最終手段


「エリカっ!

 魔王の後ろから回り込んで、魔王を牽制けんせいしてくれ!

 決して近づかず、防御専念だ!!」


 は叫んだ。


「マリリ!

 俺達に当たらない範囲で、遠距離から魔王の手足を撃て!」


「「了解っ!!」」


 エリカの返事と、マリリの返事が重なる。


「ずいぶんと化け物になりやがったなぁ……王妃さまよぉ……!

 ……そんなに邪悪が大好きなら、俺が地獄に突き落としてやるよぉぉっ!」


 俺は、魔王へ突撃した。


 魔王を倒すなら、短期決戦しかない。

 魔王の力は、一秒数えるごとに、どんどんとその力を増している。

 それは、この世界に、悪神タナトスが近づいてきているからである。

 時間をかければかけるほど、魔王は力を増し、俺達の勝機は消えていく。

 だから、いま殺らなければっ!!


 勇者の剣を握り、まっすぐ魔王に向かって……


「【火爆フレイム・ボム】……!!!」


 マリリが詠唱し、小型の火魔法を連発する。

 魔王には有効打にはならないが、少しでも魔王の動きを鈍らせる目的だ……


 ギュルルルル!!


 無数の魔王の槍が、鋭い回転とともに俺に向かってくる。

 

 ……風の斬撃っ!!!


 俺は空中で”勇者の剣”を素振りした。


 ギャギャギャギャギャァァ!!


 金属と突風がぶつかりあい、耳障りな高音がなる。

 ……槍には、傷ひとつついていなかった。

 

「……ふっ、さすがに風程度じゃ死なねぇか」


 だが……槍の勢いは止まった。

 俺は硬直を隙をついて、魔王の懐へと潜りこんだ。


【なっ……!!】


 焦る魔王リリシア……


 ボボボボボォォ!!!


 俺の周囲で爆ぜる、マリリの小型火魔法。


 目の前には、魔王の胸部……

 心臓があった。

 この場所から、強いエネルギーを感じる。


「……うぉぉりゃぁぁぁぁ!!!」


 俺は、ありったけの力で、勇者の剣を深々と突き刺した。

 魔王の胸部に、深々と突き刺さる勇者の剣。

 

【ぐぅぅぅ……】


 呻く魔王、傷口から吹き出す紫色の血液……

 勝ったっ……

 俺は、その一瞬、安堵した。

 安堵してしまった。


 ぼふぅぅ……


 あれ……?

 まて、何かおかしい。

 吹き出てくる紫色の血液、

 これは……血液じゃない……

 膨れて、空中で広がって、まるで気体……ガス……


【くくく……あははぁ……】


 魔王の邪悪な笑い声が、俺の脳内に反響した。

 これは……この霧はまさか……

 魔王の”毒霧”……!!


【……最終手段ですよ……

 100年以上熟成してきた、私史上最高純度の”毒霧”です……】


 ボフゥゥゥ!!


 次の瞬間、魔王の心臓を中心にして、”毒霧”の花火玉が爆発した。


 …………!!


 痛い、肺が痛い、喉が痛い……

 後ろに飛んで逃げたが、吸ってしまったのか……? 毒を……


「………!!」


 誰か来た。

 空中で俺の体を抱いて、そのまま遠くへ。

 この赤い髪は、エリカか……?


 ボフゥゥ!!


 毒霧から抜け出した。

 俺を抱えたエリカは、足を止めることなく走りながら、

 はぁはぁと息を吸い込んでいた。

 俺も慌てて酸素を取り込む……


「マリリっ……!!」


 エリカが叫んだ。


「……駄目ですっ! 部屋じゅう毒霧で包まれますっ!

 二人とも息を止めてくださいっ!!」


バフゥゥ!!


 エリカと俺は、壁ぎわまで……マリリのもとへと駆け寄った。

 周囲がぼんやりして、ほとんど何も見えない。

 エリカが苦しそうに口を止めながら、魔王の方を睨みつけていた。

 王宮最上階のこの部屋は、魔王の毒霧によってつつまれてしまった。


 ……くそ、こんなの、近づけない……

 呼吸を止めながら戦うなんて無理だ。

 それに……お腹が、どんどんと痛くなる。

 俺は、毒霧を吸ってしまったのか……

 苦しい、辛い……

 もう息がもたない……

 剣を握る手に、力が入らない……


 俺は、マリリの方を見た。

 自身の口を手で塞ぎながら、その体をガタガタと震わせて恐怖していた。


 ……あぁ、くそ……どうする……

 この部屋から逃げるか?

 意思疎通が……できない……

 うぐ……もう、息が……


 俺は思わず、気持ち悪さのあまりに咳き込んだ。

 

 …………


 俺の唇は……誰かによって塞がれていた。

 この柔らかくて、甘くて、しっとりとした感触……

 あぁ、これは、マリリか……

 マリリの唇か……

 

 マリリの舌が、俺の口内へと侵入する。

 そしてマリリ、じゅるるるると俺の口内を吸い上げて、

 俺の体内から、なにか・・・を、吸いだした。

 俺は身体が軽くなるのを感じた。

 あたまの痛みが消えて、気持ち悪さがなくなって、

 身体の中から、”毒”がなくなるのを感じた。


 あれ、でも、おかしいな?

 魔王の”毒霧”は、たとえマリリの魔法でも、治療不可能だと聞いた気がするが……


 ふぅぅぅ……

 

 マリリは俺の口内に吐息を吹き込んだ。

 俺の肺のなかいっぱいに、マリリから酸素が届けられた。

 これは……

 

 マリリは至近距離で、俺と目を合わせながら、

 ゆっくりと唇を離して、俺の口を両手で塞いだ。


【くふふ……まぁ……毒殺というのも芸がないですからね……

 せっかくなら、この悪神さまから届いてくるエネルギーの全てを……ここに集約させて……

 ひと思いに消し飛ばしてやりますよ……!!】


 魔王リリシアは、そう言って、

 なにか……紫色の光を、頭の上に溜め込んでいた。

 それは、凄まじいエネルギーの塊……

 球状のそれはどんどんと膨れ上がり……濃い毒霧ごしでもはっきりと見えるほど、存在感をはなっていた。


 強すぎる魔力。

 魔王シシリアが、悪神タナトスから得ている神のエネルギー……


 あぁ、だめだ。

 毒霧で行動が制限されるなかで、あんなものを放たれたら……

 俺には、どうすることもできない……

 詰みか……なにかないのか?

 この状況を……突破する方法は……


 俺が焦りと恐怖に、身体じゅうを震わせるなかで……


 俺をまっすぐに見つめた聖女マリリは、優しい顔で笑っていた。


「………エリカ、最終手段です」


 マリリが、口を開いて、話しはじめた。


「……私が”毒霧”をなんとかします。

 だから、”あの魔力”は、あなたがなんとかしてください、エリカ……」


 マリリはそう言って、エリカへ視線を向けた。

 エリカは剣聖の剣を握りながら、コクンと頷いた。

 

 剣聖エリカは、再び前を振り向き、魔王に向かって剣を構えた。


 聖女マリリは、最後に俺に笑いかけて、ふっと俺に背中を向けると……

 数歩前に歩いて、聖女の杖を天に掲げた。


「【空吸収エア・バキュム】!!」


 マリリは、そんな言葉を詠唱した。

 次の瞬間……

 部屋に風がなびいた。

 ”毒霧”が風の流れによって引かれる。

 大気の流れは……一つの場所へと向かっていた。

 俺のすぐ目の前、聖女マリリへと向かって、風が吸い込まれていく。


 ……マリリの身体に、毒霧が集まって、吸収されていく……


「ごふぅぅ……うぐぁあああっ!!」


 マリリが口から血を吐いて、涙を流して発狂し、床に膝をついた。


 気づけば俺やエリカの周囲から、”毒霧”は消えていた。

 吸収されたのだ……マリリの身体のなかへ……


「……おい……マリリ……馬鹿なことはやめろ……」


 俺は裏返った震え声で、呆然としながら……マリリにふらふらと手を伸ばした。


【……毒霧を自分の身体で受け止める気ですか……?

 この部屋に充満する毒霧は、人間の致死量の1000倍を凌駕します……

 あなたがいくら魔法の天才だとしても、回復魔法や解毒魔法を駆使したとしても……

 耐えきることなど不可能ですっ!!】


「……【超・回復術ハイパ・ヒーリング】……【超・解毒ハイパ・ヘルポイズン】……」


 マリリは、自身の身体に魔法をかけた。

 毒霧が、どんどんと吸い寄せられて、マリリの身体へと入っていく。


「あいにく私、我慢比べは得意なんです」


「……やめろ……」


 俺は思わず呟いた。


「やめてくれ……」


 ジェシカだけでなく、マリリも居なくなったら……

 俺は……


「レジェ」


 俺の手は、エリカに掴まれた。

 マリリのほうへ行こうとした俺は、エリカによって止められた。


「……じっとしてて」


 エリカの目は、真剣そのもので、


「……ここは、私たちにまかせて」


 有無を言わせぬ力があった。


 マリリのお陰で、霧が晴れていく。

 お陰で魔王の姿がよく見えた。


【………まぁいいです。どちらにせよ終わります。

 ……この……悪神タナトスさまからもらった力を……

 試してみることにしましょう……】


 魔王リリシアは、頭上に大きく膨れ上がった魔力塊を、俺達のほうへと向けてくる。


【……全員、死になさい……!!!】


「……させないわ、私が止める……」


 エリカが、ゆっくり前に歩き出した。


「……そこで見てて、レジェ……

 ……私の剣技、その極地を……

 剣で魔法を斬る方法……」


 エリカは、魔力の逆光に照らされながら……俺のほうを振り向いて言った。


【がぁぁああああああっ!!】


 魔王の咆哮。

 超高密度の魔力塊が、俺達のほうへと突撃してくる。


「……剣聖……奥義……


 剣聖エリカは、波一つない湖のような、静かな呼吸で精神を整え……

 洗練された技をくりだした。


「【鈴蘭鋭利華スズランエリカ】!!」


 ズバババババァァ!!!


 魔王の魔力塊に正面から対峙し、魔力の熱に焼かれながらも、超高速で切り刻んでいくエリカ……

 

「うあぁあああああぁああっ!!」


 魔力を斬る。

 その言葉の通り、エリカは魔力を斬っていた。

 あぁ……そうか、あれは……

 魔力の流れを見極めながら、その要所に、細かく斬撃を叩き込んでいるのか……

 まさに神業……

 ……レベルが上とか下とかではなく……圧倒的に洗練された技術……

 

「…………」

 

 俺は、泣いていた。

 綺麗だ……

 エリカの剣さばきは、まるで彼女そのものを表すように、

 まっすぐで、綺麗で、曲がりがなくて……

 美しくて、綺麗すぎて……儚くて……

 あぁ、どうして……

 ……俺は……

 ……嫌だ……嫌だ……

 ……行かないでくれ……

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