本物の勇者、本当の友達


―聖女マリリ視点―


「あぁああああぁあぁ……がぁああああっ!!」


 は……あまりの痛みに、泣き叫んでいた。


 身体の中を、何匹もの毒蛇が暴れまわるような苦痛。

 涙や鼻水が止まらない……


 私の身体の中へ、どんどんと吸収されていく猛毒。

 ……回復魔法と解毒魔法で耐えながら……ギリギリで意識を保ちながら……


 ……あと……毒霧はどれくらい残ってる?

 ……まだ……私はまだ死ねない……

 すべての毒霧を、この身で受け止めるまで……

 くたばるわけにはいかないのだ!!


「ぎゃぁあああああああっぁああああああっ!!」


 致死量の……1000倍……?

 それが……なんだって言うのよ……

 私は、魔法の天才、大聖女マリリよ……


 毒はなるべく……下半身へ追いやって、

 ……心臓からは遠ざけて……

 もう……足の肉はぐちゃぐちゃだから……

 次は、腕のほうへ、毒を流して……


「いぎゃぁあぁああああああっ!!!」


 ……私は、部屋に充満する毒霧を、すべてこの身で受け止めて……

 それまで耐えて、そして死ぬ。


 ……国王さまの体内の”毒霧”をしらべて、分かったことがある。

 それは、『何年も長い年月をかけて作られた』ということ……

 いくら魔王でも、あんな複雑すぎる毒を、短時間で作ることはできない……


 魔王はこれを”最終手段”と言った。

 この”毒霧”が、きっと最後。

 もう”毒霧”は使い果たしてるはず。

 ……そうだと信じて、やるしかない。


「……ぐふぅ……おぇぇぇ……あがぁ……!」


 そして”毒霧”は、人間の体内に好んで侵入する性質がある。

 ……だから……私は、

 私の身体のなかに、すべての”毒霧”を閉じ込める!

 


「ぐあぁあああああっ!!」

 

 お腹のなかが焼かれる……

 もう、全身の感覚がない。

 何も見えない真っ暗闇……

 上も下も分からない。

 あと……毒霧はどれくらい……?


 あぁ……まだ……まだ死ねない……

 私は……


 ………………


 …………


 ……


 私は生まれたときからずっと、”特別な自分”が大嫌いだった。


 私が”突出した魔法の才”を持って産まれたから、両親は私を”出世の道具”として利用したのだ。


 小さい頃から毎日、魔法の稽古をつけられて、

 友だちと遊ぶことなんて許されなかった。


 ……私が特別なせいで、誰もが私から距離を置き、尊敬の眼差しとともに畏怖いふされた。

 ……私はずっと孤独だった、不自由だった。

 ……それは全て、私が特別な才能を持って産まれた所為せい

 ……ずっとそう思って、こんな”魔法の才能”なんてなくなれば良いのにって、

 そう思っていた。


 ……もし私から魔法の才能が無くなれば、私はきっと幸せになれるって、思い続けて生きてきた。


 でも……

 私は、レジェに出会った。

 エリカとジェシカに出会った。

 みんなは私を、特別な才能をもつ私を、普通の女の子として受け入れてくれた……

 ……”特別な私”なんかと、友達になってくれた……


 ……ううん、そうじゃないや。

 そうじゃなくて、

 ……特別だとか特別じゃないとか、そんなのホントはどうでもよくて……


 私はただ……

 ”本当の友達”がほしかった、それだけだったんだ……


 私を、ありのままの私として、好きになってくれる誰かを、

 私はずっと探していた。


 ……レジェ、エリカ、ジェシカ。

 みんなに出会えて、私は救われたの。


 生まれてはじめての、私の”本当のともだち”……

 ……私はすごく楽しかった、とっても幸せだった。


 ずっと私は、特別な私が大嫌いだったけれど……

 いまこうやって、私の"特別な才能"が……愛するあなたの役に立てるのなら……

 私は、”特別”に生まれて、心底良かったと思うよ……


 ……レジェ……エリカ……ジェシカ……


 ……私と友だちになってくれて……ありがとう……


 ……………


 ふと、気がつくと、

 私の身体の外側・・・・・に、もう毒霧の気配はなかった。


 すべての毒霧は、私の身体のなかに入ったようだった……

 ……良かった。

 ……やった。うまくできたよ、私……


 私はやっと、最後の最後に、特別な私を大好きになれた……


 あぁ……勇者レジェよ……

 ……私が心から愛するあなたに、私の想いをたくします……


 遠ざかっていく意識……

 なぜだか苦痛は感じなかった。

 感覚器官が麻痺したのだろうか、それとも……


 ……私は、やすらかな気持ちで、目を閉じて、

 そして息絶えた。




★★★




―剣聖エリカ視点―


 あつい……あつい……

 魔力の切り口から、エネルギーが爆ぜて、私の皮膚を焼いていた。

 ……これが、悪神タナトスのエネルギー

 ……私なんかじゃ、到底敵わない……暴力的な魔力量……


 あぁ……


 ……手足が焦げて変色するなかで、私は”剣聖の剣”を振り続けた。


 ……だめだ、届かないや……


 痛い、痛い……

 身体が溶ける……


 ……私の剣は、魔王の喉には届かない……


 私の目から溢れつづける涙が、ジリジリと蒸発して消えていく。


 ……悔しい、悔しいなぁ……

 ……私は、勇者には、なれなかった……


 ふと、お爺ちゃんの顔を思い出す。

 

 エルフの子どもたちと一緒に、たくさんの物語を読み聞かせてくれた夜。

 とくにウンコ仮面は大人気で、みんなではしゃいで、看守に怒鳴られた日もあったけ……

 ふふ……


 あの時、お爺ちゃんから剣を託されたとき。

 お爺ちゃんは私に、魔王を倒してくれと願った。


 私は、剣と願いを受け取った。

 お爺ちゃんの言葉が、私に勇気と夢を与えてくれた。


 ……私は、ずっと憧れていたのだ。


 ……ウンコ仮面みたく、悪いやつをやっつける”ヒーロー”に、

 ……魔王を倒して、世界を救う”勇者”に。


 ””私は、勇者になりたかった””


 でも……私の剣は届かない。

 私の剣では、魔王を倒せない。

 ……私は、本物の勇者にはなれなかった。


「……だから…レジェ……」


 私は、焼け付く喉で、声を振り絞った。


「……私の想いを、あなたに託すわ……」


 お爺さまが、私に剣を託したように……

 私も、”本物の勇者”に、この想いを託す。


「レジェ……あなたこそが、”本物の勇者”よ。

 魔王を倒せるのは、あなたしか居ないから……」


 力尽きる寸前、黒い魔力の向こうに光が見えた気がした……

 よかった……

 あの絶望的な攻撃を、私は一人で捌き切ったのだ。

 ……私は勇者にはなれなかったけど、勇者の剣にはなれたかな……??


 ……あとは頼んだわよ、レジェ……


 そんな遺言は、私の口から出ることはなく、

 私、剣聖エリカは、ぐしゃりと床に崩れて死んだ。




★★★




―勇者レジェ視点―


「……エリカ……マリリ……」


 二人は、俺をかばって死んだ。

 マリリは全ての”毒霧”を小さな身体で受け止めて、身体を変色させて床に倒れ……

 エリカは凄まじいエネルギーの魔力にやかれて、皮膚を溶かし真っ黒に焦げて倒れていた。

 ……まるで二人とも被爆したみたいに……ぐちゃぐちゃの身体で。

 人としての原型をとどめていなかった。


「……あぁ………ぁあああっ! うぁあああああああっ!!」


 俺は膝をつき、うなだれて、泣き叫んだ。

 こんな……こんな地獄があってたまるかっ!

 ……どうして……

 ジェシカ……エリカ……マリリ……

 みんな死んだ。

 みんな、この世界から居なくなった。

 嫌だ……

 いやだいやだいやだいやだ……


 俺の身体のなかから、ふつふつと力が湧いてくる。


「……分かってる……分かってた……」


 こうするしか、魔王に勝つ方法はないって、分かってたんだ……

 ジェシカが死んだときから、

 いや、もっとずっと前から、気づいていたんだ。


 三人に再会して、【嫌われ】スキルのことを告白して、協力を頼んだあの時から……


 今日俺は、世界中から【憎悪ヘイト】を取り戻して、再び動ける身体になった。

 しかし、あの頃の最強状態に比べると、まだまだ強さが足りないのだ。


 どうしてか? そんなの決まってる。


『俺の強さを制限していた原因』は、他でもない、

 ジェシカ、エリカ、マリリ……

『三人の俺に対する、はかりしれないほど大きな【好感度】』だった……


【嫌われ】スキルはクソ仕様だ。

 【憎悪ヘイト】で上がるレベルの幅より、【好感ライク】で下がるレベルの幅のほうが、桁違いに大きく設定されている。


 たった一人から受ける【好感ライク】だけで、大幅にレベルを削られるのだ。


 ましてや三人の場合、【好感ライク】ではなく【ラブ】。

 『俺のためには命を捨てても構わない』と思えるほどの、計り知れないほどに大きな愛。


 ジェシカ、エリカ、マリリ……

 三人分の”大きすぎる愛”が、俺のレベルを大きく削って、制限していたのだ……


「………ふふふ、あははぁ……」


 俺は、壊れたように笑いだした。


「……あぁ……

 もうこの世界に、ジェシカもエリカもマリリも居ない……

 俺に好感をむける奴は……この世界から……誰一人として居なくなったワケだぁ……」



 俺は泣きながら、天を仰いで笑っていた。


【……なっ……何だ……お前っ……

 なぜですかっ!? ……一体どうやってそんな力をっ!?】


 俺の力の高まりに、魔王リリシアが恐怖する。


【まさか……三人が死んだ分、好感度のデバフが消えたのですかっ!?】


 リリシアは動揺しながら身構えた。


「いいや違う。デバフなんかじゃねぇ。

 これは”想い”だ。

 ジェシカ、エリカ、マリリ……

 あの三人が俺を信じてたくしてくれた、”愛”と”願い”の質量だ!

 そして、世界じゅうのみんなが俺にたくしてくれた、”憎しみ”と”怒り”の大きさなんだよっ!!」


 全身から力が溢れ出す。

 これが完全状態。

 ……嫌われ勇者レジェの完全復活だ。


「悪神だか魔王だか知らねぇけどなぁあああ!!

 俺が何もかもぶっ殺してやるよぉぉ!!!

 俺は、ド畜生変態史上最低クズ勇者!!

 嫌われ勇者のレジェだぁぁあああっ!!」


 地を蹴り、空を駆ける。

 涙は後ろに置き去りにして、はやく……

 魔王へ向かって剣を振る。


「【素振り・斬シャドウ・スラッシュ】!!!」


 空中での鋭い素振り、

 巻き起こる突風、音速を超越した斬撃。

 

 ズバァァァァ!!

 

 俺の風は、魔王リリシアの肉を深々と削いだ。


【ぎぃぃやぁああああぁあああ!!?】


 魔王リリシアが、耳障りな絶叫を上げる。

 うるさい耳が痛い。

 いますぐ息の根とめてやるよ! このクソ魔王が!!

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