勇者と王女の結婚式


 割れんばかりの大歓声で耳が痛い。

 俺は今、車椅子に座っている。


 車椅子を押してくれるのは、俺の嫁①剣聖エリカである。


「……では、王女ジェシカ・マナトフィア様……

 そして、勇者レジェ様……

 病めるときも健やかなるときも、悲しみのときも苦しいときも、

 互いを愛し、共に支え合い、命ある限り心を尽くすことを誓いますか?」


 紺と金の修道服で、粛々と”誓いの言葉”を読み上げるのは、

 俺の嫁②聖女マリリである。


「「……はい、誓います」」


 目の前に立つ俺の嫁③王女ジェシカと、俺の声が重なった。

 王女ジェシカは真っ白なウエディングドレスと美しい化粧で

 その唇は、うるわしい口紅を湿らせた。


「うわぁあああああ!!」

「ひゅーーーー!!」

「おめでとう王女さまーっ!」

「勇者レジェさまーーっ!!」


 広場に集まった群衆は、たちまちに黄色い大歓声と、割れんばかりの拍手を浴びせる。

 うるさい耳が痛い。


 ちらりと横を見れば、ジェシカの両親。

 俺が5日前にケーキをスパーキングした国王と、その時腰を抜かした王妃が、満足そうな表情で俺たちを見上げていた。


「………それでは……誓いのキスを……」


 俺達のあいだに立つ神父――聖女マリリが、そんな言葉で促した。

 目の前のウエディングドレスのジェシカは、顔を真っ赤に染めながら、こくりとつばを飲み込んで……


「レジェ……好きよ……」


 俺にしか聞こえない声で呟くと、膝を曲げて中腰になり、

 車椅子に乗っている俺の両頬を、両手で優しくとらえると……

 そのまま顔を近づけてきて……


 ちゅ……


 俺達は、王宮前の広場で、公衆の面前で……

 恥ずかしながらもキスを交わした。


「ひゅーーー!!!」

「おめでとう――!!」

「お幸せにーーっ!!」


 大歓声、拍手喝采。

 魔王を倒した勇者と、国を代表する王女の結婚式。

 誓いのキスの瞬間、広場のボルテージは最高潮になった。


「……魔王を倒してくれてありがとうーー!!」

「……あの勇者は魔王との戦いで、身体が動かなくなったらしいぞ……」

「……本当にあの勇者さまはすげぇ。

 男の中の男だぜ……

 王女さまと幸せになれよぉ!!!」


 聞き耳を立てても、俺に対する好感の声しか聞こえない。

 まったく反吐がでる。

 お前たち国民の好感のせいで、俺の身体は動けなくなっているというのに……


 はぁ、疲れた。

 2日かけて王都までたどり着いたと思いきや、凱旋パレードに勇者の受賞式、祝賀パーティ……

 そして今、王女ジェシカとの結婚式を行っている。


 いつまでパーティーをすればいいんだ。

 いいかげん休ませてくれ……

 ……


 ずっと大歓声を聞いていると、なんだか頭がチリチリと痛くなってくる。

 気分が悪い。

 すでにどん底のレベルが、さらに削れていく感覚がした。

 

 ……あ、だめだ……

 視界がぼやけた。

 意識が…遠のいて……


「……レジェ? レジェ!?」


 ジェシカが驚き、俺を心配する声がする。


「……勇者さま!? どうされたんですか??」


 マリリの声が聞こえる。

 

「……大丈夫よ。息は止まってない……」


 そんなエリカの声が、やけに遠くから聞こえた気がして……

 俺は意識を手放した。


 ………………


 …………


 ……




★★★




 目を開けると……

 そこには、俺を覗き込む顔があった。


「……レジェ? 目が覚めた??」


 これはエリカの声だ。

 エリカが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「……勇者レジェさま、申し訳ありませんでした」


 この声は、誰だっけ?


「……5日後に"天神大祭"が控えているとしても……

 勇者さまの体調を考慮せず、過密なスケジュールを立ててしまったことを、戦士長の私からお詫びさせてください……」


 あぁそうか。これはあのモブ女。

 戦士長ロゼリアの声か。


「……レジェはね、結婚式のときに倒れたのよ……

 ここは王宮三階の療養室よ。

 ……あれから三時間ぐらい、ずっと目が覚めなかったんだから……」


 エリカが少し涙目で、安心したような顔をした。


「……ずっと看病してくれてたのか? ありがとうエリカ……」


「……ううん、私だけじゃなくて、

 マリリも交代で面倒を見てたの……

 あの後の行事は、勇者なしで、私たちだけで進めたから……

 本当に大変だったのよ……」


 剣聖エリカが、疲れたようなため息を吐いた。


「……今頃は、大聖堂で祈りの儀式を行っている頃だと思うけど、

 マリリもジェシカも、たぶんそこに居るわ」


 ……エリカは、俺の身体を優しく撫でながら言った。


「そうか、大変だったんだな。お疲れエリカ」


 俺は、そんなエリカに笑いかける。


「うん……」


 俺を撫でていたエリカの手が、ふっと止まった。


「……エリカ?」


 エリカはじっと黙って、俺を見つめて……


 …………


 ふっと顔を近づけて、俺の唇にキスをした。

 

 ちゅぅぅ……


 お、おいおい待て待て!

 すぐそばには戦士長さんが居ますよっ!?

 モブ女に見られちゃってますよっ!!


「……………」


 長い長いキス……

 何度も何度も唇を重ねて……

 俺は……


「…………」


 ふっと、唇が離れる。

 唾液が糸のように引いて、俺の口のなかに流れ落ちる。


「……じゃあねレジェ! 

 レジェが目を覚ましたって、マリリやジェシカに伝えてくるわ!

 ロゼリア様っ! しばらく離れます!

 一時間くらいで戻れると思いますが、

 しばらく勇者レジェの面倒を見ててくれませんか?」


「は、はいエリカ殿。分かりました……」


 元気に飛び出していくエリカに、ロゼリアは慌て気味に返事した。

 エリカが居なくなって、療養所はシーンと静かになった。


 今この部屋には、俺と戦士長ロゼリアの二人きりだ……

 気まずい……


「……エリカ殿があんな風に笑っているのは、はじめてみました……

 勇者レジェ殿……あなたはやはり、勇者なのですね……」


 戦士長ロゼリアが、しみじみとそう言った。


「いや、俺はそんなにたいした男じゃねぇよ……

 勇者なんて似合わない……ただの引きこもり弱小男性だ……」


「魔王を倒した勇者様が、いったい何をおっしゃいますか……

 あなたが勇者で、本当に良かった。

 世界を救うのは、あなたのように頭のおかしくて、心の優しい人間なのでしょう……」


 世界を救うか……笑わせるな。

 俺は前世で世界を救うどころか、自分の部屋からすら一歩も出られなかった男だ。

 万年引きこもりニートの、ゲームが得意なオタクだ。

 

「……だと良いな」


 俺は、勇者になれるだろうか?

 勇者にふさわしいだろうか?

 魔王討伐に失敗して、レベルをどん底まで落とした俺でも、

 戦うどころか、食事や移動、入浴や排泄すら人の助けを借りなければいけない今の俺に、

 魔王なんて倒せるのだろうか?


「……なぁロゼリア、一つ聞いてもいいか?」


 俺が動かせるのは、口だけだ。




★★★




―王女ジェシカ視点―


「ふぅ……」


 自分の部屋に入って、扉を閉めて、

 どっと疲れが押し寄せてきた。

 そのままフラフラとおぼつかない足で、ベットまで行ってダイブした。


「……んんぅ……おちつく……」


 5日ぶりの自室。王女の部屋。

 ホコリ一つないフローロリングに、ふかふかのベッド、うさぎのぬいぐるみ、大きなシャンデリアランプ。

 やはり自分の部屋が一番落ち着く……


 この5日間、たくさんの事があった。

 勇者に誘拐されて、マリリやエリカに酷い暴言を吐いて、

 そして反省した。

 自分がどれだけお子ちゃまなのか気付いた。


 立派なマリリやエリカに比べて、私はお子ちゃまだ。

 ただ贅沢に毎日を過ごし、何も成さず、成長もせず……

 肩書き以外に何もない人間だった。


 私の目には、マリリやエリカは輝いて見えた。

 自分で考えて、自分で動き。その優しさと思いやりで人を助ける。

 もちろん勇者レジェも同じだ。

 すごくカッコいい。

 あの四人の中で、私だけが、まだまだ未熟でお子ちゃまなんだ……

 


「…………」


 さぁ、立とう。

 今までの私なら、このままベットで寝ていたけれど。

 私は、変わりたい。


 周りの人に守られているばかりの私じゃ、エリカやマリリの隣には立てない。

 レジェのお嫁さんではいられない。

 

 自分から動くんだ。

 部屋を出て、廊下を歩いて、

 大きな扉をノックした。


 コンコンコン。


「お父様、お部屋にございますか?

 ジェシカです。

 お時間よろしいでしょうか?」


「あぁ、入っておいで」


 ガチャリ、とドアを開ける。

 お父様、国王様の寝室。

 お父様が心から信頼している者しか入れない部屋。


「……ジェシカ。

 短いあいだに、ずいぶん立派になったね。

 私も、お前と、ゆっくり話したいと思っていたんだ……」


 ゆったりとした声色。優しい顔つき。

 私のお父さんは、神様みたいな優しい顔をする。

 私は、その穏やかな雰囲気に飲み込まれないように、ぎゅっと拳を握りしめて、息をゆっくりと吐いた。


 ……怖い……

 ……身体が震える、

 ……心臓が痛い、呼吸が乱れる……

 ……でも、私はっ……!


「……お父様。単刀直入に聞きます。

 "千里眼の預言者”について、私に教えてください」


「………!」


 私の言葉に、父の目は大きく見開かれた。

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