泣かないで


―王女ジェシカ視点―


 コンコン


「レジェ? そこに居ますか?」


 私はレジェの部屋の扉を叩いた。 

 …………

 しかし、返事がない。


「レジェ……?」


 ガチャリと扉を開けて、中に入る。

 するとそこには、ベッドに眠るレジェと、

 戦士長ロゼリアさまの姿があった。

 ロゼリアさまは、私を見るなり驚いた顔をして、すぐに立ち上がり、そして……


「申し訳ありませんでしたっ! ジェシカさまっ!!」


 戦士長ロゼリアさまは、私の前で、土下座をした。


「私のせいです。

 私が、勇者さまに過酷なスケジュールを課してしまったせいで……

 ……勇者さまが、言葉を話せなくなってしまいました……」


「え……?」


 "言葉を、話せなくなった?"


 心臓が、凍りつくような感覚がした。


「……詳しい原因は分かりませんが……

 おそらくは、お身体の悪い勇者さまに、厳しいスケジュール強いてしまった私の責任ですっ!!

 本当に申し訳ありません!」


 え……だって、


「さっきエリカから、『レジェが目を覚ました』と聞いたときは、 そんな話は無かったはずですが……」


「はい……

 あの時はまだ……勇者は普通に話せていました」


 ……あぁ、そうか……

 パレードとか、結婚式とか、

 国民の前で、レジェが祝福されたから……

 レジェの好感度がさらに高まって、

 反対に、レジェの身体はさらに弱くなって……

 言葉を、話せなくなった??


「……命に別状はないんですか?

 例えばその、食べ物を飲み込めないとか……」


「はい……固形物を食べるのは難しいかもしれません。

 柔らかい食べ物か……液状の料理を食べさせるなどを考えなければ……」


「エリカやマリリは……? このことを知っているの?」


「……はい。お二人とも……ひどく泣いておられました……


 ッッ!


「出ていって……」


 私は震え声で、かろうじてこらえながら……


「二人きりに……させて……」


 弱々しい声を、絞り出した。


 後ろで、バタンと扉のしまる音がした。

 寝室には、私とレジェの2人きり。


 私はフラフラと、レジェのいるベッドに歩いていった。


 レジェの目が、私を見上げていた。

 男らしくて勇敢で、優しい目。

 私はもう二度と、レジェの声を聞くことはできないというの……?


「……う……うぅっ……


 決壊する。

 積み木が崩れるように、私は膝を崩して泣き崩れた。


「うあぁああああああああっ!!! あぁああああああっ!!!」


 なんで……なんで……なんで……


「……いやぁあっ、嫌だよレジェっ……こんなのって無いよっ……!!」


 私は、レジェの胸元に、顔を押し付けた。


「一緒に魔王を倒すんじゃなかったのっ!?

 あなたは世界を救う勇者なんでしょっ!?

 ねぇっ、嘘だって言ってよっ!

 お願いレジェっ……返事してぇえっ!!」


 叫んでも、喚いても、

 レジェの言葉は帰ってこない……

 私だけ、私だけ、私の言葉だけが……

 ただむなしく……小さな部屋にこだましていた。



―勇者レジェ視点―



 ジェシカが、俺の胸に顔をうずめて、わんわんと泣いている。

 涙が俺の服に滲みて、胸元が冷たい。


「ねぇ……レジェ……私ね、

 勇気を出して、お父さまに問い詰めたのよ……」


 ジェシカが、嗚咽しながら話しはじめた。


「……生まれてはじめて、お父さまを殴ったわ……

 でも……

 お父さんは……何か重い病気にかかっていると知って……

 私には、いったい何が正しいのか、分からなくなったの」


 ジェシカの父さんが……?

 つまり国王が重い病気に?


 それは、魔王ロゼリアの話していた”毒霧”ってヤツに関係しているのか?

 ロゼリアは"毒霧"について、『国王の身体で試した』と言っていたハズだ。


「……お母さまには、『レジェと早く子供を作りなさい』だなんて言われたわ。

 お父さまが死ぬ前に、レジェと私の子供を見せてあげるのよ、って……

 母さまったら、らしくもなく取り乱して、私の下着の心配なんかしちゃって……

 ほんと、余計なお世話よ……っつ……!

 私も不安になって……下着、履き替えてきちゃったんだから……」


 ジェシカは、フッと顔を上げて、服に手をかけた。

 そして、するすると寝巻きとシャツを脱いで、ブラとショーツの下着姿になった……

 それは透き通るような真っ白な生地、衣装も凝っていて、

 今日の結婚式のウエディングドレスを下着化したような、綺麗な布地だった。


 そしてジェシカは、俺から目を逸らし、悲しみにくれた表情で……


「……これでも、一生懸命選んだの……

 色は清楚な白色で、意匠はちょっと大人っぽく……

 レジェの感想……聞きたかったな……」


 ……綺麗だよ。すごく……

 そう言いたいのに、声が出ない。

 想いを伝えることができない。


 俺の手は動かない。

 ジェシカの目尻から溢れ続ける涙を、ぬぐってあげることができない。

 悲しみにくれるジェシカの頭を、撫でてあげることはできない。

 抱きしめてあげることができない……


「……ねぇ、レジェっ!

 私っ、どうすれば良いのっ!!?

 この先どうしていけば良いのっ!!?」


 ぐちゃぐちゃに泣き崩れるジェシカ。

 肩を震わせて、髪をみだして、ただ悲しみに暮れるジェシカ……


 俺は無力だ。

 泣いているジェシカに、手を差し伸ばすどころか、声をかけることすらできないのだから……


 ごめん……ごめんなジェシカ……

 俺は、お前に、何もできないっ……


「…………レジェ………?」


 そんな時。

 ジェシカはふと、顔をあげた。

 そして、驚いた顔をした。


 俺とジェシカの、目があった。


「……レジェ…………」


 ジェシカは、そっとベットに手をついて、

 俺に覆いかぶさるように、ベットに四つん這いになり、俺の身体を見下ろした

 そしてジェシカは、俺の顔の横に両肘をついて、俺のほっぺたに両手をなぞらせた。


 ジェシカの吐息が、鼻先にふれる。

 それくらいの至近距離。


「……レジェ………泣かないで……」


 ジェシカは、優しそうに、悲しそうに、泣きながら微笑んで、

 両手の指で、ほっぺたに伝う俺の涙を、何度も何度もぬぐいとった。


 ジェシカの涙が、ぽたぽたと俺の頬を優しく叩き続ける。

 濡れて濡れて、何度ぬぐっても、ぬぐいきれることはない。


「……レジェ……大丈夫よ……安心して……」


 ジェシカは、


「……私たちが、ずっとそばに居るから。

 ……1人ぼっちにはさせないわ……

 けっして見捨てたりしないから……」


 ジェシカは俺を慰めてくれた。


 1人ぼっちにはさせない。

 その言葉がどれだけ嬉しかったか……

 俺の前世は、虐められて、家族にもに見放されて、

 ずっと一人ぼっちの人生だったから……


 ありがとう……

 そんな言葉すら、君に伝えることができないから……


 俺は、ジェシカの華奢な身体に抱かれながら、また静かに涙を流した。 

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