この塔ブッ壊す


―剣聖エリカ視点―

 

 そして私はクソ勇者レジェに誘拐されて、

 魔王城へ向かう道中、

 再び故郷、ヒョウロー村へと立ち寄ったのである。


 ボロボロのエルフ達、泣き叫ぶ子供たち。

 地獄は今でも変わっていなくって。

 勇者に捕らわれた私は、ただ俯いて、連れ去られるしかかなった。


「国王さまの命令で、

 エルフや獣人があんなに酷い目に……

 ……お父さまが? そんなっ……」


 国王の娘──王女のジェシカが、ヒョウロー村のあまりの惨状にショックを受けていた。

 私は権力者が、ずっと嫌いだった。

 王女の事も嫌いだった。


 でも私は、ジェシカの事は嫌いじゃない。

 ジェシカは、純粋な女の子だった。

 彼女は無知なだけなのだ。

 彼女は今、世界の残酷な面を、生まれてはじめてのあたりにしているのだ。


「いやぁ、お願いしますっ! 彼女だけでも助けてくださいっ! 罰は僕だけで十分ですっ! 僕が無理やり連れ出したんですつ!」


 背中の向こう、遠くなっていくエルフの男の子の声。

 そんな時、ふと。


 勇者の足が止まった。

 ???


「気が変わった……」


 勇者が呟いた。


「この村、ブッ壊してやる」


 低い声で決意した勇者レジェは、もと来た道を引き返した。

 ダダダダダ!! と勢いよく走り、コンクリートの高い壁を難なく飛び越え……


 さきほどのエルフの男の子と女の子の元へと飛び降りる

 子供エルフの男女は、屈強な人間兵士によって、ボゴボコに痛めつけられていた。


「くそ兵士どもがぁ! 手加減はしてやるよぉ!!」


 そう叫んだ勇者は、兵士達に向かって拳を突き出した。

 ブワッ! 巻き起こる爆風、ブッ飛ばされる二人の兵士たち。


 私は驚愕のあまり、顎が外れそうだった。

 エルフの子供たちも、恐る恐る顔を上げる。


「さぁ、速攻で決着をつけてやるぜ!!」


 勇者は楽しそうに腕を鳴らして、

 私達三人を抱えて、再び施設の中央へ、

 管理塔目がけて走り出した。

 え? え? え?


 

―勇者レジェ視点ー


 見過ごすつもりだったんだがな……

 人助けなんて、時間のロスだ。

 せっかく稼いだ憎悪ヘイトを、失ってしまう危険がある。

 でも許せなかったんだ。

 小学校の低学年から、殴られ蹴られ、集団でバカにされて、ずっといじめられっ子だった俺。

 不登校になって、父さん母さんから失望されて、孤独を味わった俺。

 時間ロスなんて知ったことか。

 これは現実だ。ゲームでない。

 だからっ!


 俺は弱いものイジメが、一番許せないんだよぉぉ!!


 5分だ。5分で制圧する。

 それで時間ロスにはならない。


 カンカンカンカンカン!!!


 耳障りな鐘の音が、けたたましく鳴り響く。

 うるさい耳が痛い。 


「侵入者だっ! 警戒体勢っ! 緊急配備っ!

 管理塔に向かっている!

 なんとしても食い止めろ!

 侵入者の首をとったエルフには特別に、上級エルフへの昇格を約束しよう!!」


 管理棟から、大音量の放送が流れる。


「うぉぉぉぉおぉぉ!!」


 士気を上げたエルフ達の雄叫びが聞こえる。

 エルフ達は俺を見るなり、目の色を変えて、

 子供も大人もわんさかと俺に襲いかかってくる。


「ま、まさか勇者ッ……!? エルフを助ける気なのっ?」


 エリカが胸の中から、ほっぺたを真っ赤にして、潤んだ瞳で俺を見上げた。

 ピンクの唇を震わせながら……


 エリカからの好感度が増えた。

 俺のレベルが、大幅に削れる感覚がした。


「ひゃっはぁぁ!!!

 かかって来いよエルフ共ぉぉ!! 勇者レジェ様が相手だぁぁ! 皆殺しの血祭りに上げてやるよぉぉぉ!!」


 ブンブンと勇者の剣を振り回しながら、俺は狂気の表情で暴れ回った。

 すると、なんという事でしょう。

 剣聖エリカの表情が、サーッと青ざめていきます。


「ま、まって勇者! だめよっ! エルフは殺しちゃだめぇっ!」


 エリカの絶叫に癒やされながら、エルフに襲いかかる演技をした。


 エリカからの好感が消えて、レベルが元に戻った。

 よし、完璧。

 これなら飛べます。


「やっぱ面倒くさいから、皆殺しはやめた。

 ボスの首を取るのが手っ取り早いぜぇぇ!」


 そう叫んだ俺。

 襲いかかってくるエルフ達。

 俺は、力強く地面を踏みしめて……


 ジャンプした。


 ドォォォォ!!!


 勢いよく、ロケット「レジェ号」は、上空へと飛び立った。


「「「いやぁぁあああああぁあ」」」



 女性陣の絶叫する声が、汚い不協和音を奏でて、空を舞う。

 大気を切り裂き、まっすぐ進む。

 向かう先はもちろん、管理塔の最上階ですねぇ、ハイ。


「いやぁぁぁ、ぶつかる、ぶつかりますわぁぁぁ!!」


 管理塔の最上部の、壁に向かって一直線。

 聖女マリリは号泣して暴れまわる。


「心配無用、切り捨て御免!!」


 俺は、管理塔最上部を、屋根ごと空へ切り飛ばした。

 か~ら~のぉぉ!!


「スパキーング!!!!」


 俺のシャドウボクシングで、外れた屋根を、遠く彼方へ吹き飛ばした。

 エルフ達が、落ちた屋根に潰されて死ぬ未来が見えたからな。

 あの大きな川まで吹き飛ばせば、流石に被害者は出るまい。


 ジャッボォォン!!


 管理塔の大きな屋根が、大きな川へと突き刺さり、

 バカでかい水しぶきを上げるのが見えた。


「きゃぁぁぁ、怖いぃぃ、助けてマリリぃ、エリカぁぁ!!」


 ジェシカが、マリリ達にしがみつく。


 俺たちは、そのまま。

 屋根のなくなった管理塔の最上階へと降り立った。


 そこに居たのは……

 屈強な戦士たちだった。




★★★




「父さん……」


 、エリカは、信じられないものを目にしていた。

 管理塔、最上階。

 そこで目にしたのは……

 私の世界一憎き男、私の父、剣聖八位のシールベルトであった。


「エリカ……? そして、噂の勇者か……!」


 マヌケな顔で、私を見つめる私の仇。

 私のお父さんだった人。


「これは……どういうつもりだ?

 なんてことをしてくれたんだ……これはマナ王国に対する反逆だぞ!?」


 勇者レジェに向かって叫びながら、剣先を向ける父シールベルト。

 その手には鎖が握られていて、その鎖の先には、首輪のついたボロボロのエルフの女の子が……


 ッッ!!


 怒りで脳が沸騰してしまいそうだった。

 この男……

 この男のせいでっ!

 私の友だちも家族も、みんな死んだっ!!


「このクソ親父っ!! ぶっ殺してやるっ!!」


 ずっとずっと溜まり続けていた怒りが、ついに口から飛びだした。

 許せない、許せない。許せない。

 

「ハハハ、その調子だぜエリカ、俺に似てきたじゃないか!!」


 勇者レジェが、おかしそうに笑う。

 思わず言い返したくなるが、グッと堪えた。

 やっぱり勇者は、良いやつだった。

 彼の行動理念は分からないけど、この行動はきっと、エルフを助けようと思った行動だ。

 勇者レジェは決して、クズ勇者なんかじゃない。

 そうだ。


 勇者は、王女と剣聖と聖女を誘拐しただけの、ただのロリコンの変態だったんだ。

 私達に蔑まれることで快楽を得る、ドMの変態だったんだ。

 だからわざわざ、私達に嫌われるような行動を取っていたのだ。

 すべて合点がいった。


 私は好きだよ。

 勇者あなたの事が……

 素直になれない貴方が好き……

 エルフを助けようと、こんな無茶をしてくれた。

 私を父さんの前まで連れてきてくれた。


 勇者は実は、すっごくすっごく良いやつなんだ。


「それじゃあエリカとマリリに、勇者サマから命令だ。

 この塔の人間たちを全員、捕らえて拘束しろ」


 レジェは、確かにそう言った。


「了解ッ!」


 私は、涙ぐみながら返事した。

 それは、私の心の底からの返事だった。



「ふ、ふざけるのも大概にしろ! エリカお前っ! 勇者に洗脳でもされたのかっ!

 お前がやろうとしていることは国家への反逆! 大罪だぞっ!!」


 私の父さんが、怯えながらそう言った。

 私は剣聖一位、父さんは剣聖八位、

 怯える気持ちも理解できるが……

 大罪、極悪人……

 私はたとえ王国の敵になったとしても……

 自分の矜持を貫きたいっ!

 エルフたちは、私が必ずっ!!


「許可しますっ!!!」


 そんな時、声がした。

 私の友だちの声。

 ジェシカの声がした。


「私はマナ王国第一王女 ジェシカ・マナトフィア!!

 マナ王国王女の私が命じます!

 我が美しきマナ王国に! こんな非人道的な施設は存在してはいけません!

 剣聖一位エリカ、大聖女マリリっ!

 この施設を制圧し、エルフ達を解放することを許可します!!

 思う存分、戦ってくださいっ!!」


 ジェシカの言葉に、背中を押された私。

 勇者レジェから解放された私は、ゆっくりと剣聖の剣を構えた。

 お爺さまの魂のもった、私の大切な剣。


「ま、まてっ! くそっ!! 全員かかれっ!! 裏切りものを処罰しろっ!」


 父さんの号令によって、男の兵士たちが、私へと襲いかかってくる。


「【大地グランド氷結領域アイスフィールド】」


 そこに、マリリの魔法が炸裂する。

 周囲の床が、氷に替わり、私と父さん以外の敵の足場が氷で固められた。


「邪魔はさせませんっ! エリカっ、やっちゃってくださいっ!」


 あぁ、ありがとうマリリ。

 私と父さん、一騎打ちの状況を作ってくれたんだね。


「構えて、父さん……」


 

 私は静かにそう言って、まっすぐ剣先を父へと向ける。

 父は階段から逃げようとして、階段に続く扉が氷で塞がれているのに気づき、驚いて滑って転んだ。


「な、な、舐めるなよエリカ……なにが剣聖一位だっ! 今まで私に怯え続けた弱虫がぁぁぁ!!!」


 父さんは、血相を変えて、私に襲いかかってくる。

 私は、正直、ガッカリした。

 動きもガタガタで、隙だらけだ。

 父さんは、笑ってしまうぐらい弱かった。


 私は父さんの剣を、冷静に側面から叩き割った。

 パキンと折れた自身の剣を見て、父さんは目を見開いた。


「ばっ、バカなっ!!」


 そして次の瞬間。

 私は父の首元に剣聖の剣をあてがった。

 勝負はついた。

 あっけない幕切れだった。

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