エリカの記憶
―エリカの回想―
それは暗い部屋、お父さんとお母さんの記憶だ。
お父さんが、お母さんを殴って、
殴って、殴って、殴る記憶。
私も母も、泣いていた。
父さんの背は、私の何倍も高くって、
私は怖くて怖くて、毎日震えていた。
その度に母は、私を抱きしめてくれた気がする。
私の父は、剣聖とよばれる騎士だった。
『マナ騎士団、剣聖七位、シールベルト』
このマナ王国で、七番目に強い騎士だった。
私の父シーベルトは、マナ王国の国王より、ヒョウロー村の管理者を任されていた。
ヒョウロー村とは、エルフや獣人達を捕まえて飼育し、
食糧を作らせたり、兵士として魔族と戦わせるための施設のである。
私はずっと、管理塔の上階の窓から、地上で苦しむエルフや獣人達を眺めていた。
私はそれを観るたびに、怖くて痛かった。
そして私は、勇気を出して、父さんに言ったのだ。
「どうしてあんな、酷い事をするの?」
と。
父さんはこう答えた。
「エルフや獣人たちは、動物と変わらないからだ。
ただの家畜、人間の道具にすぎない」
と、
「でも、痛そうだし、可哀想だよ」
私が必死に声を上げると。
「いいかエリカ、エリカは毎日ご飯を食べるだろう?
皿の上には、死んだお肉やお魚がある。
私達人間は、動物たちを殺して、毎日食べているのさ。
エルフや獣人達も同じようなものだ。
彼らは”私達人間のため”に、食べ物を育てて、魔王軍と戦ってくれているんだ。
すべて、私達人間が生きるためなんだよ、エリカ。
生きるためには、何かを殺して血肉にしなければいけない。
この世は勝たねばならんのだ。
それがこの世界のルールだ。分かるかい?」
「う……うん」
当時6才の私は、ショックを受けた。
エルフを可哀想だと思ったけれど。
私は毎日、お肉やお魚を食べている。
沢山の生き物を殺して、私は生きているんだと知った。
私は、ひとごろしだった。
その頃にはもう、お母さんはいなかった。
お母さんは早くに死んだ。
私の記憶に残っているお母さんは、幼い頃の曖昧な記憶だけ……
その日の晩ごはんは、食欲が湧かなくて、夜は怖くて眠れなかった。
しばらくして……
エルフと獣人達が、管理塔へと攻め込んできた。
反乱である。
エルフと獣人達の暴動、解放戦争。
それはもう大変な騒ぎで、迫ってくるエルフと獣人を、人間の兵士が斬り殺していって、
真っ白な施設は、みるみる内に真っ赤に染まった。
私は怖かった。
エルフ達に殺される恐怖。
でも同時に、共感したんだ。
自由を求めて、人間たちの支配に抗うエルフ達のカッコいい姿に、
父に逆らえなかった私は、どうしようもなく憧れた。
かっこ良かった。
命をかけて、自由を求めるエルフ達の姿は眩しかった。
暴動は鎮圧されて、反乱したエルフ達は捕まえれて、
見せしめに殺される事になった。
そんななか、私、エリカは……勇気を出した。
エルフ達の捕まった牢屋の鍵を解放したのだ。
そして、夜の施設内を走り。
施設の門を開こうとした。
エルフや獣人の皆を助ける為に……
でも、それは叶わなくって、
私は父に見つかって、鬼のような形相で睨まれて、
殴られて、殴られて、殴られて……
「まったく……妻に似やがって……どうしようもない奴め……
エリカ……そんなにエルフや獣が好きなら、勝手に仲良くするがいい……」
吐き捨てるように、父はそう言って、
私は管理塔から追い出されて、
エルフや獣人の居る”地上”へと、突き落とされた。
私は絶縁を突きつけられた。
エルフ達と同じ、奴隷や家畜の立場に叩き落とせれたのだ。
★★★
「こいつ、あの剣聖の娘らしいぞ……」
「なんでこんな場所に?」
「さぁ、だが幸運だ。こんなカタチで、恨みを晴らせるなんてなぁ!!」
地上で私を待っていたのは、
エルフ達の憎悪だった。
地上に堕ちた私は、屈強な男のエルフ達に捕まって……
人間に対する恨みを、全て私にぶつけてきた。
私がこの施設の管理者の娘だと、知っていたらしく。
殴れて、蹴られて……
守ってくれる味方なんて居るはずもなく……
あぁ、私はここで殺されるんだって、思った……
私が憧れたエルフ達は、人間である私を恨んでいて……
心も身体も痛かった……
痛かった……
生まれた時から、ずっと地獄だった。
そんな時、助けてくれたのは……
「やめなさい! お前たち!」
しわがれた声に、エルフ達の手が止まる。
「その娘は優しい娘じゃ、バカ息子とは違ってな」
私を助けてくれた老人は、人間だった。
「大丈夫かい?
エリカちゃんじゃろう? あんたは強い娘じゃ。
わしの孫として誇りに思うわい……」
その老人はなんと、私の祖父であった。
私の父さんのお父さんという事だ。
エルフ達は、私のお爺ちゃんの言うことを聞き、私を虐めるのをやめた。
「【
お爺ちゃんの手から出る淡い緑の光で、私の体じゅうの痛みが、溶けるようになくなっていった。
★★★
私は、お爺ちゃんの計らいによって、エルフの社会に受け入れられた。
獣人たちは人の言葉を話せないので、交流はできなかったけれど、危害は加えてこなかった。
日中はエルフ達と一緒に、鞭打たれて働かされて、
エルフと同じ奴隷として、私は地獄の毎日を過ごした。
でも……
「エリカちゃん、怪我だいじょうぶ?」
「よくやるね、女の子なのに」
私には、エルフの友達ができた。
生まれて初めての友だちだった。
大好きなお爺ちゃんも居た。
地上の家畜生活は、塔の上の暮らしより、ずっとずっと過酷だったけれど、
私の周りには、一緒に苦しむ仲間がいた。
地上には心の通じる友達がいた。
与えられる食糧も少なくて、病気や飢餓が蔓延って、
夏は暑いし、冬は寒い。
暖炉なんてあるわけなくて、
でも……私は一人じゃなかった。
優しい仲間がいた。
塔の上に居た頃は、ずっと一人だったから……
そして私のお爺ちゃんは、エルフの子供達の人気者だった。
私もお爺ちゃんが大好きだった。
「みんな集まってこい。ウンコ仮面の続きじゃぞ」
毎晩、お爺ちゃんが子供たちを呼び集めると、
「わぁぁい」
「やったぁぁ!」
エルフの男の子達が集まってくる。
女の子達も集まってくる。
「遂に、黄金の便器を見つけ出したウンコ仮面は、もと来た道を引き返し……」
兵士が寝静まる夜に始まる、お爺ちゃんの語る寝物語。
特に、ウ○コ仮面の話は、みんな大好きだった。
男の子は、汚いものが好きなのだ。
みんなで集まって、お爺ちゃんのお話を聞いて、お腹が捩れるほどゲラゲラ笑えて、
たまに感動して涙を流して、満足感の中で眠りにつく。
臭くて汚くて、窮屈な宿舎だったけれど。
管理棟上階の、高級ベッドなんかよりも、私はぐっすり熟睡できた。
薄汚く優しいエルフ達に囲まれた、過酷で幸せな日常。
そんな日常は、長くは続かなかった。
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