十日目 天神大祭編

天神大祭―死滅の花火


 天神大祭当日。

 年に一度の大行事。

 マナ王国最大の祭典。


 この世界に勇者を導くとされる、女神ヘスティア。

 彼女の奇跡と神秘に感謝し、讃歌を捧げる祭の日である。

 

 とは言っても、

 俺が出会った女神ヘスティアは、泣き虫で気が弱くて、威厳なんてこれぽっちもない女だったが。


 ここは王宮最上階。

 天神大祭も終盤にさしかかり、すでに日が暮れて、空は真っ黒に染まっていた。


「……見ろ、勇者レジェ……凄い賑いだ……」


 魔王ロゼリアが、王都の城下町を指さしてそう言う。

 街中には灯りがともり、マナ王国王都は大勢の人で賑わっていた。


「……今年の天神大祭は、今までにない盛り上がりだな……

 魔王を倒し、100年来の人類の悲願が叶ったのだから、当然か……」


 まぁ、魔王まだ生きてるんですけどね。

 俺のすぐ隣で。

 はぁ……

 お祭りの日、王宮の最上階にて、綺麗な夜景を眺めながら男女と二人きり。

 シュチュエーションは最高なんだが、

 相手がこのモブ女じゃ……最悪だ。


「さぁ……二人で飲み明かそう、勇者レジェよ。

 この景色も見納めだ……

 もうすぐ、祭りの締めの花火が始まる。

 そうすれば、”毒霧”を詰め込んだ無数の花火玉が、世界中に飛んでいき、空中で爆発。

 地上は”毒霧”に覆われて、全人類は死滅する……」


 ロゼリアは、そう言いながら、俺の口元に赤い酒を流し込んだ……

 苦っ!?

 アルコール強っ!

 あやうくコレで死にかけるところだったわ!!


「ふふふ……可愛い子……」


 ロゼリアは、妖艶な笑みで、いやらしく笑った。


 というかコイツ、クソババアだよな。

 100年来の人類の悲願とか言ってたから、こいつ100才以上じゃねぇか!!

 最悪だ。一瞬でもドキッとしてしまった自分が恥ずかしい。


””…………!!!””


 んん?


 なんだ?


 なにか音が聞こえた。

 下から……


””ドゴーン!!””


 たしかに聞こえた、何かが壊れる音……

 これは……


「なんだ……?」


 ロゼリアが眉をひそめた。


””ドドドドドド……””


 ガチャン!!!


 いきなり、部屋の扉が開いた。


「戦士長さまっ!!」


 大声とともに、暗い室内に男の兵士が飛びこんできた。


「なんだお前はっ!! 入室時にはノックをしろと言わなかったか!!?」


 ロゼリアが俺を物陰に隠すと、イライラした様子で兵士につめよった。


「す、すみません………!! ですが緊急事態なんです!!!

 侵入者ですっ!!」


 兵士がロゼリアに首を締められそうになり、必死に弁明した。


「侵入者だと!? 人数は!?

 騎士団は何をやっている!!

 剣聖が5人守っているんじゃないのか!!?」


「……はい、そのハズなんですが……

 剣聖七位が倒されて、侵入を許してしまいました。

 侵入者はたった1人なのですが、すさまじい強さです!!

 現在、剣聖二位と三位と五位が、侵入者の排除に向かっています。

 目撃者の証言では、奇妙な仮面を……」


「もういい! ヤツの狙いは花火だ!

 計画を早めて、ただちに花火を打ち上げる!!

 担当の聖女に連絡を入れろ! 一刻も早く花火を打ち上げるのだ!!」


 ロゼリアは声を荒げた。


「……は、はい。ですが良いのでしょうか……?

 勝手に打ち上げ時間を変更するなんて……」


「私が許可するっ!! さぁ行け兵士よ!」


「は、はぃぃぃ!!」


 ロゼリアの怒号に震え上がった兵士は、その場で尻もちをつき、立ち上がり。

 そのまま一目散に、屋上への階段を駆け上っていった。。


 ドがァァン!! ギィィィン!!


 また爆音が鳴った。少しづつ近づいている気がする……


 ロゼリアが、つかつかと俺の方へ歩いてくる。


「……エリカかマリリか……?

 お前の女が、何か企んでいるようだな……

 しかし、花火さえ打ち上がれば、何の問題もない!!

 最上階ここまで来れるものなら来てみろ! 

 そのときは私が直接相手をしてやる。

 最愛の男に見られながら、その命を散らすがよい!!」


 まぁおっかない……


 ドゴーン!! ガゴーン!!!


 爆発音が響き渡る……


「それにあの子たちは、優しすぎるのさ……

 人を殺したことがない。

 エリカ、マリリ……お前たちに人間が殺せるのか?

 剣聖二位カルマンデラ、剣聖三位パドリ・カレード……

 手加減して勝てる相手ではないぞ……」


 ……ロゼリアは酒瓶を手に取り、グビッと一気に飲み干した。


「……私の勝ちは揺るがないさ」


 ロゼリアはハラリと紫髪を払った。

 まぁ、これは実に見事な死亡フラグですこと。


 ガチャン!!


 また扉が勢いよく開いて。


「……ロゼリアさま!! 聖女たちに指示を伝えました。もうすぐに打ち上がります!!!」


「ノックをしろと言っただろうくそがッ!!」


 飛びこんできた兵士の身体は、魔王ロゼリアから飛び出た触手によって、真っ二つに割かれた。


 

 ドーン!! ドーン!! 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!


 次の瞬間、鼓膜を張り割くような轟音が鳴り響いた。

 死の花火大会が始まった。


 屋上から、勢いよく飛び出していく無数の花火……

 ”毒霧”を詰め込んだ花火玉は、強化された大砲を用いて、王国全土へと夜空を駆ける……


「……くくくくく、あはははははははぁぁぁぁ!!!

 待っていたぞっ!! 私はこの瞬間を待ち続けていたのだぁぁあああ!!!」


 ロゼリアは狂気に満ちた笑いで、天を仰いでいた。




★★★




「あれ……??」

「花火!? もう!?」

「まだ時間じゃないハズだが……」

「見ろよ!! はじまったぜ!!」

「女神さまに祈りを……」

「おぎゃああ、ぎゃあぁあ……」

「……はじまった!!」

「うぉぉぉぉ!!」

「……んん」

「え?」

「あれ……」

「花火は?」

「爆発しないけど……」

「何だったの……」


 ドーン、ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!



 空中で、花火が弾けた。

 でも、何かおかしい。

 音はしたけど……真っ白な光が爆ぜただけ……

 全然綺麗じゃない……


「……んん……?」

「あれ……??」


 みな、空を見上げていた。


「星が、見えない……」


「あれは、雲?」

「煙……?」

「いや……霧か……??」


 なにかがおかしい。

 これは花火じゃない。


 広がっていく、くすんだ色の霧……

 国じゅうの空を覆って、地上へと降り注ぐ……


「な、なんだ……あれ?」

「なにかのパフォーマンスか……??」


 ………………


 …………


 ……




★★★




「あはははははははっ!! あひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」


 ロゼリアは、壊れたみたいに笑い続けた。


 そして、俺の身体を掴み、ベランダへと飛びだした。


「見ろ!! 地上一帯を包むあの煙をっ!!

 これが私の”毒霧”っ!

 これこそが"人類の終焉"っ!!」


 王都を見ればたしかに、地上は濃い霧につつまれていた……

 地平線までずっと、濃い霧で覆われた地上……


「ふふ……あはは……

 これこそが、悪神タナトス様にふさわしい世界!!

 人間の居なくなった世界で、

 私は神々の仲間入りをするのだぁああああ!!!」


 世界は霧につつまれた。

 聖女マリリも治療できないという、超強力な毒の霧。

 そんなものを世界じゅうにバラ撒かれたら、もうどうすることもできないな…………




「「……しかし残念だったな! 魔王ロゼリアッ!

 お前の思い通りにはならないぜッ!!」」


 突然、そんな声がした。


 ドガーー――ン!!!!


 すぐ後ろで、すさまじい爆音。

 ロゼリアは驚いて腰を抜かし、扉の方を見た。


 王宮最上階……魔王の間……

 扉を壊して、堂々と踏み入ってきた、2つの人影……

 

 2枚のマントをはためかせて、

 1人は剣を持ち、1人は杖を持ち。

 魔王の前へとあらわれた。


 その頭には、見覚えのある。

 茶色い3段の仮面を被っていた。

 二人は、大きく息を吸い込んで……


きてくそたれて!

 そんな人生踊らにゃそんそん!!」


「悪い奴には糞喰らえ! 我は優しい正義の味方っ!!」


「「ウンコ仮面っ!!! 参上っ!!」」


 そう言って二人は、クソださいポーズを取った。

 

 …………何やってるんだ? エリカ、マリリ……


「どうよレジェ!! しかとその目に焼き付けなさい!!

 これが本物のウンコ仮面よっ!!」


 剣を握ったウンコ仮面が、かぶりものを外すと、

 赤い長髪がさらりとなびいた。

 出てきたのは、晴れやかな満面の笑み。

 彼女は、俺のお嫁さんで、世界一強い剣士。

 マナ騎士団、剣聖1位のエリカだ。


「……これは……新手あらて羞恥しゅうちプレイですか?

 ……剣聖エリカ?」


 恥ずかしそうに顔を赤らめながら、杖をもったうんこ仮面が、かぶりものをはずした。

 エメラルドグリーンの長髪、透き通るような瞳。

 彼女は、俺のお嫁さんで、世界一の天才魔法使い。

 大聖女、マリリだ。


「……助けにきたわよ勇者レジェ!! またせてごめんね!」


「戦士長……いや魔王、ロゼリア……

 あなただけは許しません……!

 私たちがこの手で、地獄に落としますっ!!」


 エリカとマリリが、俺を助けにきれくれた。


 登場のしかたイケメンすぎだろっ!

 うんこだけど!!


 俺ったら、”囚われのお姫さま”ってワケ……?

 二人ともカッコ良すぎて、心臓がキュンキュンときめいちゃう……

 

 いや、逆じゃね。

 立場、逆じゃね?

 いちおう俺、勇者なんだけど……?

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