結婚式前夜


 RTA開始から四日目の夜。

 馬に乗った俺達は、舗装された道を馬で走り、

 日暮れとともに、ボルザークという街に宿を借りた。


 ボルザークの街は、夜も活気にあふれていて、

 夜がふけた今もなお、遠くのほうで祭り囃子が聞こえてくる。


「……お祭り騒ぎね……」


 ベットに腰掛けた剣聖エリカが、窓の外を眺めながら呟いた。


「なにせ魔王が死んだんですから、国民みんな大喜びですよ」


 聖女マリリが、衣服を畳みながら言った。


「実は死んでないんだけどね……魔王」


 王女ジェシカが投げやりな口調で言った。


「ふぁぁぁ、明日から大変ですよぉぉ。

 凱旋パレード、勇者表彰式、会食会……

 そして、レジェとジェシカの結婚式っ……!!

 ……大聖女の私は、婚姻の誓いにおける"神父"の仕事を任されているので……

 なんだか複雑な気持ちです」


「そうね……国民みんなの前で結婚を祝ってもらえるなんて、羨ましいわよジェシカ。

 私は剣聖一位として、力を失った勇者の護衛および、車椅子を押す仕事を任されているから……」


「……ご、ごめんなさい。マリリ、エリカ……

 私が王女なので、抜け駆けするみたいになってしまって……」


 今日はこの街で一夜を明かして、明日の朝、再び王都に向けて出発する。

 明日の昼前に王都についたら、凱旋パレードやら会食やら表彰式、結婚式と、行事が盛りだくさん。

 休む暇も与えてくれないらしい。


「……まぁいいじゃないか。新郎新婦と神父と護衛、壇上で四人で集まれるんだから……」


 俺は、そんな風に言った。


「俺は、ジェシカ、エリカ、マリリ。

 三人を同じくらい心の底から愛してる。

 三人に優劣なんてない。

 みんなそれぞれ可愛くて、魅力的で、違うタイプのエロさがあるからな……」


 俺がハーレム主人公特有の最低なセリフを吐いた。


「はぁッ!? ななななによ急にっ!」

「な、ななっ……何を言ってるんですかっ!?」

「愛してるだなんてっ……! 私も好きですっ……」


 三人は顔を真っ赤にして動揺していた。


「……ふふっ。

 あぁ、お前らは本当に可愛いよ。

 俺を好きになってくれてありがとうな。

 俺は本当に幸せ者だ……

 ……絶対にみんなのことを、幸せにするから……」


「も、もうやめてぇ……死んじゃうぅ!! 幸せすぎて死んじゃうからぁあ!!」


 エリカが叫び悶えながら、両手で俺の口を塞いでくる。


「……レジェ、あなたらしくありませんね…… 今日はやけに素直です……

 私たちを誘ってるんですか?」


 マリリが俺の方に身を寄せて、太ももをつつぅと撫であげてくる。


「……ねぇ、レジェ。昨日みたいに、襲ってもいいかな??」


 俺を背中から抱きしめるジェシカが、甘ったるい吐息を吐いた。



 バァァァン!!!


 その瞬間。

 個室の扉が勢いよく開いた。


「うるさいですよ剣聖エリカッ!!!」


 そう大声を上げて、俺の寝室に入って来たのは、

 あのモブ女――改め"戦士長ロゼリア"だった。


「なっ!!」


 そしてロゼリア、目を見開く。

 目を疑うとは、まさに今のロゼリアの表情だろう。


「な、ななっ……なっ!!?」


 扉を開けた戦場長ロゼリアの視界に写ったのは、とんでもない光景だった。

 王女ジェシカに背中を抱かれて、剣聖エリカに顔を迫られながら、聖女マリリに太ももに跨がられた男。

 三人を侍らせるハーレム勇者。

 すなわち俺だ。勇者レジェだ。


「……け、剣聖エリカ殿っ、そして王女様、聖女様っ……

 大きな声は控えてください、眠れませんので……

 ……そ、それに、そういうことは、人目をはばかってするものでしょう……

 明日も早いんですから……早くお休みになってください……」


 明らかに弱々しい声で、動揺しているロゼリアだった。


「す、すみませんでしたっ!」


 エリカが慌てて、深々と頭を下げた。


「す、すぐに自室に戻ります。

 ロゼリア様もどうか、今見たことは内密にしてくださいませっ!」


 エリカはあたふたとベットから飛び降りながら、この部屋に持ち込んだ小物を片付けていた。


「待って、エリカ……」


 そんなエリカを、俺は呼び止めた。


「ロゼリア。もう大きな音は立てないから、もう少しだけ、この三人と話していいか?」


 そして、ロゼリアに尋ねた。


「……お、大きな音を立てないなら、問題ないかと思います……

 みなさま……おやすみなさいませ……」


 ロゼリアは、青ざめた顔で、ゆっくりと扉を締めたとたん、

 バタバタと足音を立てて逃げていった。


「……レジェ? 何か話があるの?」


 エリカがふっと俺を振り返る。


「あぁ、気になったことがあるんだ。

 この王都までの帰り道の話だ……

 どうして回り道なんかしてるんだ?

 ヒョウロー村を通るルートの方が、最短距離のハズだが……

 わざわざ遠回りして、こんな街に来なくても……」


 そう。

 実はこの帰り道、ヒョウロー村は経由していない。

 一直線ではなく、ぐるりと北から回り込むような遠回りで王都を目指している。

 なんで?


「……なんだそんなことですか。簡単な話ですよ……」


 聖女マリリが口を開いた。


「あなたみたい森林を突っ切って、川を飛び越えて、崖を駆け上がり、道なき道を進める"馬"が居ると思いますか?」


 …………


「たしかに」


 心底納得した。

 俺は最短距離で森を突っ切って、川を飛び越え、身体能力を駆使して突進できたけど。

 普通の馬なら、障害物だらけの森を素早く駆け抜けるのは無理があるな。


「……思い出したくないわね。レジェに抱かれて何時間も走り続けて、ずっと吐きそうだったわ……」


「私にとってもトラウマです……おもらしをしたまま濡れたドレスで誘拐されて、

 王女としてのプライドを粉々に砕かれました……」


「その件は本当にスマン」


 魔王討伐RTAのために一生懸命だったんです。すいません。


「私たちに話したいことって、それだけ?」


 エリカが尋ねてくる。


「……あ、あぁ……」


 俺は曖昧に答えた。


「……話はそれだけだが。なんだろう、何か違和感を感じたんだ。……ひっかかる……」


 深く考えてみる。

 何かおかしいと思ったんだ。違和感を感じたんだ。

 なんだったけ?

 ……だめだ……よくわからない……


「……話はまた明日にしましょうか」


「……あぁ、そうしよう」


 マリリの提案で、俺達は話を切り上げた。

 エリカやジェシカが荷物をまとめて、この部屋から出ていった。

 マリリがフッと息を吹きかけて、ランプの灯りを消した。


「……さぁ、レジェ、一緒に寝ましょうか……」


 聖女マリリは、暗闇でも分かるくらい赤く火照った顔で、両手で包み込むように俺の手を握った。

 この部屋は、聖女マリリの個室である。

 トイレや食事や給水すら一人で出来ない俺の、介護係のマリリである。


「あぁ……」


 そして、俺はマリリと同じ布団に入った。




★★★




 次の日――5日目。

 あたりは大歓声に包まれていた。

 時は昼下がり、集まった民衆たちは歓声を上げて、主役の登場を今か今かと待っている。


「さぁ、それでは、新郎新婦の入場です!!」


 わぁぁぁあああああっ!!


 と黄色い大歓声が、地響きのように鳴り響く。

 うるさい耳が痛い。

 俺は、車椅子に乗ってカラカラと進みはじめる。


 マナ王国王都中央部、王宮前広場にて、


 新郎:勇者レジェ 新婦:王女ジェシカ・マナトフィア


 護衛:剣聖エリカ 神父:聖女マリリ・シャンデリネ


 結婚式が幕をあける。

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