剣聖エリカ


「エルフ共、出撃だ」


 兵士がある朝、そう告げた。

 魔族が侵攻を開始したらしい。

 私やお爺ちゃんやエルフ達は、剣を持たされ、魔王軍との戦いに駆り出された。


 人間の兵士達に目をつけられながら、私たちは初めて施設を出た。

 コンクリートの壁の外には、広大な大地が広がっていて、

 エルフ達は息を飲んだ。

 私たちは、兵士に連れられ森を歩き。

 そして、大量の魔族と対峙した。

 

「ぎゃぁぁぁあ!!!」

「あぁあぁあぁ!!!」


 戦場は地獄だった。

 エルフの軍は果敢に魔族へと挑んでいく。

 魔族を斬り殺して、斬り殺して、命がけで戦う。

 でも魔族の数は途方もなく多くて、

 一人、また一人、


 友だちが死んでいった。

 友だちの腕が吹き飛んで、

 友だちの足が千切れて、

 友だちの骨が粉砕する音がして、


「うわぁあぁああぁ……!!!」


 私は戦場にうずくまって、泣いていた。

 なんという、地獄……

 大切な人の命が、つぎつぎに失われていく……

 私は後ろを振り返った。

 エルフ軍の後ろにひかえるのは、人間の兵士たち。

 彼らは魔族と真っ向から対峙しない。

 後方に隊列をとって、杖を用いた遠距離魔法を放っていた。


 それは、前線で戦うエルフも魔族も、まとめて焼き払う魔法だった。


「逃げるなっ戦えっ! それ以上さがったら殺すぞっ!」


 そう叫んだ兵士は、逃げようと後退するエルフを斬り殺した。


 前には魔族、後ろには人間。

 雨のように天から降り注ぐ、人間の魔法。


 地獄だ……


 一番後ろに、小さな父さんの姿が見えた。

 父の姿を見たのは、ずいぶん久しぶりな気がする。

 父がこちらを見つめる目。

 それは、エルフの死に何の興味も持たない目だった。

 ただ無感情な目で、エルフの死にゆく戦場を傍観していた。


「危ないっ、エリカっ!」


 私の元に、飛び込んでくる声。

 私は彼に、抱きしめられて、地面に覆いかぶされて……


「ぎゃぁぁぁぁ!!」


 彼は目の前で血を撒き散らした。

 呆然としていた私を、彼は助けてくれたのだ。

 自分の命を犠牲にしてまで、私を……


「エリカちゃん……僕はエリカちゃんが好きだ……

 君はエルフの僕たちにも優しくて、心の綺麗な人だから……

 だから……生きなきゃ……ダメだ……」


 そう言って、腹を貫かれた彼は、私の上でぐったりとした。


「あぁ……あぁあ……なんで……?」


 また、大切な人が死んだ。

 私の恋した人だった。

 彼は私に、生きなきゃだめだと言った。

 だけど、私には、その意味がどうしても理解できなくて、

 どうしてこんな地獄を、生きなきゃいけないのかって……

 友だちがみんな死んで、私は取り残されて、

 私が辛い想いをして、

 こんな残酷な世界で、生きていたって、辛いだけじゃないか……


 管理塔の上からは、地獄に見えていた地上だったけれど、

 私は地上で、私はかけがえのない幸せを見つけた。

 はじめての同世代の友だち。優しいおじいちゃん。

 初恋の相手と、かわいがってくれる大人たち。


 私は、彼らに会うために生まれてきたんだと、心から思った。

 これが幸せなんだと、思っていた。


 でも、裏切られた。

 みんな私を残して死んでいく。

 私ももう、すぐに死ぬだろう……


 残されたものなんて何もない。

 このさき生きていく理由もない。

 まったく私は、何のために生まれてきたのだろうか……

 何の意味もない人生だった……


「キヒヒ!! ヒャァァ!!」


 最愛の彼を殺した魔族は、今度は私のはらわたを貫こうと、尖った爪で迫ってきた。


 もう、何かもどうでもいいや……

 私は、死を覚悟して、そっと目を閉じた。


 ブシャァァァ!!!


 血液の飛び散る音がする。

 私のお腹に、痛みはない。

 目の前に感じる、暖かい感触。

 誰か、来た。


「エリカ……立てるか?」


 そう言って私の肩を揺らすのは、

 私の大好きなお爺ちゃんの声だった。


「もう……立てないよ……」


 私は呟いた。


「どう足掻いても、どうせ皆、ここで死ぬのよ…… 救いなんてない……」


 私はすでに、生きる気力を失っていて、

 いますぐ楽になりたかった。


「エリカ……お前は強い。

 ずっと黙っておったが、お前には剣の才能がある。

 わしやお前の父親より、ずっと優れた剣の才能だ。

 エリカは優しい女の子だから、わしはずっと黙っておったんだ。

 その手を血で染めてほしくないから、業を背負ってほしくないから……

 でも……エリカ。私は悪いお爺さんじゃ。

 わしからお前に、どうか、生涯に一度の頼みがある……」


 お爺ちゃんは、申し訳なさそうな顔で……

 私に初めて涙を見せた。


「生きて、強くなって、魔王を倒してくれ、エリカ。

 魔王さえ倒せば、こんな地獄も全て終わる。

 もうエルフの人間も、苦しまずに済むはずじゃ……

 世界は救われるんじゃ……」


 お爺ちゃんから、示された答え。

 生きる意味。

 それは、魔王を倒すこと。

 私の目から、ポロポロと涙が溢れ出した。

 私の心の中に芽生えた、希望というには心許こころもとない微かな熱……

 私は顔を上げて、お爺ちゃんの話に聴き入っていた。


「いいかいエリカ、一生懸命生きなさい。

 生きていればまた友だちもできる。幸せな未来が必ず待っておる。

 エリカは可愛くて優しい子じゃ……

 エリカを幸せにしてくれる人は、この世界のどこかに必ずおる……」


「うんっ……うんっ……!!」


 私は、涙で声が出なくて、頷くことしか出来なかった。


「よく見ておれ、エリカ……

 こんな老いぼれでも、昔は剣聖の名を冠した騎士……

 目に刻みつけよ……わしから学べ……」


 お爺ちゃんが、私を置いて立ちあがった。


 そして気づく。

 お爺ちゃんは全身が血まみれだった。

 傷だらけ、血まみれで真っ赤な全身。

 立っていられるのが不思議なくらいの重症だった。


「お爺ちゃん……?」


 私は力なく手を伸ばした。

 お爺ちゃんの前には、魔族がいた。

 その魔族は、他の魔族とはあきらかに容貌が異なっていた。


「よくもやってくれたなぁ、老いぼれぇぇ。

 キラフの仇は、俺がとってやろう……

 奴は四天王の中でも最弱……

 次はこの、四天王シラビス様が相手だぁぁぁ!?」


「望むところだ……孫の前で、かっこ悪いところは見せられんからな……」


 お爺ちゃんは、刃こぼれの酷い血まみれの剣を握りしめて……

 目の前の敵に斬りかかった。


 私はその瞬間から、目を奪われた。


 キン、ギギギ……カァァン!!


 お爺ちゃんの剣が、凄まじい速度で魔族を切り刻んだ。

 全身から血を撒き散らしながら、魔族の硬い装甲を、素早い連撃で破壊していく……


「……あ………」


 そのとき、私の瞳は輝いていたと思う。

 呼吸も忘れて見入っていた。

 人間離れした速度で放たれる、無駄のない太刀筋……

 まるで全身が剣そのものみたく、心身一体となって振られる剣……


「な、なんだっ!? 速すぎて刀身が見えないっ!?」


 敵の魔族は焦燥しながら、乱暴に腕を振り回すが、お爺ちゃんには当たらない。


 父さんの力にまかせた荒々しい剣戟とは真逆の、

 幻想的で無駄のない、静かで洗練された剣。

 血まみれの身体から繰り出される太刀筋は、蝶のように華麗に舞い、ツバメのように鋭く刺した。

 そのあまりの美しさに、私は泣いた。


 ガフッ!!

 その時、

 お爺ちゃんが、血を吐いた。


 お爺ちゃんの動きがガタリと崩れる。

 苦しそうに吐血する、生まれる一瞬の隙。


「舐めるなよ老いぼれ……!」


 魔族がその隙を逃すはずもなく、

 鋭い爪を振り下ろし、お爺ちゃんの身体を、上から下へと切り裂いた。


 一瞬の決着。

 お爺ちゃんは致命傷だった。

 いや、違う、

 最初から……

 私に会いにきてくれた時から、お爺ちゃんの身体は、もう……


 あ……あぁっ……


「どうだ……エリカ……

 ちゃんと見ておったか……?」


 最後にお爺ちゃんが言い残して、私に投げたボロボロの剣。

 私に託してくれた、お爺ちゃんの剣。


 お爺ちゃんは、最後に私に笑いかけて、息を引き取った。


 その剣に、私は無心で手を伸ばした。


「うわぁあぁあああ!!!」


 私の足が、やっと動いた。

 やっと動いてくれた。


 ずっとずっと、私の足は動かなかった。

 友だちが死んでいくなかで、好きな人が死んでいくなかで、私の身体は動かなかった。

 そして遂に、お爺ちゃんまで死んで……

 私は全てを失って……

 あぁ、やっと、やっと立てたよ、お爺ちゃん。

 見てたよ。

 ちゃんと目に焼きつけた、お爺ちゃんの剣。

 私は生きる。

 前を向いて生きるよっ。

 みんなの死を、無駄になんてさせない。

 私が魔王を倒す。

 私の剣はっ、魔族を根絶やしにする剣だっ!!


「うわぁぁあああ!!!」


 私は目の前の敵に斬りかかった。


「あぁああぁ!!!」


 斬って、斬って、斬って……!!!


「あああああああ!!!」


 私は魔族を殺戮した。


 私は最強の剣士だった。

 

 私は当時の魔王軍四天王の一人、"呪縛のシラビス"を殺し、

 この戦場にいる魔族全員を、皆殺しにした。




★★★




 生き残ったエルフの数は、10にも満たなかった。


 そして、私は……


「そうでしょう、私の娘なんですよ! 凄いでしょう!」


 剣聖七位である父親シールベルトの推薦で、マナ騎士団に入団した。

 縁を切られたはずの父、私の大嫌いな父。

 殺したくて仕方がなかったけれど、私は耐えた。

 全ては魔王を討ち取るために。


 お爺ちゃんから託されたボロボロの剣は、溶かして鋼にしたあとで、

 王都一の鍛冶屋に頼んで、新たな剣を作って貰った。


 剣聖の剣。


 私の大切な剣の中には、お爺ちゃんの魂が宿っている。


 エルフの迫害は、今もなお続いている。

 でも、私は耐え続けた。

 王様や王女様の機嫌をとりながら、権力者への怒りを心の内に仕舞い込み。

 剣の腕の上達のみに専念した。

 私の頭にあるのは、魔王を倒すことただ一つ。


 そして私は、剣聖一位となった。

 

 まもなくして私は、勇者召喚の儀式に呼ばれた。

 勇者とは、魔王を倒す力を授かった存在、女神さまに選ばし存在。

 

 私は期待していた。

 私の剣は強い。

 でも、勇者はもっと強いのかもしれない。


 私と勇者が手を組めば、魔王でも何でも倒せるんじゃないかって、期待していた。


 そして現れた、勇者レジェという男は、

 至上最低のクズ勇者だった。

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