終末カウントダウン


 RTA開始から、6日目。

 天神大祭まで、あと4日。


 目が覚めたときには、隣にジェシカの姿はなかった。

 先に部屋を出てしまったらしい。


 王宮内には、バタバタと走り回る従者たち。

 昨日以上に、どこか慌ただしい。

 それにしても暇だ。

 身体も動かせない上に、言葉も話せないんじゃ、何もすることがない。

 したがって、こうやって頭を動かすしかないのだが……


 ……昨日の作戦は、驚くほど上手くいった。

 ”魔王の正体”と、”千里眼の秘密”を知ることが出来た。


「魔王は俺を殺すつもりはない」と信じた俺の判断は間違っていなかった。


 レベル最弱となってからの3日間、魔王が俺を殺せるタイミングは、いつでもあったハズだからな……

 俺がまだ生きているということは、そういうことだ。


 まぁ、魔王の正体に気づいた俺を、魔王が生かしてくれるかどうかは、正直賭けだったが。


 口を封じられたのは予想外だったが、監禁されるよりは都合が良い。


 せいぜい油断しているがいい。魔王ロゼリアよ。

 最後に勝つのは、俺達だ。



 ガチャン!!


 突然、部屋の扉が勢いよく開いた。

 俺は寝返りをうてないなら、誰が入ってきたのか見ることができない。


「……レジェ……」


 これはジェシカの声だ。

 でも、彼女の声は震えていた。

 呆然とした、魂が抜けたような、絶望の声……


「……お父さまが、死んだわ……」


 ジェシカは、扉を閉めて、

 ふらふらと俺の元によってくる。


「……病気が、一気に悪化してっ……

 私が部屋に飛びこんだときには、もう、死んでいたのっ……!!」


 ジェシカが、自分の拳を握りしめて、わなわなと震えていた。


「……昨日の夜、私っ、お父さまと喧嘩をしちゃったっ……

 お父さまに面と向かって怒鳴って、生まれてはじめて、お父さまの頬をぶったわ!!

 ……謝りたいのにっ!! ごめんなさいって言いたかったのにっ!!

 もう取り返しがつかないのっ!!」


 ギリギリと強く、ドレスの端を握りしめる。

 唇を噛み締めて、苦しそうに涙を流すジェシカ……


「どうして私は……こんなに酷い女の子なのっ!?

 最低の娘よっ! ……私が死ねばよかったのにっ!!

 ……ごめんなさいお父さまっ! ごめんなさいお父さまっ!!

 ……謝って、しっかり話し合って、ちゃんと仲直りしたかったのにっ……!!

 死んじゃうなんてっ、そんなのないよぉぉ!!」


 ジェシカは自分を責めて、ぐちゃぐちゃに泣き崩れた。

 しばらくして、俺の朝ご飯を運んで部屋に入ってきたメイドさんが、ジェシカの肩を抱いて、ジェシカを慰めていた。


 午後から、国王"ジラード・マナトフィア"の葬式が行われるらしい。

 ジェシカは、俺の唇に弱々しくキスをすると、

 おぼつかない足取りで、部屋を出ていった。




★★★




 RTA開始から、7日目。

 天神大祭まで、あと3日。


「ねぇレジェ、知ってる?

 ……どうして"王女"が、"勇者"と結婚する慣習があるのか?

 これには、理由があるのよ」


 ジェシカが、俺に一方的に話しかけてくれる。


 ジェシカは俺と二人きりのとき、こんなふうに色んな話をしてくれるのだ。

 俺がさみしくないように、退屈しないように。

 

 ジェシカは、つい昨日に父を失って、まだ悲しみから立ち直れてはいないはずなのに……

 こうやって、寝たきりの俺を気遣ってくれる。


「マナ王国の”王家の血”には、特別な力があるの。

 それは、”勇者をこの世に導く力”。

 女神さまがこの世界を見つけるための”目印”であり。

 この世界と女神さまを繋ぐ”とびら”でもある。

 ……レジェがこの世界に来たときはね、私の血を使ったの」


 ジェシカは俺の手を握り、薬指を絡めて微笑んだ。


「……なんだか、運命の糸みたいじゃない?

 レジェと私は、世界を超えて、運命の糸で繋がっていたんだって、

 こんなこと言ったら、エリカやマリリに怒られるかな、ふふっ……」


 ジェシカは微笑しながら、細い指で、俺の髪の毛をさわさわと撫でる。


「……それで、”王女と勇者が結婚する意味”についてだけどね。

 ”王家の血”の力は、子へ、孫へと受け継がれるたびに、力が弱くなってしまうの……

 第2代勇者が活躍したのは200年以上前だから……

 あれから11世代を経て、いま私の身体に流れる”王家の血”の力は、かなり弱くなっているの」


 なるほど、つまり。


「でも、女神さまに通じている”勇者の血”を取り込むことで。

 ”王家の血”は、再び元の力を取り戻すことができる。

 だから、勇者が現れるたびに、王家は”勇者の血”を取り込んで、”王家の血”の力を維持し続ける必要があるんだって……」


 ジェシカは、ふっと言葉を切った。


「でもさ、こんな話、全然ロマンチックじゃないっ!

 私もずっと嫌だったのよ! 結婚相手を選べないなんて最悪っ!

 だから、勇者召喚の日は憂鬱だった……

 せめてイケメンであってくれーって、祈りながらあなたを待ったわ……

 そしたらレジェったら、いきなりお父さまにケーキをぶつけるんですものっ!

 私を誘拐して、おもらしまでさせて……

 本当にあなたは、史上最低のクズ勇者だったわ……」


 ジェシカは懐かしむように微笑んだ。


「……第一印象は最悪でした……

 まさかそんな私が、あのクズ勇者を、好きで好きでたまらなくなってしまうだなんてね……

 人生分からないものです……」


 ジェシカはそう言って立ち上がった。


「……灯りを消しますね……

 ……今夜も、一緒に寝ましょう。




★★★


 


 RTA開始から、8日目。 

 天神大祭まで、あと2日。


「……レジェ。ただいま」


 ガチャリ、と、部屋の扉が開いて、

 ジェシカが部屋に入ってきた。


「見て……レジェ。

 今日の夕食は、私が作ってみたの……」


 ジェシカは頬を赤らめながら、両手にお椀を持っていた。

 おいおい、ほっぺたにご飯つぶがついてるぞ。

 それに、両手から、血が……


「生まれてはじめて料理をしたの、私……

 全然上手くできなくて、メイドの子たちに教えてもらいながら、それでも失敗ばっかりで……

 また、たくさんの人に迷惑をかけちゃったけど……」


 ジェシカは、スプーンを使って、お椀のなかのスープを掬った。

 

「……頑張ってつくったから、食べてほしいの」


 スプーンが、俺の口の中に入る。

 温かくて、まろやかで……

 美味しい……

 俺は、舌を絡める。

 美味しい、美味しいよ、ジェシカ。


「……どうかな? ちゃんと美味しいかな? 美味しい、よね……?」


 あぁ。


「……なんだか、胸の奥が熱いの……

 ……人に料理を食べてもらうことが、こんなに嬉しくて幸せな事だなんて……

 私知らなかった……」


 ジェシカの表情は、すごく大人びていて、美しかった。

 ……出会ったときの、あの生意気王女とは大違いだ。


「……私、今までずっと、何も知らなかった。

 王女というだけで、私が世界で一番偉くて、世界一素敵な女の子なんだと思ってた……

 でも、全然違った。

 私はまだまだお子ちゃまで、1人じゃ何もできない、世間知らずでわがままお嬢さまだった。

 レジェが私を誘拐してくれたお陰で、私は思い知ったの……」


「私は、エリカやマリリみたいになりたい……

 ……私には、二人みたいな凄い才能はないけど、

 できる範囲で、少しでも、立派な女の子になれる努力をしたい……」


 あぁ、応援しているよ、ジェシカ。

 君は二人に劣らないぐらい、まっすぐで素敵な女の子だ。


「……エリカが、行方不明になったと聞いたわ。

 ……マリリは”天神大祭”の準備で忙しそうだったから、話せる機会はなかったけれど……

 きっと、二人とも、まだ諦めてはいないから……

 私も、絶対に諦めない……」


 ズープのお椀が空になり、ジェシカは立ち上がった。


「……なにか、私にできること探してみるわ……」


 そう言って、空のお椀を持って、ジェシカは部屋を出た。




★★★




 RTA開始から、9日目。

 天神大祭まであと1日。

 ……魔王ロゼリアが宣告した、人類滅亡の期日まで、あと1日。


 ジェシカと俺は、寝室に二人きり。


「……ごめんなさいレジェ、一緒に花火を見る約束は、果たせそうにないわ」


 ジェシカは、真剣な目つきで語る。


「……私は花火が上がるとき、”父さまの書斎”に忍び込んでみることにしたの……

 お父さまからは、けっして中に入ってはいけないと、何度も釘を刺されたけれど……

 "父さまの書斎"に行けば、”千里眼の預言者”や”魔王”に関して、何か分かるかもしれないから……

 昨日の夜、父さまの寝室から”鍵”を盗んできたから、

 あとは、地下に行って、解錠して入るだけ……」


 ジェシカはポケットから、古びた鍵を取り出した。


「……花火の時間になったら、王宮から人払いが行われる。

 花火が上がるとき、王宮の中は最小人員。

 マナ騎士団の精鋭と、数人の聖女だけが残されるわ。

 王宮の周囲にはマナ騎士団の警備が張られるから、侵入するのは難しいけれど……

 王宮のなかは、ほとんど無人になる……」

 

 ……………


「……料理を教えてくれたメイドの子と仲良くなったのよ。

 一番近くから花火を見たいって話したら、渋い顔をされたけど、必死に説得して協力を得たわ。

 ……花火が上がる間だけ、ごまかしてくれるって」


 ……俺は、ジェシカを止められない。

 ……ジェシカを止めることも、応援することも、今の俺にはできない。


「……だからレジェ。安心して。

 私も戦いたいの。

 ……四人で、絶対に、魔王を倒すの……」


 いや、

 たとえ俺が言葉を話せたとしても、

 このジェシカの硬い決意は、止めることができないだろう。

 そう思わせるくらい、ジェシカの目つきは真剣で、

 すごくカッコよかった。




★★★




 RTA開始から、10日目。

 ”天神大祭”当日。


 魔王ロゼリアが宣言した。人類最後の日。

 

 魔王と、勇者と、俺たちと、

 人類の命運をかけた、最後の戦いがはじまる。

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