不安なのだ……

 私が死んだあと、お前がちゃんと幸せになれるのか……

 だから、どうなんだ?

 お前は、勇者レジェのことをどう思っている?」


「私は、勇者レジェさまを信頼し、心の底から愛しています!

 まだ生きている”魔王”を倒せるのは、勇者レジェしか居ません!」


 お父さまに面と向かって叫んだのは、何年ぶりだろうか?


「お父さま、ヒョウロー村を知っていますか?

 西の最前線基地の、エルフや獣族を収容した施設です!!」


 今度は私が、お父さまの胸ぐらを掴んだ。


「そこでは、エルフや獣族たちが捕まって、ボロボロの服装で働かされていました!

 ……あの施設はお父さまの命令なんですか!?

 答えてくださいっ!!」


「……あの施設を作ったのは、120年前、私の祖父だ。

 エルフや獣族との戦争に、マナ王国が勝利した後、

 捕虜としたエルフや獣族を、あの施設に閉じ込めて、魔王軍と戦う戦力を作り出したのだ……」


「見損ないましたわ父さまっ!!」


 私は右手で、お父さまの頬に平手打ちした。


 バチィィン!


 寝室に乾いた音が鳴り響く。


「……どうして止めなかったんですか!? 国王という権力を持っているくせにっ!!

 あの惨状をとめる力を持っていながら、どうして見てみぬふりをしたんですかっ!!

 ……エリカの友だちや、お爺さまが死んだのは、父さまのせいだったんですねっ!!」


 ギリリと拳の握りしめる。

 父の身体が床に倒れた。

 私は父の身体に覆いかぶさる。


「……教えてくださいっ!! 千里眼の預言者の正体をっ!!

 ……このままでは、魔王に世界は滅ばされます!!

 ……教えて下さいっ!!!」


 心底見損なった。

 こんな奴が私の父だったなんて、心底恥ずかしい。

 エリカに見せる顔がない。

 私は再び平手打ちをかまそうとして……


「ゴホッ、ガハッ……オェッ……」


 父が、口から血を吐いた……


「……え??」


 私の手のひらは、振り上げたまま。

 私の身体は硬直した。


「ゴホ……ゴホ……ゲホ……」


 お父さまが、苦しそうに血を吐いていた……


「……だ、だいじょうぶ……ですか??」


 一気に身体が冷えていく。

 これは……何だ……


「……ちょっと、どいてくれないか??」


 父の言葉に、私は思考停止しながら、父の身体の上からどいた。

 父は、ふらふらと立ち上がった。


「……原因不明の病気だそうだ……ここ最近ひどくなってな……」


 お父さまが、おぼつかない足取りで机に向かう……


「……そう、なんですか……」


 私は、呆然としたまま返事した。


「……私の命は、もう長くないのかもしれない……」


「…………」


 お父さまは、机の引き出しから粉薬らしきものを出して飲み込んだ。


「……千里眼の預言者については、私の口からは言えない……

 だが、まぁ、お前もよく知っている人物だ。

 ……これ以上は、言えない……」


「そう……ですか……」


 私のよく知っている人物……といえば限られる。

 私は王室からでる機会はほとんどないから……

 この王宮に出入りする者たちに限られるだろう。


 コンコン。


 そんな時、この部屋の扉がノックされた。


「私よ。入ってもいいかしら?」


 これは、お母様の声だ。

 私のお母さま。

 つまりマナ王国現王妃。

 "リリシア・マナトフィア"である。


「……リリシアか。ああ、入れ」


 お父さまの返事を聞いて、ガチャリと部屋の扉があいた。


「……ジラード!? 大丈夫?」


 部屋に入るなり、母は父ジラードに声をかけた。

 そして、私と目が合った。


「……ジェシカまでここに…… 何かあったの?」


 お母さまは驚いたような顔をした。

 私の乱れた衣服と髪、そして床に落ちたお父さまの血……


「お父さまが病気というのは、本当なんですか?」


 私は、お母様に尋ねた。

 お母さまは、暗い顔で答えた。


「えぇ……一週間ほど前だったかしら……

 何度も吐血が繰り返し始めて……

 大聖女さまに尋ねても、見たことがない症状だと言われたのよ」

 

「マリリでも、治せなかったんですか?」


「……進行を抑制することは可能だと言われて、薬を処方して貰ったのだけれど……」


「なるほど……」


 やっぱり、マリリは凄いな。


「……ジラードに残された時間は、もう長くないのかもしれないわ……」


 その言葉に、私の頭は真っ白になった。

 心臓が早鐘を打つ。

 ……いまだ信じられない。

 お父さまが、死ぬだなんて、現実味がなさすぎて……


「……ジェシカ、お願いがあります……」


「……はい……母さま……」


 母は、真剣な顔で私に迫ってきた。


「……勇者レジェと子供を作ってください」


「え??」


「……勇者レジェと性交し、妊娠して出産するのです。

 分かりますね!?」


「ふ、ふぇぇ!? な、なにを言ってるの母さま……??」


 私は顔を真っ赤にして混乱していた。


「ジラードが……お父さまが亡くなる前に、孫の姿を見せてあげだいじゃありませんか、ジェシカ……」


「……あ」


 お母さまの言葉に、私は心臓が張り裂けそうになった。


「おい待て待て、私はまだ認めたつもりはないぞ!

 あのレジェとかいう無茶苦茶な男に、ジェシカを幸せにできるとは思えん!!」


 お父さまが声を荒げた。


「なに言ってるんですか! 魔王を倒して世界を救った勇者ですよ!?

 この世であの男以上に素晴らしい男が居ますか?

 それにもう、結婚式はすんでいます!」


 お母さま、よく分かってるじゃん。

 そうよ、レジェは世界一カッコ良いんだから!


「さぁ、ジェシカ、子作りなさい!

 勇者レジェは身動きが取れないのでしょう?

 寝込みを襲えば抵抗できません!」


「そんなことしないよっ!」


「下着の準備は大丈夫ですか?

 もし困っているのなら、私の部屋のクローゼットから好きなものを取っても構いません!!

 白から黒、可愛らしいものから大人っぽいものまで何でも揃っていますよ!?

 ジェシカはやはり、お嬢様らしい清楚な下着が似合いますかね!?

 いや、いやらしい下着でギャップ萌えを狙うべきかもしれません……」


「よ、余計なお世話よっ!!!」


 ……私はたまらず叫んだ。


「……私はもう寝ます! おやすみなさいっ! さようならっ!!」


 そして扉に向かって走り出して、廊下へ飛びだした。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 いつも冷静沈着なお母さまが、あんなにハイテンションになる姿は、初めて見たかもしれない……


 私の下着のことなんて放っておいてよっ!

 ほんとに、余計なお世話……

 あぁもう最悪よ!

 やだやだやだっ!!


 ……結局、”千里眼の預言者”について、父さまは口を割らなかった。

 でも、ヒントはくれた。

 私がよく知っている人だって……

 まぁ、それが嘘かもしれないけれど……


 ……はぁ、今日は王都に帰ってから、歩き回ってばっかりだ。

 パレードに表彰式に結婚式に……

 どれだけ行事を詰め込むんだってぐらいのハードスケジュール……


 まぁ、タイミング的に仕方がないのかもしれないとも思う。


 もう5日後には、年に一度の大きなお祭り、”天神大祭”が控えているから……

 勇者関連の行事は、早いこと済ませておきたいのだろう。


 ”天神大祭”というのは、この世界を守る女神さまを讃えるお祭りだ。

 この世界に勇者を導いてくれるとされる、女神メスティア。

 彼女の奇跡と神秘に感謝し、讃歌を捧げる祭日である。


 お祭りの最後には、王宮から無数の花火があがる。


 その花火を二人きりで眺めた男女は、生涯永遠の愛で結ばれる、なんて噂も有名だ。


 今年は、レジェと二人きりで観たいな。

 ……いやいや、エリカとマリリを差し置いて、そんなことは出来ないか……

 ただでさえ私は、結婚で抜け駆けをしているのに……


《魔王を倒すまでは、レジェはジェシカと結婚すること。

 エリカとマリリは、レジェへの好意を周囲に隠し、普段通りに振る舞うこと》


 というのが、四人の間で決めた方針だから。


 ……そういえば忙しすぎて忘れていたけど、今日って結婚初夜なのよね……


 色々ありすぎて、あの結婚式が、何日も前のことような気がしてくる。


 ……………


 ………


「……下着、替えてきたほうがいいかな……?」


 私は下の服を確認しながら、

 ふわふわした足取りで、レジェの寝室を目指した。

 


ーーーーー

★メモ★


 マナ王国国王"ジラード・マナトフィア"

 マナ王国王妃"リリシア・マナトフィア"

 マナ王国王女"ジェシカ・マナトフィア


 ※ジェシカは一人娘。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る