四日目〜
千里眼の預言者
「……ひとつ、気になっていることがあるんだ」
静まった夜の寝室のなかで、俺はずっと引っかかっていたことを口に出した。
俺がずっと抱えていた違和感。
頭の中で幾ら考えても合点のいかない、不可解な点。
「……俺が魔王を倒したってデマを、いったい誰が国中に流したんだ?」
その瞬間、まどろんでいた寝室の空気が、一瞬で緊迫した。
「……タイミングも早すぎる。
俺のレベルが下がり始めたのは、魔王城で魔王を見つけられず、ヒョウロー村へ帰ろうと走り出した直後だった。
王都から魔王城までは、レベル最強の俺が走っても、まる2日かかるはずだ。
魔王討伐の速報は、王都から流れたんだろう?
いくらなんでも、情報伝達が早すぎないか?」
そうだ、女神ヘスティアのセリフを思い出せ。
《ざんねんでしたね、勇者。
魔王の方が一枚上手でした》
《姿を隠しながら、あなたの集めた憎悪を無かったものにした》
アイツはそう言った。それを信じるとするならば……
……この、『勇者が魔王を倒した』というデマを流した存在こそが魔王……あるいは魔王の手先に違いない。
「…………それはきっと……”千里眼の預言者”の力よ……」
エリカがぽつりと呟いた。
「……”千里眼の預言者”は、その名の通り、千里先を見透す異能を持っている人物よ……
”千里眼の予言”は、今まで何度も魔王軍の襲撃を予見してくれて……
そのお陰で私たちは、先回りして兵を配備し、魔王軍の侵略を最小限に食い留めることができたの……何度も……
でも、私ですら、その人にあったことはないわ。
その人の予言はすべて、国王様の口を通してしか告げられることはないの……
その存在は、王族しか知らないと聞いてるけれど……」
俺の左隣のエリカが、ちらりと布団の反対側に目を向けた。
「なるほど。
"千里眼のソイツ"は王都からでも、はるか遠く、魔王城に攻め込む俺の様子が見えたってことか。
それなら情報伝達の早さにも納得がいくな」
うなずく俺、
「彼のことに関しては、あなたがよく知っているのではなくて? 王女ジェシカ?」
俺の右隣のマリリが、さらに右隣で寝転がるジェシカに尋ねた。
「……父さまは、"千里眼の預言者"と交流があるみたいなのですが……
私は何も知らないんです……おそらく母さまも……
何度か父さまに尋ねたのですが、何度聞いても教えてくれませんでした。
『千里眼の預言者の力は、私利私欲のために使ってはいけないよ。
国民みんなのために使うものさ』
なんて言われて、はぐらかされて……」
ジェシカが、ぽつりぽつりと言葉を繋いだ。
「……でも、国王さまが発表した”千里眼の予言”が外れたことなんて、今まで一度もないのよね……」
エリカが、俺のほうを見た。
「……私は、国王さまが悪意を持ってやったとは思えない。
だって、ジェシカの父さまでしょう?
もちろん、ヒョウロー村のエルフのこととか気に食わないことはあるけど……
基本的には"魔族の滅亡"を望んでいるはずよ……
何か手違いが、勘違いがあったんじゃないかしら?」
エリカの言う事はもっともだ。
もし手違いがあるとすれば……
勘違いなのだとしたら……
それは……
「あ……」
そして俺は、思い出した。
「……もしも、真っ二つに割れた”魔王のハリボテ像”を見た”千里眼の預言者”が、
ハリボテだと気づけずに、”本物の魔王”だと見間違えたとすれば……」
その可能性は大いにある。
実際に俺も、最初は本物だと勘違いした。
斬られた断面を至近距離で覗き込み、体内が泥で出来ていることを確認しなければ、ハリボテだと気がつかなかったのだから……
「……ありえる、と思います。
父さま――国王さまは言っていました。
”千里眼”も、決して万能ではなく。思い通りに何でも見えるわけではない、と……」
王女ジェシカが、俺のほうへ寝返りをうった。
「……全ては見えない……か。
まだまだ情報が足りないな。
その"千里眼の預言者"とやらに会って、直接聞いてみるしかないか……
敵か、味方か……」
「そのためにはまず、父さまに問いつめるべきですね」
「あぁ、それが一番だろうな」
とりあえず方針は決まった。
魔王の尻尾は掴めないままだが、焦らず一歩づつだ。
俺には、頼りになる仲間がいる。
ジェシカ、エリカ、マリリ……
俺の可愛くてエッチな嫁たちだ。
「……俺は、必ず魔王を倒す。
……そのためには、世界中を敵に回すことも厭わない。
……俺はもう一度、全人類から憎悪を集めて、力を取り戻し……
魔王をこの手で打ち取る。
……みんなを危ない目に合わせるかもしれない。辛い想いをさせるかもしれない……
それでも俺に……協力してくれるか??」
俺は、マリリとジェシカのほうを見る。
そしてエリカのほうを見る。
暗くて表情はうまく読み取れない。
だけど、
三人とも、俺の手を握ってくれた。
「……もちろん!」
「どこまでもついていきますわ……!」
「魔王を倒すのは皆の悲願だから、必ず成し遂げなきゃね……!」
まったく、嬉しいことを言ってくれる。
★★★
「レジェっ! 早く起きてください!!」
つぎの朝、俺は三人に叩き起こされた。
あまり強く叩かないで、痛い、死んじゃうから!
今の俺のレベルは、マイナスカンストのクソ雑魚ですから……
「急いで服を着せるわよ! 戦士長が来てるんだからっ!」
そういって、素早く服を着せられた俺は、
エリカの背中に担がれて、まぶしい外へと飛びだした。
エリカの身体は、じんわりと汗で湿っていて、
寝起きの身体に染み込んだ。
施設の外へ出ると、そこには……
馬に乗った10人ほどの騎士たちが、俺達の前に待ち構えていた。
んん??
そして俺の視線は、真ん中にいる紫色の鎧の女に留まった。
あいつ……
どこかで、見たことあるぞ……
「……あぁ、思い出した。
キャーキャー喚いていたモブ女か……
言い終わらぬうちに、振り向いたエリカが俺の口を押さえつけた。
そうだアイツだ。思い出した。
俺がこの世界に召喚された時、ギャーコラ騒いで兵士たちに命令していた、あの紫ドレスのモブ女だ。
「……戦士長さま、おはようございます……」
そしてエリカは毅然とした態度で、モブ女に膝をついて頭をさげた。
「……おはようございます、剣聖エリカ殿。
ここに来たのは他でもありません。
魔王を倒し世界の危機を救った英雄――勇者レジェ様を、お迎えに上がりました」
紫鎧のモブ女は、顔に似合わない穏やかな声でそう言って、俺に向かって頭を下げた。
すると、周りにいた10人の戦士たちも、綺麗な45度で頭を下げるのだった。
「……失礼、申し遅れました。
私はマナ王国の戦士長、ロゼリアと申します。
……これより勇者様の、王都までの道を護衛し、
祝賀会や凱旋パレード、王女様の結婚式においても、護衛リーダーを努めさせていただきます……」
紫鎧のモブ女――戦士長ロゼリア。
王女たちを誘拐したときは、ギャンギャン吠えていたモブ女だったが……
今こうして、威厳に満ちた強者に見えてしまうのは、俺が弱くなったからだろうか……
「……結婚、ですか……えへへ……」
王女ジェシカは満更でもなく頬を緩ませて、エリカとマリリが複雑そうな顔で目を合わせていた。
「ところで、大聖女マリリ様、エリカ殿。
魔王城には行かれましたか?
魔王が本当に倒れたのかどうか、確認しなければなりません」
紫鎧の戦士長ロゼリアが、真剣な口調で二人に尋ねた。
「……はい、確認済みですよ。
魔王軍は壊滅し、魔王は血まみれで息絶えておりました」
聖女マリリは嘘をついた。
「……はい、私も確認しました。間違いありません」
剣聖エリカも嘘をついた。
「……そうですか、ご苦労さまでした。
さぁ、勇者レジェ様、そして王女ジェシカ様も、
……お好きな馬に乗ってください。
王都に帰りましょう」
戦士長ロゼリアの、温かい言葉に誘われて、
俺達は、戦士たちの馬の後ろに乗った。
ただし俺は、自分で馬に跨り手綱を握る力がないから……
エリカの背中に縛られて……
「なぁ勇者さま、一人で歩けないって、どういう状態なんだよ??」
男の兵士が、不思議そうに俺の身体を見ていた。
「……勇者は魔王との過酷な戦いで、全ての力を出し切ったのよっ!
見れば分かるでしょう!?」
エリカがキレ気味に男に怒鳴った。
そのすごい剣幕に、俺も男も怯えた顔をして、
男はとぼとぼと後列に逃げていった。
パカパカと、馬が森を駆ける。
その速度は、レベル最強状態の俺のダッシュと比べると、比にならないほど遅かったけれど……
エリカの背中にくっつきながら走る山は、すごく気持ちよくて、退屈しなかった。
そして、俺達は、
再び王都へと帰っていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます