あなたが命を賭けたから
「あーあ……やっちまったな……」
俺は、床の断面の縁から、下の方を覗き込んだ。
俺の本気の両拳によって、王宮の左半分が消し飛んでしまったのだ。
《……感謝します。勇者レジェ……
魔王を倒してくださり、ありがとうございました》
俺の隣には、女神ヘスティアがいた。
ほのかに白く光りながら、人と同じ大きさで、空に浮かんでたたずんでいた。
いつも白い部屋で出会っていたから、違和感が凄いな。
「……なぁヘスティア。
そんな便利な力を持っているなら、最初から”悪神”を止めてくれれば良かったのに……」
俺は、女神ヘスティアに文句を言った。
ヘスティアが最初から、悪神を抑えてくれていれば……エリカとマリリは死なずに済んだのに……
《……すいません。
本当は何があろうとも、助けないつもりだったんです……
でも、あなたが命を賭けたから……私も命を賭けたんです……》
ヘスティアは、儚い笑顔でそう答えた。
「助けるつもりは、無かった、だと?」
《はい……
『大いなる力には代償が伴う』
それが、あらゆる世界に共通する絶対のルールであり、
たとえ神だとしても、その”定め”から逃れることはできません。
……私は、この世界に干渉しすぎました。
あなたに手を差し伸べてしまった……
その代償として、私の存在は消されてしまいます。
あと10分と経たないうちに、私の自意識はこの世から消滅するでしょう。
それが、あなたを助けた私の運命です……》
え……?
「消滅って、つまりお前は死ぬのか?」
《死ぬ……そうですね。
厳密には違いますが、似たようなものです……》
女神ヘスティアは、落ち着いた声で答えた。
そうか……俺に手を差し伸べたせいで、コイツも死んでしまうのか。
「……悪神タナトスはどうなったんだ? お前と同じように死んだりはしないのか?」
《……彼はまだ生きています。
悪神タナトスは――私のお父さんは……私たちとは神様の格が違います。
この世で2番目に強い神様ですから、この程度では死にません……
早ければ200年後……
再びこの世界を狙ってくるでしょう……》
「そうか……」
俺に未来の事は分からないが、200年後なんて俺は生きてられないからな……
《ふふ、未来のことは、未来の勇者に任せましょう。
私も未来の女神にまかせます。
私たちは私たちの役割を真っ当したんですから、
堂々と胸を張りましょう》
ヘスティアは、屈託のない笑みを見せた。
「なぁ……今まで気づかなかったが、
よく見たらお前の顔、かなり可愛いな……」
俺は素直にそんなことをぼやいた。
《は……?
ななっ、何を言っているんですか?
私を口説いてるんですか!? 四人目の妻に迎える気ですか……!?
ごめんなさい無理です、私、今から消えるので……》
「いや、そこまで言ってないが」
《……三人もお嫁さんがいるのに、私までもを口説くなんて、
やはりあなたは、女たらし……
……ド畜生変態史上最低クズ勇者だったんですねっ!?》
「そこまで言われる筋合いはないが……」
《ふぅ……》
女神ヘスティアは、さんざん捲し立てたあとで、ほっと息をついた。
《……私はずっと、恋愛感情というものが全く理解できなかったんです。
正直、私は、恋愛感情というものを嫌厭していました。
でも、あなたと出会って、あなた達の冒険を眺めて……
今こうして、あなたと話をして……
……恋心をいうものが、少しだけ、ほんの少しだけ、理解できた気がします》
「……お前、俺のことが好きなのか?」
「違います! ……分かりません……
私に聞かれても分かりませんよ、そんなこと……」
女神ヘスティアは、困ったよう顔をして、両手で俺の手をとった。
《さぁレジェ……もう時間がありません。
私も最後の約束を果たします……
私は一週間前あなたに、
『もしあなたが魔王を倒せたら、私の女神の力で、願いを叶えて差し上げます』と。
そう約束したはずです。
さぁ勇者、あなたの願いを教えてください……》
願い、願いか……
俺が
女神ヘスティアが、意地悪そうに笑った。
《とは言っても、今の私にできることは限られています……
せいぜい、『死んだばかりの数人を、この世に生き還らせる程度』ですが……
その程度で良ければ……》
「ふふっ、あぁ十分だ……」
そこまで言われたら、もう願うしかないだろう。
そもそも、"他の願い"なんて特にないしな。
「…………………」
俺は、女神様に願いを告げた。
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