魔王討伐RTA!


「ふざけるなぁ!!! クソ野郎どもぉぉ!!

 私の悲願をっ、100年来の夢をぉっ!!

 よくもブチ壊しやがってぇぇ!!!

 殺してやる殺してやるぅぅぅ!! 許さぬぞ勇者レジェぇぇ!!!」


 魔王ロゼリアが、キンキン声で絶叫した。

 その身体は、禍々しい気配を開放する。

 身体じゅうから、ドス黒い無数の触手を放出し、みるみるうちに化け物へと変わり果てた。


「うるせぇクソババア!

 耳が痛いし、気持ち悪いんだよぉ!!」


 俺もたまらず叫んだ。


「……レジェ、来るわよ…… 戦える?」


 エリカがチラリと横目で俺を見た。


「……あぁ。

 まだまだ『最強の頃の俺』には、遠く及ばないがな……

 お前らよりは強いはずだ……」


 俺は答えた。


「……これほどまでに禍々しい気配を、何年も隠して、ずっと人間のフリをしていただなんて……

 ……信じられません……

 これが、魔王ですか……」


 マリリが怯えた目つきで魔王を見ていた。


「……なぁに、心配ねぇぜマリリ。

 お前は魔法の天才だ。じゅうぶん魔王にも通用する。

 三人でやれば勝てるさ!」


「は、はい……」


 マリリが自身なさげに頷いた。


「そういえば、三人一緒に戦うのは初めてね!」


 エリカが剣を構えて中腰になる。


「相手は魔王、相手にとって不足なしっ!!」


 ダンッ!!

 エリカが地面を蹴り、先陣をきった。

 素早い速さで駆け、魔王へと肉薄する。


「はぁぁっ!」


 エリカが振り下ろした剣……魔王へとぶつかる。


「舐めるなクソガキぃぃ!!」


 ドゴォォッ!!


 次の瞬間、エリカが吹っ飛んだ。

 素早い魔王の攻撃、エリカは壁まで飛ばされて、激突した。


「エリカ!?」


 俺が心配して、エリカのそばに駆け寄ると……


「ふふふ……あははははっ!!」


 エリカは、笑っていた。


「……この程度なの? 魔王って……

 たいしたことないわねっ!

 ……レジェと戦ったときみたく、動きすら見えなかったらどうしようかと不安だったけど……

 あんたの動きは目で追える!

 余裕で防げるわ!」


 エリカが、ゆっくりと立ち上がる。


「【火炎領域フレイム・フィールド】ッ!!」


 マリリの叫び声がして。

 直後に視界が赤色に染まった。

 灼熱の炎が魔王を襲う。


「……ぎゃぁああああ、熱いぃぃ、熱いぃぃ!!!」


 魔王がうるさい声で悶絶する。

 黒い触手が勢いよくのびて、マリリのほうへと迫っていく……


「マリリっ!!」


 俺は、剣を構えて空中を斬った。


 ズババババァァ!!


 俺の風の斬撃が、黒い触手を叩ききった。

 ただの素振りである。

 風にのった斬撃により、

 王宮最上階の壁に、亀裂が入った。


「……あんた、やっぱりイかれてるわよ……」


 エリカが呆れ気味に言った。


「……いや、全然ダメだ……

 ……あの頃の俺なら、最上階ごと真っ二つに出来たのに……」


「でしょうね……」


 エリカにドン引きされてしまった。


「【氷結領域アイス・フィールド】っ!!」


 マリリが続けて詠唱する。

 それは、氷結魔法。

 燃やされていた魔王が一転、分厚い氷に包まれた。


「ぎゃぁぁぁ、冷たいぃぃ!! 冷たいぃぃぃ!!」


 ビギ……ビギギ……


 氷をバキバキと割りながら、魔王が苦しそうに暴れまわる。


「寒暖差で、魔王の動きをにぶらせましたっ!

 今のうちに、トドメをさしてくださいっ!!」


 聖女マリリが叫ぶ。

 俺とエリカは目を合わせて、二人ならんで走り出した。


「……ふざけるな、ふざけるなぁぁ!! 負けてたまるかぁぁ!!

 悪神さまの悲願は、私のこの手でっ!!」


 ビギギ、

 と氷塊が割れて、魔王の無数の触手が、俺達へと降りかかる。

 しかし、マリリの言う通り、明らかに動きが鈍い……


「レジェ、まかせて」


 エリカが短くそう言って、俺の前へ飛んだ。


「……剣聖剣技……【荒野華ハイデリカ】!!」


 エリカは叫び、目にも見えぬ速さで剣を振った。

 ズバババ……と、魔王の触手がスパゲッティーのように切り刻まれていく……


 魔王の触手が、ボタボタと地面に落ちて……

 ついに、ほとんど失われた。


「手がっ、手がぁぁぁっ!!

 私の手がぁぁぁあああっ!!!?」


 魔王はついに、触手を失った。

 もう攻撃手段は残っていない。

 あとは、トドメを刺されるのを待つばかり……


「……なぁロゼリア……やっと理解わかったか?

 手も足も動かなくて、一人じゃ何もできない奴の気持ちが……?」


 俺は、ロゼリアの首に、勇者の剣をあてがった。


「……やだ、嫌だぁぁぁ!!

 やめろぉぉ!! やめてくれぇぇっ!!

 殺さないでくれぇぇ……!!」


 魔王ロゼリアは命乞いをした。

 みっともなくて、威厳もなくて、

 ……心底吐き気がする。


「やっと理解わかったか?

 理不尽に殺される者の気持ちが……」


「分かった……分かったからっ!

 じゅうぶん分かりましたからぁぁ!!

 殺さないでくれぇ! レジェッ!!」


 氷魔法で固められて、手足を失った魔王は、

 かろうじて口を動かして、命乞いをすることしかできない……


「まぁお前には分からねぇか、バカだから……」


 俺は”勇者の剣”を強く握り、右から左へ、勢いよく振り抜いた。


 ズバァァァン!!


 そういえば、実際に”勇者の剣”で敵を斬ったのは、今回が初めてだな……

 今までずっと、風の斬撃で斬ってきたから……


「ぎゃぁぁあああああぁ!!!」


 魔王ロゼリアは、最後の断末魔を残して、

 ただの屍となった。


「まったく、最後までうるさい奴だったな……」


 俺は、ふぅぅと息をついた。

 静かな王宮最上階……

 俺が刻んだ壁の隙間から、星空が見えていた。


 ……終わったのか? これで……

 意外とあっけない最後だったな…… 


「……これで、終わったの……?」


 剣聖エリカが震え声で、涙を流しはじめた……


「やりましたっ……!

 これで魔王は倒れましたっ!

 世界は救われたんですっ!!」


 聖女マリリが、身体を震わせて歓喜していた。


 ……………


 ……そういえば、魔王に聞きそびれたことがあったな……

 ”千里眼の能力”の正体は、『魔族と遠距離で意思疎通できる能力』……もしくはそれに近い能力だと思うのだが……

 ひとつ、違和感を感じていた。

 

 魔王城を攻めたとき、魔王軍四天王たちは『俺が風魔法を使う』ことと、『俺の弱点が毒であること』を知っていた。


 ”風魔法”に関しては、ウンコ仮面の姿で囚われた三人を助けたときに、

 四天王”ヴェロキア”やその仲間に、"風の斬撃"を披露したが……


 俺の弱点が毒”であることを、どうやって知ったのだろうか?

 RTA二日目の朝食中、

 俺がエリカに騙されて、まんまと”毒”を盛られたことがあったが……

 近くに魔族は居なかったはずだ……

 あの時あの場所に居たのは、俺とジェシカとエリカとマリリの四人だけ……


「レジェ? どうかしたの?」


 エリカがキョトンとした顔で、俺の顔を覗き込んだ。


「いや……なんでもないよ」


 俺はエリカの赤毛にポンと手をおいて、笑顔を見せた。


「帰ろうか。ジェシカに会いにいこう……」


 そう言って、俺達は、扉へと向かっていた。

 その時だった。


 ドッドッドッドッドッ!!


 下の方から、慌ただしく足音が登ってきた。

 そして、扉の向こう側まで足音が来て、バァァンと勢いよく開かれた。


 そこに居たのは、はぁはぁと息を乱した王女ジェシカだった。


「……ジェシカ!?」

「ジェシカ、大丈夫……?」

「いったん落ち着いて……」


 そんな俺達の言葉を無視して、ジェシカは血気迫った顔で俺の両肩を握った。


「……ジェシカ??」


「大変ですっ! 私っ! 魔王の正体が分かったんですっ!!

 ……千里眼の予言者もっ、国王を殺したのもソイツですっ!! はぁ……げほっ……」


 ジェシカが慌てた様子でまくしたてた。


「……ジェシカ安心して、魔王はもう倒したからっ……」


 エリカが戸惑いつつ、ジェシカの背中を撫でた。


「……いえっ、ごほっ…… 魔王はっ……!! 私……私のっ……」


 ジェシカは、俺の両肩を力強く握りしめながら、震え声で泣きそうになりながら……


私のお母さま・・・・・・だったんですっ!!!」


 泣きじゃくりながら、叫んだ。


「「え……?」」


 唖然とする、俺とエリカとマリリ……

 何を言っているんだジェシカ……??

 

 だって、魔王の正体は、戦士長ロゼリアだったじゃないか……?

 たったいま俺たちが倒した魔王……


………………


…………


……



【えぇ……その通りよ……本当の魔王は私……】


 禍々しい声がした。

 ロゼリアとは比べ物にならないくらい、ドス黒い気配……


【結局あなた達は、私の手のひらの上で踊らされていたということ……】


 ズズズズズ

と、黒い塊が、階段の下から上がってきた。


「王妃、リリシア……さま……?」

「嘘……どうなってるのよ……?」


 マリリとエリカが、震え声を漏らした。


【知っていますか?

 人を騙すとき、嘘は2つ重ねるものだと……

 『魔王城に魔王は居なかった』

 そして、戦士長ロゼリアが『私が魔王だ』と宣言した……

 一度騙された後に、もっともらしい真実を与えることで……

 人々はそれを簡単に信じてしまう……

 まぁ、それも仕方のない事です……

 『ロゼリアが魔王ではない可能性』なんて、考えたくないでしょうから……】


 黒い気配のソイツは、外見は人間のままだった。

 ジェシカの母親……マナ王国王妃、”リリシア・マナトフィア”に間違いなかった……

 しかしその雰囲気は、隠す気もなく化け物だった。

 

 そうか……

 俺はまた騙されたのか。

 本物の魔王は、ロゼリアではなく、”王妃リリシア”だった、と。


「……っっ……!!」


 剣聖エリカが無言で剣を構えた。

 剣先をカタカタと震わせながら……


【ふふふ……あなた達の作戦は楽しませてもらいましたよ……

 でも幸いにして、私の”計画”に支障はありません……】


 王妃リリシア――いや、魔王リリシアは、ぐにゃりと表情を歪めた。


【今この瞬間、全ての条件が整いましたッ!!

 世界中の憎悪ヘイトは勇者に集まり、

 ジェシカは無事に子を宿した……

 感謝しますロゼリア、感謝します勇者レジェ、ありがとうジェシカ……

 100年の時を経て、私はようやく、悪神タナトス様と邂逅するのですっ!!!】


 何を言っているんだコイツは?

 なぜ俺は感謝されている?


「お母さまっ……どうして……どうしてこんなことをッ!?」


【我が娘ジェシカよ……あなたはよくやってくれました……

 産んだときは欠陥品だと失望しましたが……

 今こうして、私の役に立ってくれた……】


「やめて、やめてやめてやめてぇぇっ!!

 こんなのは夢よっ! 悪い夢っ!

 だってお母さまは、いつも優しいお母さまでっ……!

 私の大好きな、お母さまだったのよっ……!」


 泣き叫ぶジェシカを、俺は両手で、強く抱きしめた。


 ………

 まさか……

 魔王はずっと、ジェシカを通して、俺たちを監視して……


【ふふふ……

 さぁ……始めましょうか……

 目覚めなさい!

 魔王の娘・・・・ジェシカ・・・・よっ!!】


「え……?」


 その刹那。

 小さなジェシカの身体が、ぐにゃりと歪んで膨れ上がった。

 次の瞬間。

 俺は真っ黒な塊に飲み込まれた……

 



★★★




―エリカ視点―


「……嘘よ……こんな……こんなのっ……!」


 私は、剣を握りながら、戦慄していた。

 身体が、心が、状況を受け入れることを拒否していた。


 ジェシカの身体が、巨大な化け物へと変わり果てたのだ。

 近くにいたレジェは、ジェシカの体内に飲み込まれてしまった。


「……エリカっ……! これはっ……」


 私の近くに、マリリが寄ってくる。


「ギャォォォォ!! ギュォォォ!!」


 魔物となったジェシカが、獣の咆哮を上げた……

 なによ……なんなのよコレっ!!

 私たちは、どうすればいいのっ……!!


【……20年ほど前……

 『千里眼の予言者』を名乗った私は、王都に侵入し、

 国王ジラードの窮地を何度も救い、結婚までこぎつけました……

 そして、私たちの娘ジェシカが生まれた……

 神の世界に通じる”王家の血”に、私の”魔王の血”が混ざりあうことで……

 我が娘ジェシカは、『悪神タナトス様を召喚する扉』となるハズでした……

 しかし、ジェシカは出来損ないでした。

 ジェシカの”王家の血”はとても弱く、悪神を召喚できる能力はなかった…… 

 ……だから私は待つことにしました。

 ”王家の血”が本来の力を得るためには、”勇者の血”が必要不可欠だったのです……

 私は待ち続けました……勇者の到来を……】


 魔王が何を話しているのか、私には殆ど理解できなかった。

 でも……王妃リリシアが本当の魔王で、王女のジェシカが魔王の娘であるのは本当らしい……

 そしてレジェは、ジェシカの体内に飲み込まれてしまって、安否不明な状況……


 化け物となったジェシカに、まだ自我は残っているのだろうか?

 私は、私たちは……ジェシカを斬らなければいけないの……?

 そんなの……そんなのあんまりよっ!!!


【そして遂に勇者は現れ、ジェシカは勇者の子を孕んだ……

 今ここに、”魔王の血”、”王家の血”、”勇者の血”……

 三種の血を合わせもった胎児が、誕生したのですっ!

 ……勇者に集まった憎悪ヘイトも全て、利用させてもらいますっ!!

 ……今ここに、”神の世界への扉”が開かれるのですっ!

 悪神タナトス様を、現世に召喚するのですっ!!」


 魔王リリシアの叫びとともに、ジェシカの腹部が漆黒に染まりはじめた。

 世界の扉……悪神タナトス……

 何言っているのかさっぱり分からないけれど……


「エリカっ! ジェシカの体内に、すさまじいエネルギーが集まっています……

 あれはきっと、レジェに集まった憎悪ヘイトを吸収して……」


「分かってる……何としてもアレを止めないと……」


 私は、ゆっくりと剣をかまえた。

 剣先がガタガタと震えるのを、深呼吸で押さえつけた……

 分かってる……分かってるよジェシカ……

 約束したものね……

 『魔王を倒すためなら、死んでもかまわない』って、あなたは言いきった……


【ふふふ、邪魔をしないで頂戴…… 

 私の娘には、指一本触れさせないわ……】


 魔王リリシアが、ズズズズと室内へ入り込み、私たちの前に立ちふさがる……


「どいて……」


 

 私は、魔王の向こうの親友を見据えた。

 怪物に成れ果てて、苦しそうに呻いているジェシカを……


「待っててジェシカ……

 いま、楽にしてあげるから……」

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