新しい朝を願って


―マリリの回想―


「あなたは"低俗な凡人"とは違う、"神に選ばれし特別な存在"なのです」


「神に授かりし魔法の力は、人を助けるために使わなければなりません」


「なにをしているのですかマリリっ! その穢らわしい行為をいますぐやめなさいっ! 神に対する冒涜ですよっ!」


「毎朝、神さまに向かって祈るのです。

 祈りは我々の身体を浄化して、神は私たちにさらなる力を授けてくれるのです。

 さぁマリリ、起きなさい。

 ……風邪!? なんですってっ!?

 まさか、神から天罰がくだったのですか?

 ……あなたの日頃の行いが悪いからですよ!? マリリ!!

 さぁマリリ、立ちなさいっ!

 神に赦しをもらい、その風邪が引くまで、熱心に祈り続けるのです!!」



――神様なんて、大嫌いだ。


 毎朝、ゴーン、ゴーンという鐘の音とともに、朝早くに起こされて、

 聖女たちは、修道服に袖を通し、教会に集まり、賛美歌を謳う。

 それから、マナ騎士団の訓練場に治療にいき。

 昼は王宮に向かい。王族たちと会食をする。


 そして午後は病院を回り、患者たちに治療を施していく。

 魔法とは偉大なる力だ。

 街じゅうに、困っている人はたくさん居て、

 私たち聖女はつねに働き続けなければいけない。


 夜遅く、寮へと帰宅して、

 魔法の杖でお湯を出し、身体を入念に綺麗に洗う。

 聖女たるもの、外見は常に整えなければいけない。

 私はとくに、大聖女という聖女の頂点の立場であるから。

 すみずみまで入念に洗う。

 生涯使うことのないであろう、胸や股間まで丁寧に……


 そして私はひとり、布団にもぐりこむ。

 私は、はだかのまま寝るのが好きだ。

 素肌で感じる布団のぬくもりは、自分の受け入れて、抱きしめてくれている気がして、

 1日のなかで一番、幸せを感じる。


 誰にも見られない。私だけの特別な時間。

 この時間だけは、私は”特別”を辞められるんだ。


 布団をくしゃっと丸めて、自分の身体を抱きしめる。

 心臓がトクトクと刻む音がする。

 風呂上がりの身体が湯気だって、あったかくて気持ちがいい。


 自慰行為は、禁止されているから。

 オ〇ニ―は穢れを生むと、母にひどく怒られた。

 神への冒涜であり、天罰のくだる行為である。


 局部に触れることはできないから、

 私は太ももとか、二の腕とか、鎖骨に手をやって愛撫する。

 ツッーと、目尻から一滴の涙がこぼれ落ちて、枕にシミをつくった。

 あぁ、最近涙もろいな、私。

 この時間になると、いつも泣きたくなる。


 聖女の人生は窮屈きゅうくつだ。

 つねに清廉潔白を求められて、ひたすらに奉仕活動を求められる。

 恋愛禁止、自慰禁止、淫行禁止、結婚禁止。

 死ぬまで終わらない不自由。


 ゆえに、多くの聖女たちが、思春期を境に聖女を辞めていく。


 必然的に、残っていくのは、

 恋愛にさほど興味がなく奉仕に熱心な者か、魔法の研究に没頭する者か、

 私のように突出した才能があって、厳しい母親がいて、辞めてくてもやめさせてもらえない者だけだ。


 自分の2本指を、口に咥えてしゃぶる。

 舌を熱心に絡めても、口内に広がるのは無味な私の指の味……


 私は、神様が大嫌いだった。

 母親のことも大嫌いだった。

 私は世界一の魔法の力で、怪我をした人や困っている人を、毎日何百人も助けている。

 でも……

 そんな私を助けてくれる人は、誰もいない。


 私に向けられるのは、感謝と尊敬、畏怖や嫉妬の感情ばかり、

 反吐へどがでる。


 私には、友達が一人もいない。

 小さい頃から魔法の稽古、稽古、稽古。

 儀式、儀式、儀式。

 同い年の子たちと遊ぶ時間なんて許されなかった。


 みんな私を特別視して、距離を置いて、よそよそしく敬語で接してくる。

 私も、一歩引いた彼女たちと、対等な友人関係を築く方法なんて知らなかった。


 歴代最高の魔法使い、魔法の天才、神に祝福されし存在。

 みなが私を”特別扱い”して、あがめたたたえ、便利な道具として利用する。

 傷を癒やす道具として、建物を建てる道具として、魔族や人を殺す道具として……


 私に自由はなかった。

 特別に生まれた私自身を、ひどく呪った。

 魔法なんて、なければよかった。

 なんで神様は、私なんかを選んだんだ。

 私は、神さまなんて大嫌いだ。


 私は、普通になりたかった。

 普通に生まれたかった。

 普通に、友達と遊んで、

 泥遊びとか、おにごっことか、山のなかを探検とか、虫集めとか……

 川遊びしたり、雪の家を作ったり……

 友達と一緒にお泊りしたり、男の子に恋して、一緒にどこかに出かけたり……


 そんな風に泥だらけで、普通の人生を送りたかった。


 ……私は、自分の指に口づけをして、優しく舌を絡めた。

 太もも同士をこすり合わせて、自分のおしりを撫でまわす。


「……でも、ちょっと期待してるんだ……」


 私は3日後、この世界に現れる彼に想いをはせた。

 あと3つ夜を乗り越えたら、この世界に”勇者”が現れる。


 勇者とは魔王を倒すために、外の世界から呼び出される存在。

 大聖女である私は、マナ騎士団の剣聖1位であるエリカさんと共に、勇者の冒険の補佐をすることになっている。


 私は、期待していた。


 同じ特別である勇者なら、私を”普通の女の子”として扱ってくれるんじゃないかって……

 もちろんタメ口で、ちょっと上から目線に、私に対してエッチな命令をしてきたり……


「………っつ……!」


 想像するだけで、身体中の体温が上がったのを感じた。

 布団の中が熱い。

 興奮のあまり、すこし濡れたのが分かった。


「……汚してほしい……」


 ぐちゃぐちゃに汚してほしい……

 今までずっと真面目に、清廉潔白に、己の貞操と品位を守ってきた、なにひとつ穢れのないこの私を……

 ドロドロに、ぐちゃぐちゃに、見る影もないくらい、

 泥だらけに汚してほしい。


 それは神への冒涜。

 神に背く行為。

 イケナイことだって分かってる、

 だからこそ……

 ムリヤリ汚されるなんて、すごく興奮する。


 私の特別を打ち砕いてほしい。

 お人形さんみたいに綺麗な私の顔に、泥を塗りたくってほしい。

 そうすれば私は、やっと、

 普通の女の子になれる気がするから……


 ドク、ドク、ドクと心臓が高鳴る。

 ……眠れなくなっちゃった……

 発散しようのない火照りが、身体じゅうを包みこんで、

 私は思わず身を捩らせた。


「……早く寝ないと、明日も早いんだから……」


 そう自分に言い聞かせて、すーはーと深呼吸をする。

 明日朝起きれば、また変わらない1日がはじまる。

 でも……3日後に現れる勇者が……もしかしたら、私の朝を変えてくれるかもしれないって、期待に下を濡らしながら……

 私の朝を変えて欲しいって、神さまに祈りながら……


 私は、うとうとと眠りに堕ちていく……


 ……………


 ………


 ……




★★★




「……んん……」


 目が覚める。

 朝だ。

 でも、いつも鐘の音は聞こえない。

 ………?

 布団の感じも、どこか違う。

 ここは、どこだ……?


 私は目を開けた。


「……………」


 知らない天井だ。

 コンクリート造りの無機質な部屋。

 しばらく私は放心していると、

 左隣から、スーフーと、柔らかな寝息が聞こえてきた。

 私は左を向いた。

 そして、あっと息を飲んだ。

 私の隣に眠っていたのは、なんと、王女ジェシカさまだった。

 マナ王国の王女さまが、身体をシーツに包み込みながら、

 あなどけない顔で、口元からよだれを垂らしながら、

 肩を露出させて寝ていた。

 つまり、裸で眠っていたのだ。


「……っ!!」


 そして思い出す。昨日のことを。

 勇者レジェと再会し、山を登り、婚約した私たちは、

 4人仲良くお風呂に入り、身体をまさぐりあって、そして……!!


「……っつ……!!!」


 思い出す。思い出す。

 昨日の長い夜のことを……

 無知ながら一生懸命なジェシカ、経験ずみで体力にあふれたエリカ、無抵抗に蹂躙され続けるレジェ。

 そして、一心不乱に乱れる私……


 バクバクと心臓が乱れて、思わず右を振り向いた。

 そこには、昨夜を共にした勇者レジェが、

 無防備な寝顔をさらしていた。


「……はぁ……はぁ……はぁ……」


 私は、シーツを抱きしめた。

 太陽も高くあがった遅い朝。

 でも今日の私は、教会に行って儀式をしなくてもいいんだ。

 王宮で会食をしなくてもいいのだ。


「……あぁ、好き……大好き、愛してますわ、レジェ……」


 私は、最愛の彼の頬に左手を添わせて、右手は下をまさぐった。


 三日前に現れた勇者は、まったく私の想像通りではなくて、

 王女ジェシカと剣聖エリカ、そして大聖女である私を誘拐するという、ロリコン変態クズ勇者だったけど、


 でも、勇者は私を、教会の外に連れ出してくれた。

 鳥籠の外へ出してくれた。

 そして私に、生まれてはじめて友達を作るキッカケをくれたのだ。

 エリカとジェシカ。

 二人は最高の女友達だ。

 この冒険を通して、そして昨夜、互いの全てを見せあったことで……

 私たちの絆は、より深く、強固なものになった。


「……私を自由にしてくれて、ありがとう。レジェ……」


 そうして私は、熱くなった唇で、レジェの寝顔にキスをかました。


 ダダダダダダ……


 そんな時、激しい足音が、この寝室に迫ってきた。

 私は慌ててベッドから飛び起きて、聖女の杖を掴んで臨戦態勢をとる。

 そして、ふと気づく。

 レジェの向こう側で眠っていたはずのエリカが消えていることに……

 

 バァンと勢いよく、寝室の扉が開けられる。

 飛びこんできたのは、汗びっしょりの赤毛の女の子。

 その右手には、白金の剣が握りしめられていた。


「エリカ!? どうしたんですかそんなに慌てて?」


「……うぅん……なにぃ?」


 私が叫ぶと同時に、ジェシカが眠そうにむくりと起き上がった。


「みんな、すぐに着替えて支度したくしてっ!

 戦士長たちがここまで来たのよっ!」


 朝早くから剣を振っていたのであろうエリカは、そう叫んだ。

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