勇者は世界を救うのか


「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃぁぁあぁ!!!」


 俺はただ、がむしゃらに剣を振った。

 綺麗さなんてまるでない。

 子供がおもちゃを振り回すようなでたらめな剣。

 それでも……


 魔王の槍が次から次へと割れていく。

 魔王の身体のあちこちから、血が噴き出してくる。


【ぐはぁぁ……がぁぁぁぁ……かぁぁぁ!!】


「おらおらどうしたぁ……!? 悪神ナントカの力でパワーアップしてるんじゃなかったのかぁ!?

 こんなものかよぉ!? 魔王リリシアさんよぉぉ!?」


 絶え間のない風の斬撃、

 俺が魔王城をズタズタに切り刻んだ剣戟!!


【……口を慎みなさい勇者っ! ……私は神になったのですっ!!

 人間のあなたに、神を殺せる道理など無いっ!!】


「へぇ、だったら俺を止めてみろよっ!!!」


 俺は魔王リリシアをズタズタに切り裂いていく。

 しかし、魔王リリシアの身体は素早く回復して、傷ついた腕はすぐに復活していく。


「……らちが明かねぇな……お前の弱点はどこだ……?」


 先ほどは、心臓部分に魔力が固まっていたので、そこが急所と判断したのだが……

 その魔力の塊は急所ではなく、”毒霧”の詰まったトラップだった。

 他に魔力が集まっている場所があれば、そこが急所である可能性は高いのだが……


「……頭か。とりあえず頭を潰して様子を見てやる……」


 そう言って、俺が剣を構えると、

 魔王リリシアは無数の手を、頭の近くへと持ち上げて、

 自身の頭部を守るように手で囲った。


「……ビンゴだな」


 俺は、頭に向かってジャンプした。


「……引きこもってないで出てこいよ!! クソ魔王っ!!」


 勇者の剣を振る。

 邪魔する手足を根こそぎ切り刻む……


【ギャァァァ……!!!】


 手から紫色の血を噴き出し、絶叫する魔王リリシア。

 俺は剣で道を切り開きながら、魔王の手の森を斬り進めた。

 

 ズバババババ……


【グゥゥ……待てぇぇぇ……待ってくれぇぇ】


 後ろから迫ってくる手も槍も、すべてまとめて切り落とした。


【……もう少しぃぃ……あと少しでぇぇ……】


「もうねぇよ……」


 バシュ!!


 俺は、魔王の頭を守る最後の腕を斬り飛ばした。


「終わりだ魔王リリシアっ! お前はっ!!


【ぶっ……くふふ……


 俺は刀を振り下ろす。

 リリシアは一転して、笑った。


【……間に合いました……】


「は……? なにが……」


【魔神タナトスさまが、現世ここにいらっしゃいました……】


 ドクン……

 ドクンドクン……


 心臓が、凍りつくような感覚がした。

 恐怖、不安、戦慄。

 その気配は、まるで死そのもののように……

 俺の後ろに、なにか・・・いる。


 時間の進みが、ゆっくりに感じる。

 本気で剣を振り下ろしているのに、まったくもって、剣の進みが遅い。

 時間が引き伸ばされる。


 思考だけが加速する。

 身体中の細胞が、”生命の危機”を訴えていた。

 危ない。殺される。死ぬ。死……


 俺の後ろに……何かいる……

 とんでもなくヤバい気配……

 ……まさか、お前が

 悪神……タナトス……なのか?


 いや……考えても仕方ない。

 今は、目の前の、魔王を殺さなければっ!

 勇者の剣で、こいつの頭を……


 ………え??


 俺の頭は、真っ白になっていた。

 目の前に、あるはずのものがなかった。

 勇者の剣が、視界から姿を消していたのだ。


 ……は??


 俺の視線が、ゆっくりと手元へと落ちていく。

 手元を見れば、たしかに俺は、勇者の剣を握っていた。

 勇者の剣の持ち手は、手のなかに握られているのだ……

 その刃が……途中で折れて、消えていた。


 …………は??


 バシュゥゥ!!


 腹部を強打された。

 頭、背中、腰を打ちつける。


 ……今のは……魔王の攻撃か……?


 気づけば俺は、床の上に転がっていた。


 ………何……が??


 俺は、かろうじて目を開けて、右手の先を見た。

 やはり見間違いではなかった。

 ”勇者の剣"は根元から折れて、刀身の先が消えていた。


「………はぁ……はぁ……はぁ……」


 視界の端に捉えた、底知れない邪悪の気配……

 漆黒の次元の裂け目から、なにか腕のようなものが、一メートルほど頭を出していた。


 ……あぁ、まさかあの飛び出てるヤツが、悪神タナトス本体・・・・・・・・か……?

 勇者の剣は、アイツに折られたのか?


 ……何も、見えなかった。

 こんなの……どうしろって……


 ビィ……


 一瞬だけ、軌道が見えた。

 黒い化け物のソイツから、俺のほうに何かが飛んで……


 グギィィィィィ!!!


 俺の視界は、轟音とともに……

 真っ白な閃光に包まれた。


 しだいに、世界の音が遠ざかっていく。


 何も聞こえない……


 感覚や痛みが、ずっと遠くへ取り残されて……


 ………………


 …………


 ……



 ……俺の視界いっぱいに、真っ白な光が輝いていた。


 ……しかし、不思議だ。


 ……こんなに明るいのに、眩しくないだなんて……


《………レジェ………》


 何か、遠くから、声が聞こえる。


《レジェ……レジェ! 起きてくださいっ!!》


 必死に叫ぶ、懐かしい女の声……

 あぁ、この声は、あの女か

 ずいぶん久しぶりに聞いた気がするな……


 俺をこの世界に送り届けた存在。

 女神ヘスティアの声だった。


 ぼんやりと、目をあけると……

 そこは、真っ白な光につつまれていた……


 あぁ……そうか、俺は死んだのか……


 とんだクソゲーだったな……まったく……


 悪神タナトスだっけ……


 あいつチートすぎるだろ……


 ……無理無理、あんなの勝てないって……


 ……勇者なんて、もうコリゴリだ……


 …………………


 ……………


 ………






《いいえ! あなたはまだ生きています!!》


 はぁ……?

 何言ってんだ? ヘスティア……

 

《ここは現実世界ですっ!!

 ……だから、勇者レジェ……

 目を開けてくださいっ!!

 立ち上がってくださいっ!》

 

 だから…もう目を開けてるって……

 俺はまばたきをして、再びしっかりと目を開いた。


 ……なっ……


 そこには、白い光があった。

 凄まじく明るくて、しかし目に優しい女神ヘスティアの光があった。

 しかし、それだけではなかった。

 その光の向こうに、すべての飲み込む底知れぬ闇があった。


 女神の”光”と悪神の”闇”が、すさまじい轟音を立てて衝突していた。



 顔を上げて、上をみる。

 そこには天井があった。

 間違いない、激闘の地、王宮最上階の部屋……


 そうか……ここは、現実世界か……

 つまり、俺はまだ、死んでいない。


 つまり、俺が”女神ヘスティアの世界”に行ったのではなく。

 女神ヘスティアが、現実世界に来たということ。


【なんですかっ……この光は……!?

 ……まさか、これが……女神ヘスティア……?】


 魔王リリシアの声がした。

 その姿はヘスティアの光の向こう、ぼんやりと確認できる。


《……長い説明は嫌いでしょうから簡潔にいいます!

 私が”悪神”を食い止めます!!

 だから勇者レジェ!

 あなたは魔王を倒してくださいっ!!

 ……魔王を殺せば、"扉"を維持し続けている力は途絶えます、

 そうすれば、世界の繋がりは弱まり、私が"扉"を……


「スキップ!

 話長いんだよバカ女神!

 要するに魔王を殺せばいいんだろう?」


 俺は、再び立ち上がった。


「お安い御用だ……」


 ギュルルルルゥ……ガァァァァ……


 魔王リリシアが、俺のほうへと顔を向けた。

 気味の悪い音を立てながら……


【……いまさら勇者が何ですかっ!?

 ……勇者の剣を失ったあなたが、私に勝てるとでも…!?

 ……笑わせてくれますねっ!!】


「……いいや、剣ならあるさ、杖もな……」


【毒霧……!!】


 魔王の触手の先から、毒の霧が放出された。


【あなたの弱点は毒でしょう!?

 これが神に授かりし力です!!

 私が30年以上かけて作り上げた毒霧を、今の私ならば、たった一瞬で作り上げることができるっ!

 あなたに勝ち目など無いのです!!】


「【氷結領域アイス・フィールド】っ!!!」


 俺は素早くマリリの杖を手に取り、氷の魔法を放った。

 毒霧が放出される触手めがけて、大気ごと毒霧を凍らせる。


「ぐふぅ……おえぇ……」


 直後、俺に凄まじい吐き気が襲いかかってきた。

 俺は気持ち悪さのあまり、足もとに吐瀉物をぶちまけた。

 魔力酔いである。

 あぁもう畜生……キモチワルイ……

 これだから魔法なんて使いたくなかったんだ……


【……まさか……毒霧が広がる前に、大気ごと凍らせた……?

 ……ふふふ……まぁ良いでしょう……

 これで終わりです!!】


 ギュルルルル……

 魔王の頭上に、莫大な魔力が溜まっていた……

 エリカを殺した魔法とは比べ物にならない……

 さらに大きな魔力……


《……レジェ……気を付けてください……!

 あの魔王の魔力は……王宮全体を消し飛ばします……》

 

 白い光から、女神ヘスティアの声がした。


「あぁ……心配するな。

 すべて切り刻んでやるさ」


 俺は口元を拭い、エリカの剣を手に握り、魔王へ向かって走り出した。

 

【消え失せなさいっ! 邪魔者めが!!】


 俺に向かって、リリシアの巨大魔法が降り注ぐ……


「……剣聖奥義……【鈴蘭鋭利華スズランエリカ】ッ!!!」


 エリカから見て学んだ、魔法を斬る剣。

 付け焼き刃で、エリカほど上手くはできないけれど……

 レベルの暴力で使いこなしてやるさ!!!


「うあぁああああっ!!!!」


 斬る、斬る、切り刻む!

 肌が熱くなっていく。

 この魔法は性格が悪いな。

 ……斬ったあとも、残滓が霧となって、身体にまとまりついて、皮膚の表面を焼いてくる。

 ……厄介だ。

 エリカはきっと、この魔力の残滓に焼かれて殺されたのだろう。

 しかし、俺は最強勇者。

 これぐらいじゃ死なねぇ!!


【うがぁぁあああああっ!!】


 魔王の触手が、槍が……俺を目指して飛んでくる。

 俺はエリカの剣で、そのすべてを叩き落とす。


【……くそっ、来るなっ!

 くたばりなさい勇者っ! ぐぅぅ……!!!】


 負けない、負けられない……

 俺は、ジェシカのために、エリカのために、マリリのために……


「……魔王おまえを倒すと! 誓ったっ!!!」


 ギィィィン!!


 視界いっぱいを覆っていた魔力が消えた。

 俺は、すべてを切り刻んだ。

 気づけば俺の目の前には、魔王リリシアの顔があった。


【……ま、待て勇者……私は……】


 俺の手のなかで、剣聖の剣がポロポロと崩れ落ちた。

 壊れてしまったか……

 ありがとうな、ここまで俺を届けてくれて……


「……せいぜい歯ぁ食いしばれ……クソ魔王……」


 俺は、ゆっくりと、右の拳を振り上げた。

 そこに全ての力をつぎ込む。

 魔王にトドメを刺すのに、勇者の剣なんかいらねぇからな……

 俺の拳で、地獄までぶっ飛ばしてやるよぉぉ!!!


【ま、待ってくれ……私はただ……】


「スパーーーーーーキングッ!!!」


 俺はリリシアに、本気の拳を振り抜いた。


 ドゴォォォォォン!!!


 凄まじい轟音。

 リリシアの頭部は跡形もなく吹き飛んで、その先の壁が全壊した。


 バリバリバリィィ!!!

 

 とプラズマが起こり。

 夜空の雲を蹴散らした。

 その後、拳の延長線上に、美しいオーロラがかかったという。


 魔王は死んだ。


 リリシアの身体が……パラパラと崩れていく……

 身体から生気をなくし、泥人形のようにその造形を崩していく。

 ……これで……終わったのか?

 ……ふざ……けんじゃねぇぞ……


「簡単に死んでるんじゃねぇぞクソ魔王がっ! 

 まだエリカとマリリのぶんが残ってるんだよぉぉ!!!」


 俺は両手を振り上げた


「これがっ! エリカの拳だっ!!

 そしてこれが、マリリの拳だぁぁぁ!!!」


 俺は、倒れた魔王に向かって、両手の拳を突き立てた。


《……も、もう十分です。

 すでに魔王は死んでますからぁぁぁ!!!》


「ダブル・スパーキングッ!!!」


 女神ヘスティアの必死の制止も虚しく、

 そんな理屈で、俺の怒りが収まるはずもなく……


 ドゴォォォォォ!!! 


 俺の両拳は、王宮の左半分を叩き潰した。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る