勇者は再び立ち上がる


「……ふふふふふ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃぁああ!!

 もう遅い! 手遅れなんだよ間抜けどもぉぉ!」


 魔王ロゼリアが、壊れたように笑いだした。


「”死の花火”は王国全土に打ち上がり! 地上は”毒霧”で覆われたっ!!

 決着はすでについたのだ!!

 私の毒霧は、全人類を絶滅させる!

 お前たち人類の敗北だぁ!

 私の勝利だぁぁぁぁ!!」


 ロゼリアは天を仰ぎ見る。

 それは、魔王による、完全勝利宣言。


 今夜、天神大祭の夜。

 マナ王国は滅亡し、人類は滅亡した……


「……ふふふ、何言ってるんですか……?

 負けたのはあなたです。魔王ロゼリア……」


 聖女マリリのクスクスと笑いはじめた。


「まさか、魔王ともあろうお方が、まだ気づいていない・・・・・・・んですか??

 地上を覆い尽くすあの”霧”では、だれも死にません……」


「……何を言っている? マリリ……?」


 ロゼリアが、間抜けな顔でマリリに問う。


「”毒霧”の入った花火玉はすべて、私たちが回収し、”別のもの”とすり替えておいたんです……

 人を殺す”毒霧”ではなく、私特製の”悪臭ガス”にねっ!!

 あの”霧”のひどい臭いは、国中の人々を不快にさせるでしょうが……

 誰一人として、死ぬことはありません……」


 マリリが勝ち誇った笑みで説明を続けた。


「そうよ!

 あなたの作戦を利用させて貰ったわ!!

 ”うんこの臭い”を、世界中にバラ撒いたのよっ!!」


 剣聖エリカが、頬を紅潮させながら、満面の笑みで補足をした。


「エリカさん……」


 エリカの身も蓋もない説明、乙女にあるまじき汚言に、聖女マリリは顔をしかめてドン引きしていた。


「この紙チラシと一緒にね!!」


 そう叫んだエリカは、背中のカバンに手を突っ込んで。

 大量の紙束を取り出して……


 バァァァ!!


 気前よく、魔王に向かって、大量の紙を投げつけたエリカ……

 パラパラと、紙ふぶきのように、空を舞う紙チラシ達。


 数え切れない量の紙には全て、同じ文章が並んでいた。


「なっ、なにぃぃっ……!?

 これは、まさかッ!!?」


 文章内容を読んだ瞬間、魔王ロゼリアは顔を引き攣らせた。




★★★




 その日、天神大祭の日。

 マリリとエリカの策略によって、

 花火が爆ぜて、悪臭ガスが地上を覆いつくし、

 王国全土は、”うんこ”の臭いに包まれた。


「おぇッ!!? ぐほっぉぉ、おろろっろぉぉ!!!」

「ぐへぇぇ、何だこの悪臭はっ!!」

「うぐぅぅ……この霧っ……臭いっ!!」

「うぇぇぇぇぇぇんっ!!」

「……おぇぇぇ……ぎもちわるいぃぃ……」

「……花火はっ……? 誰がこんないたずらをッ!!?」

「うぐぅ、ごふっ、なっ、何が起こっているっ!!!」

「誰かっ、この臭いのをなんとかしてぇぇっ!!!」


 あまりの悪臭に包まれて、マナ王国全土は阿鼻叫喚の地獄になった。

 しかし誰一人として死ぬことはなかった。


「な、なんだありゃあ……」

「たくさんの紙が降ってくる……」

「くそぉ、この紙で”うんこ”を拭えってか? トイレットペーパーってか!!? ふざけるなぁぁ!!」

「誰のいたずらだこりゃぁっ! ぶち殺してやる許さねぇっ!」

「おえぇぇ、な、なにか書いてあるぜっ……?」


 悪臭の広がりとともに、降り注いでくる無数の紙。

 国じゅうの人間が、その紙を手に取り、同じ文章を目にしていた。


「は?」

「なっ!?」

「これは……っ!」

「ふざけるなよっ!!」

「やはりアイツがっ!!」

「俺達を騙してたってことかッ!?」

「このクズがッ!!」


 その文章を目にした誰もが、顔をしかめ、眉間に皺を寄せて憤った。

 

「なんだよこの文章はっ!? ふざけてんじゃねぇぞっ!!!」




★★★




――――――――――


【クソ勇者レジェ参場ッ!!】


 国王さまをブッ殺したの、この俺でーーすwww

 魔王を殺したってのもぜーんぶ嘘!

 むしろ気が合って、魔王とマブダチになっちゃったーwww

 寝たきり状態ってのも真っ赤な嘘さ!

 俺は王様ブッ殺せるくらい、元気ピンピンだからwww

 俺が良い奴かと思ったか!? 

 んなワケねぇだろバーカ!!

 今日は女神さまを祝うお祭りなんだって!?

 ということで花火のかわりに、ウンコを国中に撒き散らしてやりましたーーー!!

 クソ喰らえウェーィ!!www


――――――――――――




★★★




 世界中にバラ撒かれた文章。



「国王さまを、殺しただとッ!!?」

「魔王を倒したってのも嘘だって!?」

「あんのクズ勇者がぁぁッ!!」

「やはりアイツはクズ野郎だったっ!!」

「畜生、ふざけやがってっ!」

「勇者レジェ、女神さまを侮辱しやがってっ!」

「……呆れてなにも言えねぇぜ、イカれてやがるコイツ……」

「てめぇ許せねぇぇっ! ぶっころしてやるぅぅぅ!!!」



 国中で沸き起こる、勇者への罵声、怒り、恨み、殺意。

 悪感情の大合唱。

 

 世界中の憎悪ヘイトが、たった1人の人間へと向けられる。

 勇者レジェへと集まっていく……




★★★




 俺の口が、開いた……


「……ありがとう。エリカ、マリリ……」


 俺は、5日ぶりに言葉を話した。


 身体の奥から、どんどんと力が溢れ出てくる。

 俺に向けられる憎悪ヘイトが、大きく膨らんでいく。

 俺のレベルが、加速度的に上がっていく。

 俺は、勇者だ。


「嘘だ……ふざけるな……私の100年の計画がっ……」


 ロゼリアが頭を抱えて震えている。


「残念だったな! 魔王ロゼリア!!

 形勢逆転だァッ!!

 ……世界中の憎悪ヘイトが、この俺に集まってくるのが分かるぜ……

 史上最悪の嫌われ勇者、レジェ様の復活だァッ!!」


 俺は叫び、立ち上がり、

 うろたえる魔王の横を通りすぎて、エリカやマリリのほうへと向かう。


「ほらレジェ、受け取ってっ!!」


 エリカが腰から、一本の剣を抜き、俺に差し出した。

 その剣を受け取る。

 久しぶりに握る”勇者の剣”だ。


「……最高だぜ! エリカ! マリリっ!

 よくこんな作戦を思いついたなぁ!!」


 俺はエリカやマリリを、力強く抱きしめた。


「……ふふん! そうでしょうっ!

 このアイデアを出したのは私よっ!

 この作戦はね、ウンコ仮面を参考にしたの!

 ……ウンコ仮面の第一話に、”時限爆弾から街を救うお話”があってね!

 時限爆弾の存在を知ったウンコ仮面は、最初は、必死に街の人たちに、逃げるように訴えたんだけど……

 誰も真剣に取り合ってくれなくて、話を聞いてくれなくて……

 何もできないまま、爆発予定時刻が迫ってくるの……

 ねぇねぇレジェ、この後ウンコ仮面どうしたと思う?」


 エリカがキラキラした瞳で、鼻息を荒げ、興奮した様子で俺に迫ってくる。

 正直めちゃくちゃ可愛い、

 ウンコ仮面が大好きなんだね、エリカ……

 でも、今すべき話だろうか?


「さぁ? 分からないな……」


 そんな事より魔王を倒さないと。


「……分からないっ! 分からないぃぃっ!!?

 ……なぜなぜなぜなぜぇっ!!? 

 どうやって私の計画を知ったんだッ!? 剣聖エリカっ!! 聖女マリリぃ!!

 勇者の口は塞いだっ! 国王は殺したのにぃっ!

 口封じは完璧だったはずだぁっ!」

 

 魔王ロゼリアも、俺とは別の難問に、悩み苦しんでいるご様子だった。


「ぶっぶ――時間切れ――っ!

 正解は――

 ウンコ仮面は、”街じゅうに野糞のぐそをまき散らした”のよ!!

 そのあまりに酷い悪臭に、人々はたまらず街を逃げ出したわ!

 その後、時限爆弾によって、無人の街は消し飛んだ。

 ウンコ仮面が、街から住人を追い払ったお陰で、死者は誰も居なかったってコトよっ!

 ねぇねぇレジェ!? カッコいいでしょ!? ウンコ仮面!!

 レジェに負けないくらいイケてる男なのよっ!」


「あ、あぁ……そうだな」


 なるほどな。

 このイカれた作戦は、ウンコ仮面の話を参考にしたのか……

 汚い、あまりに汚い物話だが……

 お陰で俺はレベルを取り戻せた。

 感謝するぜ、ウンコ仮面。

 感謝するぜ、剣聖エリカ。



「ふふふ……間抜けな魔王さんに、種明かしをしてあげましょうか?

 簡単な話ですよ……」


 聖女マリリが、魔王ロゼリアを嘲笑した。


「5日前、王宮3階の療養所にて、

 あなたが勇者に、『自身が魔王であること』と、『花火を利用して人類滅亡を企んでいること』を明かしたとき……

 私とエリカも、近くで盗み聞きしていたんです……」


「はぁ!?

 そんなバカなッ!?

 あのとき私のそばに、勇者以外の”気配”は無かったはず……」


 魔王ロゼリアは狼狽うろたえた。


「……えぇその通り。”気配”なかった。

 ……あなたが『気配を消す魔法』を知らなくて、本当に良かった。

 ……風魔法を応用した、私が開発した魔法です」


 そう、あの時。

 俺が療養室にて、戦士長ロゼリアに問い詰めたとき……

 エリカとマリリも、近くで耳を澄ませていたのだ。


「なぁロゼリア、”千里眼”なんて能力は、真っ赤な嘘なんだろう?

 気配を消したエリカとマリリに気付けなかった時点で、俺は確信したぜ」


 俺はあの時に、

 いや、それ以前から見抜いていた。


「千里眼の力の正体はおそらく……

『遠距離にいる魔族と意思疎通する能力』だ!

 ……違うか? ロゼリア!?」


「……なっ!!?」


 俺はまるでシャーロック・ホームズみたく、名推理を披露する。


「そうすれば、全て説明できるんだよっ!

 『魔王軍の侵略を、今まで何度も予見したこと』も、

 『俺が魔王城を攻め落としたしたタイミングを見計らって、”魔王討伐”のデマを流し、俺のレベルをどん底まで突き落としたこと』もっ!!」


 魔王ロゼリアは、ギリギリと歯ぎしりする。

 気持ちいいな。コレ。


「そもそも、あの時から違和感があったんだ。

 俺が魔王城に乗り込んだとき、魔族たちがすでに俺の情報を得ていたことにな!!

 雷の四天王が俺に、『得意の風魔法で、この雷を防いでみろっ!』、だなんて叫んだり……

 あの卑怯女に関しては、『あなたの弱点が毒であることは、魔王さまから聞き及んでいる!』だなんて、自白してくれたからな」


 いま思えばあのセリフは明らかにおかしい。

 魔王ロゼリアは、ずっと王都にいたのだから!


「バハネルか……あのバカ女がっ……!」


 ロゼリアが恨めしそうに吐き捨てた。




★★★




―5日前――


 俺たちが王都に戻ってきた日。


 凱旋パレードに、勇者の受賞式、祝賀パーティと慌ただしい行事をこなし、

 ジェシカとの結婚式の途中に、気絶して倒れた俺が、目を覚ますと……


 俺は王宮3階の、療養室のベッドで眠っていた。


 同じ部屋には、剣聖エリカと戦士長ロゼリアがいた。


 エリカは別れ際に、俺にキスしてきた。

 そして小声で俺に囁いた。


「……いまから作戦を実行するわよ、レジェ。

 マリリが近くで待機してるわ。

 私は大聖堂に行くフリをして、マリリと一緒に気配を消して、この近くに隠れるから、

 数分経過した後で、ロゼリアを問い詰めて……」


「あぁ」


 俺は頷いた。


「だがエリカ、約束してくれ。

 もしロゼリアが、”魔王”本人だった場合でも……

 たとえ俺がどんな目に遭ったとしても、飛びだして来たりするなよ……」


「分かってるわ……

 たとえレジェが殺されたとしても……」


「ああ、もしその時は、お前らに任せた……

 まぁ死ぬとしても、なるべく情報を引き出してやるさ……」


「うん……レジェ。愛してるわ……」

 

 エリカは名残惜しそうに、ちゅぷりと甘く舌を絡めた。


 俺たちはあの夜・・・、誓ったんだ。

 俺、ジェシカ、エリカ、マリリ。

 四人全員命をかけて、必ず魔王を倒すんだって。


 たとえ、大切な人の命を、犠牲にするとしても……


 ……………


 ふっと、エリカの唇が離れていく。

 互いの唾液が糸のように引いて、俺の口のなかに流れ落ちる。

 エリカは身体を起こして、立ち上がった。


「……じゃあねレジェ! 

 レジェが目を覚ましたって、マリリやジェシカに伝えてくるわ!

 ロゼリア様っ! しばらく離れます!

 一時間くらいで戻れると思いますが、

 しばらく勇者レジェの面倒を見ててくれませんか?」


 そう言ってエリカは、元気いっぱいの声で、療養室を飛び出していった。


「は、はいエリカ殿。分かりました……」


 そんなエリカに、戦士長ロゼリアは慌て気味に返事をするのだった。

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