ヒョウロー村


「あっ、ありがとうございますぅぅ!! 命が助かりましたぁぁ」


「ありがとう、ございま、ゴホッ、ケホッ!!」


 午後の森の中で、

 俺は、男女の子供のエルフに、感謝をされていた。

 一体どうしてこうなったのか?

 それは、3分前に遡る。


「逃げるな昼飯ィィィ!!!」


 俺は三人を抱きながら、大きな虎のようなモンスターを追いかけていた。

 早朝からずっと走りっぱなしだからな、すぐ腹が減るのだ。


 ドゴォォ!!!

  

 逃げていく大虎を、一刀両断する。

 真っ二つに割れる巨躯な大虎。

 その割れた隙間の向こうに……


 涙と泥に塗れた、男女の子供エルフがいたのだ。

 オレンジ髮の男の子が、白髮の女の子を抱きしめながら、恐怖に震えていた。


 そして気づく。

 大虎は、俺から逃げていたのではなかった。

 大虎は、エルフの子供二人を追いかけていたのだ。


「た、助けて……くれたんですか?」


 エルフの男の子が、俺を見てそう言った。


 俺の胸の中には、ジェシカ、エリカ、マリリの三人。

 そして俺の右手には、返り血のついた勇者の剣が握られていた。


「た、助けてくれたんですね、ありがとうございますっ!!」


 あーあー もう手遅れだ。

 俺はエルフ二人にとって、「命の恩人」になってしまった。

 俺のレベルが、一気に下がる感覚がした。

 

「クズ勇者って……もしかして、実は良いやつ?」


 剣聖エリカが俺の顔を覗きこんでくる。

 俺のレベルが更に下がる。

 

「あれが……エルフですか。初めてみました……綺麗です……」


 王女ジェシカの感嘆の声。

 俺のレベルが下がっていく。


「女の子の顔色が悪そうに見えますが……大丈夫ですかね?

 とにかく、救助が間に合って良かったです」


 聖女マリリの安堵する声。

 俺のレベルが下がる。

 レベルが下がる。

 レベルが下がる。


 まずいまずいまずいっ!!

 このクソガキどもっ! やりやがったなっ!

 どうやら俺の【嫌われ】スキルはクソ仕様らしく

 「憎悪ヘイトによるレベルアップより、好感度によるレベルダウンの方が、明らかに変化量が大きい」


 まずい、弱くなる俺、このままではマズイ。

 どうする? どうする? どうする? どうする? どうする?

 俺は必死に頭を回転させる。

 

「あのっ、あなたはっ、聖女様ですよね」


「えぇ」

 

 男の子エルフの質問に、頷く聖女マリリ。

 男の子エルフは、ゴホゴホと咳き込む女の子エルフを背負いながら。


「お願いしますっ! 僕の彼女が病気なんです! 回復をお願いできますか?」


「【回復術ヒーリング】」


 間髪入れずに、魔法の杖で、女の子に回復魔法をかけるマリリ……

 え?

 

「待てマリリっ!」

 

 考え事をしていたせいで、制止が遅れる俺。


 ブワァァァと、回復の光が女の子を包みこみ……


「え……痛くないっ、身体が軽いっ……」


 女の子は、びっくりした顔で自身の身体を確かめた。


「うわぁぁぁっ! 良かったぁぁああ! 治ったぁぁぁ! ありがとうございます、ありがとうございます!」


 男の子は泣きながら、女の子を抱きしめて、俺たちに何度も頭をさげる。

 

 俺のレベルが下がる。

 俺のレベルが下がる。

 俺のレベルが下がる!!


「あのっ! お願いしてばかりで申し訳ありませんが、僕と彼女を、一緒にどこかに連れて行ってくれませんか?

 僕たち、村から逃げてきたんですっ!

 ずっと働かされて、苦しくてっ、夜中に何とか抜け出してきたんですっ!

 お願いします!」


 エルフの男の子が、また深々と頭を下げた。

 隣の女の子も、並んで頭を下げてきた。


 しめた! と俺は思う。

 コレは好機チャンスだ。

 俺は何としても、憎悪ヘイトを取り戻さなければいけない。


「ゆ、勇者……どうする気よ?」


 エリカが珍しく弱々しく、俺の顔色を伺ってくる。


「でも私達が向かうのは、魔王城……なんですよね?」


 王女ジェシカが、マリリとエリカに小声で尋ねる。


 俺は……


「そうか、辛かったな。お前たちの村はどこにあるんだ?」


「向こうの方です」


 俺の質問に、森の中を指さす男の子。

 そうか……ふふふ


「ハハハハッ!! 残念だったなぁ!! 

 俺は良いやつなんかじゃねえよ、極悪人だぁ!

 お前らエルフ二人とも、仲良く村に連れ帰ってやるよぉぉ!」


 目の前のエルフ達の顔が、みるみるうちに絶望に染まっていく。


「いやだ……それだけはっ、嫌だっ! 僕たちはもう自由なんだっ!」


 男の子は俺を睨みつけて、女の子の手を引き、逃げようとする。

 逃さねぇよ。


 俺は二人を両手で捕まえて、エリカとジェシカとマリリに加える。

 俺が抱きかかえるのは、三人に二人を加えて五人になった。

 特急レジェンド号は超満員です。


「クっ! クズ勇者っ、やはりお前は史上最低のクズ勇者だっ!!」


 エリカが怒りをあげる声。


「嫌だァァ! 帰りたくないよぉぉ、助けてぇぇ!」


 号泣するエルフの女の子。


 それでは、村に向かってーー! 出発進行っ!

 俺は五人を抱えて、元気に走り出した。


 村の方向が魔王城の方向と同じだったのでね。

 ラッキーです。


 俺のレベルが、ぐんぐんと上がっていき、元に戻っていきます。




★★★




「や、やっぱり、ここなのね……」


 震え声で呟くエリカ。

 

 山をくだっていると、眼下に村が見えてきた。


 その村は、荒れた大地に、コンクリートのような仕切りで囲まれていて、

 敷地の中では、エルフや獣人たちが、農耕や軍事訓練などで働かされていた。

 

 まるで刑務所。

 敷地中心の管理塔は、冷たい鋼鉄で造られていた。


「な、なんですか……これは……?」


 王女ジェシカが、ショックを受けた声を漏らした。


「ヒョウロー村、ですわ……

 エルフや獣人達に軍事訓練を受けさせて、魔王軍と戦わせる施設です……

 国王様の命令でつくらせたと聞いていますが、

 ジェシカは王女なのに、ご存知ないんですか?」


 聖女マリリの、どこか棘のある声。

 彼女の声も暗かった。


 施設内には怒号が飛び交っていた。


 「働け」だの、「うずくまるな」だの、「手を止めるな」だの……

 みすぼらしいエルフや獣人達が、ボロボロになりながら、こき使われている。

 黒ずんだ包帯を巻いた、ボロボロの身体で……


「お、お父さまは言っていました……

 エルフや獣人は、人間より劣る種族だと……

 だから魔王軍と戦わせていると……

 ……でも、こんな非道ひどい……」


 ジェシカが、震え声で施設を見下ろしていた。


「はぁ!? 何だとふざけるなよっ!

 人間なんかよりエルフの方がっ! よっぽど賢くて高貴な種族だぁっ!」


 俺の胸の中で、男の子エルフがブチキレた。

 あぁクソ、暴れ回るなガキめ。


「黙れお前らっ!!

 まあ二人とも、あの地獄に戻って、せいぜい頑張って働くことだな!

 さぁ行くぞっ!」



 俺はそう言って、施設へ向かう坂道を駆け下りていく。


「嫌だっ! 手を離せぇっ! 俺達は自由になるんだっ!!」


 泣き喚くエルフの子ども二人。


 俺は施設の兵士達に気づかれないように、コンクリートの壁を越えて施設内へと侵入し、

 エルフの二人だけ施設内に置いて、三人女は抱いたまま、施設の外へと飛び出した。


「ふざけんなっ! クソ野郎がぁぁっ!!」


 エルフ男の子の遠吠えを、背中の後ろへ置き去りにして、

 俺は再び魔王城を目指して走り出した。

 

 これで俺は、再び憎悪ヘイトを取り戻すことに成功した。

 ひとまず一件落着だな!

 



★★★




「おいっ、あの二匹を見ろっ! 昨晩逃げたエルフのガキ共だぜっ!」

「な、なんで戻ってきたんだよ?」

「知るか」


 野太い兵士達が、駆け寄る声がする。


「ギャッ!!」

「ぐはぁぁ!!」


 エルフの子供男女が、蹴り飛ばされて悲鳴を上げる。


 バギッ! ゴギッ! グギッ!!


 子供を足蹴にしつづける、鈍い断続的な音。

 二人の子供のうめき声が空に響いた。


「二度と逃げ出す気がおきねぇように、今からたっぷりしつけしてやるよぉぉ!」

「その生意気な目は何だ? 気に食わねぇなぁ、睨んでくんじゃねぇよ!」


 ボゴォ! メキィィ! ドゴォ!


 兵士達からエルフの子らへ、一方的な暴力。

 しかし誰一人として、助けに入る者はいない。

 こんな暴力は、この村での日常茶飯事。

 視線を向ける者すらいない。

 

 

「ギャァッ、アァァッ!」

「やめ……ろっ、やめてくれぇぇ」


 泣き叫ぶ女の子、何もできず無力な男の子。


 これが、このヒョウロー村の日常である。

 体罰、処刑、奴隷、強姦。


 エルフや獣人達は、人間兵士に飼育されて、人間の駒として魔王軍と戦わされる。


 魔王軍の侵攻を食い止める最前線基地。

 もっとも魔王城に近い村。

 それがここ・・、ヒョウロー村なのである。




 、剣聖エリカは、ここで育った。


 最悪の記憶が蘇る。

 ここは私の故郷、私の生まれた場所……


 地獄のような毎日のなか、苦しさと切なさと優しさに溢れた、

 私のかけがえのない、幼少期の記憶……

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